第35話 真剣勝負 カオル対シズク・2


(まずい! まずい!)


 シズクの勘が危険を告げる。

 この感じはまずい。

 痛くも痒くもない。

 何の匂いもしない。

 だが、この感じは、なにかものすごく危険だ。

 

 おそらく毒だ。

 何かは分からないが、とにかくまともに戦えなくなるくらい、危険なものだ。


「う、う!」


 慌てて頭についた液体を払うが、もう遅い。

 背中にもべったりとついているのだ。


(今!)


 飛ばされた砂に潜り、静かにシズクを見ていたカオルは、砂を巻いて走り出した。


「てめえ!」


 シズクも気付いて、怖ろしい速さで向かってくる。


(攻めるようにして、引く)


 ぱ! と薄い粉を撒いて、軽く後ろに飛ぶ。

 シズクは突っ込んでくる。

 そこに、火。


 ぼん! と音がして、空中に火が舞う。

 シズクは構わず突っ込んでくる。

 思わず、笑みがこぼれる。


(やはりこれが手か)


 マサヒデが小さく頷く。


「あ!」


 見ていたトモヤとクレールが声を上げる。

 は! とラディが両手を口に当てる。


 シズクの背中に火がついた。


 軽く後ろに跳んだだけのカオルに、シズクはすぐに追いつく。


「ちきしょう! 毒か!」


「ふふふ」


「卑怯者があー!」


 カオルはぶん、と振り回された鉄棒を避け、


「まだ気付いてないようですね?」


「ちきしょう! ちきしょう!」


 焦って振り回される鉄棒を軽く躱す。

 落ち着いて振られたものでなければ、やはりカオルには軽いものだ。


「カオルぅ!」


 と、振った鉄棒が勢いよく飛んでいき、どかん! と音を立てて壁に突き刺さり、壁が震える。

 手が、滑った?


「ああー! ちきしょう!」


 飛んでいった鉄棒を見て、カオルに素手で飛びかかろうとするシズク。


「ふふふ。シズクさん。髪が乱れていますよ」


「髪だとおー! さっきの・・・」


 ぴた、とシズクの動きが止まる。

 あ、と頭に手をやる。

 熱い。熱!


「あっ」


 油がついた手の平に、火が燃え移る。


「あはははは!」


 思わず、カオルは笑ってしまった。

 これほど大きな声で笑ったことはない。

 ここまで上手く策にはまるとは!


「うわああああ!」


 背中から上がった炎が、シズクの髪まで登って、髪を燃やしている。

 先程、慌てて振り払った油が肩まで散ったのか、肩からも火が上がる。

 ばしばしと、火の付いた手で頭や肩を振り払うシズク。


(ここだ!)


 ぐ、と腰を落とし、カオルが跳び込む。


「ぐー!」


 火を背負い、肩と頭から火が登り、怒りに目が燃えるシズク。

 その姿は、正に悪鬼羅刹。

 だが、策にはまった鬼など!


「あっ!?」


 振り回された腕を軽く掴み、くい、と肩の上へ回す。

 どすん、とシズクが倒れる。


「かはっ!」


 シズクの喉から、息が出る。


(効いた!)


 柔は効く! いける!

 頭を揺らすことは出来なかったが、手首を完全に極めている。

 このまま折る! と、思い切り体重をかけていたシズクの手首が、ぐん、と上がった。


(え!?)


 完全に極まっていたはず。

 シズクは手首の力だけで、押さえていたカオルの体重を押しのけたのだ。


(ここまでの力があるとは!?)


 まずい、と思った瞬間、飛び退く間もなく、ぐっとカオルの左腕が掴まれた。


「ごほっ・・・ふふふ・・・やるじゃないか」


 振りほどけない! と思った瞬間、ごぐん! という音が、骨を通って聞こえた。


「ああー!」


 小太刀をシズクの腕に突き入れ、何とか振りほどいて跳び退く。

 シズクの握力で、左腕が砕かれた。


「あ、あ、う・・・」


 完全に骨が砕かれている。

 痛みで目が回り、がくりと膝を突く。

 何とか、小太刀の鞘を砕かれた腕に当てて止める。


「・・・ちょっと、力が入っちゃったかな?」


 ゆっくりと、シズクが立ち上がる。

 髪が燃え落ち、顔の左半分は火傷で半分崩れ、目が塞がっている。

 両耳も、火傷で肌がばりばりになっている。

 シズクは火傷で閉じた目に指を当て、ばり! とまぶたをこじ開けた。

 まぶたから血が流れ、崩れた顔が赤く染まる。


「これ、ちょっと痛かったよ」


 カオルが腕に突き入れた小太刀を引き抜き、ぺきん、と折る。

 柄の方を膝をついたカオルに放り投げ、


「おっと、踏んじゃったら危ないよね」


 と、軽く刃をつまんでいた腕をぶん! と振る。

 折れた刃は壁まで飛んでいき、ぱきーん! と音を立てて飛び、地に落ちた。


「はー・・・ははは! まだまだ! 私は! まだまだだあー!」


 血に濡れた目で、カオルを睨む。

 左目は、目を動かすだけで激痛が走るが、何とかぼやけて見える。

 右はまだ見える。


 カオルは膝を着いている。

 視点が定まっていない。ふらついている。

 だが、まだ腕一本。すぐ立ってくる。


「こほっ・・・こっ・・・」


 かなりやられた。

 火を吸い込んでしまった。

 肺がやられてしまったようだ。

 息が苦しい。早く決めないと、気を失う。

 ぐっと息を飲み込んで、足を前に出す。


 カオルが立ったら、負ける。



----------


「・・・」


 厳しい目で2人を見つめるマサヒデ。

 トモヤがマサヒデに声を掛ける。


「お、おい。もう良いんじゃないのか」


「見ろ。まだ、立っている。カオルさんも、腕一本だ」


「・・・」


 クレールとラディも、マサヒデを見る。


「もう十分じゃろ? な? あんなに顔も焼けちまって、あの腕も砕かれとるぞ。ぶらぶらしとる。ここで決着でいいじゃろ?」


「だめだ」


「なんでじゃ!? いくら真剣勝負とはいえ、死ぬまでじゃないんじゃろ? もう十分ではないか!」


「だめだ」


「おお、そうじゃ、勝った方が組に入るっちゅうことじゃろ? じゃあ、ワシが抜ける! そうすれば、二人とも入れるでないか! な、これなら勝負せんで良いじゃろ!?」


「だめだ」


「マサヒデ!」「マサヒデ様!」「マサヒデさん!」


 マサヒデは、いきり立つ3人を見ず、カオルとシズクから目を離さない。


「トモヤ。クレールさん。ラディさん。座って。よく見てて下さい。最後まで」


「そんな! 見てるだけなんて!」


 クレールが悲鳴のような声を上げる。


「トモヤ。これが、真剣勝負だ。お前はこういう旅に出るんだ。見ておけ。

 ラディさん。あなたもです。私が呼ぶまで座ってて下さい。

 こういう旅に出ると、見ていて下さい」


「・・・」


 トモヤが黙って、どすん、と座った。

 ラディも医療器具の入った箱を抱え、座った。


「クレールさん。よく聞いて下さい。

 あなたが私を受け入れてくれた時、私との時間の違いは、覚悟してくれた。

 だが、武人の妻になるということは・・・今、あそこに私が立っていて・・・

 それを、ただ見ていなくてはいけない。そういう覚悟も必要なんです」


 クレールは俯いて、拳を握ってふるふると震わせた。


「だから、見ておいて下さい」


 クレールはぐっと目を瞑り、少ししてから「きっ!」と強い目でカオルとシズクを見つめ、座った。


「はい! 最後まで見ます!」


 マサヒデは小さく頷いて、言った。


「・・・三人共。聞いて下さい。

 武人も忍も、死がいつも隣にある。それでもその道で、と、覚悟して生きている。

 あの二人は、そういう人生の中で、ここで命を賭けても勝つと決めた。

 途中で止めては、いけない。それは、あの2人の生き方を否定することです。

 だから、最後まで、2人の生き方を見ていて下さい」


「・・・」


「あれがあの2人の生き方です。

 私達は、あの2人の生き方、人生そのものを見ているんです」


 3人は小さく頷き、じっと見つめる。

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