第30話 カオルの稽古・2回目・後


「ん・・・」


 カオルは目を閉じて考え込む。

 シズクに対する策。


 毒。

 何が効くかどうか分からない。濃くすれば良いと言うものでもないだろう。

 となると、これは博打だ。

 では、今から調べられるだろうか。

 鬼族は数の少ない魔族の中でも、かなり少数の種族。資料があるか分からない。

 もしあれば、これでも良いが・・・


 かなり難しいが、点穴。

 やはり、毒と同じで、これも資料が必要になる。同じく博打。

 一応狙ってみて、通ったら・・・くらいか。


 目潰し。

 視界は奪えても、あの技術で暴れ回るシズクの弱点を狙えるか。

 目や耳が狙えても、シズクにはその程度、決定打にはなるまい。

 気配も簡単に悟られる。

 目潰しでは、その後の決定打が思い浮かばない。

 ということは、分身を使っても同じだ。決定打がない。

 

 マサヒデの試合の時のように、足。

 試合の時は、棒手裏剣を踏み抜いていた。

 いくら骨が硬いとは言っても、体重がある。硬いものなら踏み抜く。

 あの時、跳んでいたような勢いがあれば、何か踏み抜くかもしれない。

 しかし、相手はマサヒデの試合で一度経験済み。

 野生の獣のように勘のいいシズクに、通用するだろうか。

 牽制程度に、撒菱を巻いておく、マサヒデのように棒手裏剣を投げておく。

 踏んでくれたらお慰み、といった所だ。

 

 火。

 これは効くかもしれない。

 種族は違えど、生物である以上、火には弱いはず。

 だが、カオルの使う術は、目潰しに近い。

 相手を燃やすような火ではなく、一瞬、光と音を出し、隙を作るものだ。

 直撃しても、軽く火傷する程度。運が良ければ、髪や服に火がつくか。


 では、手持ちの技で何が使えるだろう。


「あ!」


「思い付きましたか」


「はい」


「いい対策が思い付いたようですね。

 ま、これは聞かないでおきましょう。本番を楽しみにします。

 さて・・・では次。これは、本当にカオルさんの欠点です」


「私の欠点とは」


「あなた、いつも早すぎです」


「速い・・・ですか? それは悪いことではないのでは?」


「焦りすぎ、ということです。

 私と稽古をしていて、ぎりぎりで・・・という所、多くありませんか」


「・・・」


「カオルさんは、ほんの一瞬でも隙が出来ると、すぐ打ち込んでくる。

 ですけど、その隙が、本当に打ち込むのに十分な隙なのか。それを見ていない。

 だから、いつもぎりぎりで私に躱される。そして、逆に自分に隙を作る」


「なるほど・・・せっかちだ、と」


「そういうことです。あと、それ、気配にも出てます」


「え!?」


「気配も殺気も感じないのに、なんとなく、来る時にこっちかな? って大体分かります」


「な、なぜ・・・」


「正確に言うと、気配に出てる、とは違いますけど・・・なんとなく、感じます。

 雰囲気とか、空気・・・というものでしょうか。

 表情が見えない、仕草も変わらない。でも、楽しそう、喜んでる、怒ってる。

 そういうの、人間って感じますよね。あれと同じようなものです。

 まあ、感覚的な所なので、上手く説明出来ないんですが」


「・・・」


 完全に気配も殺気も消しているのに、踏み込むといつも躱される。

 踏み込んだ瞬間、殺気が出てしまう、という事もあるだろうが・・・

 マサヒデは、そんな所からカオルを捉えていたのか?


 しかし、これは気配と同じでは?

 マサヒデは気配を感じないと言っているが・・・

 感情を感じ取る? 空気?


「野生の動物のように勘の良いシズクさんのことです。

 気配を消して近づいても、同じように気付かれるでしょう。

 まあ・・・これを消すのって難しいですけど・・・

 いわゆる、無心とか無我の境地って感じのやつに、近いものでしょうから」


「では、では、どうしたら!」


「気配については諦めるしかないですね。

 これは一日二日で解決出来るものではありません。

 ある程度までは近付けるでしょうし、正確な位置までは捉えられないでしょう」


「しかし、適当でもあの長い得物を振り回されれば」


「適当に振り回してきたような攻撃、カオルさんなら躱せるでしょう?」


「・・・」


「というわけで、解決出来そうな所です。十分な隙を、狙って作れば良いのです」


「その、今日は小太刀の訓練ということでしたが、これでですか?」


「そうです。流し、崩す。これです。カオルさんは受けが良い。

 ほら、試合でも、私の斬り下げを上手く流して、鼻を砕いたじゃありませんか。

 なのに、カオルさんは自分から攻撃に出ることが多い」


「攻めずに受けろ、と?」


「ちょっと違う。カオルさんの形なら、攻めるように押して、反撃を出させる。そこを流す」


「・・・あの大きな鉄の棒を、この小太刀で流せるでしょうか・・・」


「まあ、実際にシズクさんの攻撃を見てみないと、これは分からないですよね。

 しかし、他にも手はあります。こっちの方がカオルさん向きかも」


「私向きの手?」


「柔です」


「柔、ですか」


「種族は違えど、形は同じ。関節の位置も同じ。なら、同じように柔も効くはず。

 すごい体重でしょうから、上手く倒せば、大きな効果があるはずです」


「なるほど・・・」


「そういえば、私の試合で、もう1人、凄腕の忍の方が来ていましたね」


「あ! あの、無刀取りの!

 ・・・あの方は・・・これぞ忍の境地と、感銘しました・・・」


「まさか無刀取り・・・と、あれには驚きました。

 そこで驚いた私に、隙が出来た。

 柔で、がつんと顔から落とされて、もう少しで私は気絶する所でした」


「・・・あれはすごかったですね・・・」


「シズクさん身体の中が、我々と同じかは分かりません。

 なので、頭を揺らせるかどうかは分かりませんが、もし出来たらそれで決着。

 出来なくても、有効な攻撃にはなるでしょう。

 あの無刀取りの方とカオルさんの戦い方は、形が全く違います。

 だから、同じように待ちを基本に、とは言いません。

 しかし、使えそうだと思いませんか? 柔」


「確かに・・・」


「カオルさんの受けの技術は、かなり高いと思います。

 しかし、小太刀であの鉄棒を流せるかは、実戦で目で見なければ分からない。

 流せるならそれで良し。流せないなら、躱すしかない。

 が、シズクさんの技術は高い。躱すだけで崩すのは非常に難しい。

 しかし、まともな斬撃はまず通らないから、何とか崩して入れるしかない。

 そこで柔です。

 

 あなたは懐に跳び込んで戦う形。なら、柔も使いやすいはずだ。

 攻めるように見せて跳び込む。小太刀は浅く・・・

 いや、いっそ、小太刀は囮にしてもいいかもしれませんね。

 反撃に出たシズクさんを柔で完全に崩し、大きな隙だ、と確信してから、決定打。

 正面からやり合うなら、これしかないと思います」


「柔・・・」


「もちろん、これは正面切って斬り合いになった場合、ですけどね。

 しかし、シズクさんもあなたが忍だとは知っている。

 きっと、正面からの斬り合いに引き出そうとしてくる」


「はい」


「先程、あなたが思い付いた手と絡めて、機があれば。

 もしくは、正面からの斬り合いに引き出された時に、狙いましょう。

 焦らず、しかと機を見定めましょう」


「はい!」


「柔も、小手返しや四方投げのような・・・

 いわゆる合気ですね。相手の力の方向を変えて投げる技です。

 こちらから崩して投げるような技は、まず効かない。

 下手に崩そうとして、逆に掴まれたら終わりです。

 必ず、相手の動きに乗って崩しましょう」


「はい!」


「では、今から私が打ち込んでいきます。

 シズクさんの振りや突きの速さは、私と同じくらいです。

 私の打ち込みを、全て躱すか流すかして、私に柔を決めて下さい」


「はい!」



----------



 日が沈む直前になって、カオルの稽古が終わった。

 何度か柔を決めることは出来たが、ころんと受け身を取られて、決定打にはならなかった。


「ここまでにしましょう」


 カオルはばたん、大の字になって寝転がり、息を切らせる。

 マサヒデの打ち込みを受け、腫れ上がってしまった顔を、マツがそっと手を当て、治癒の魔術で治す。


「ちょっと厳しすぎでは?」


「手まで教えたんです。ちょっと優しすぎたくらいかと」


「そうですか?」


「シズクさんには、自分で考えろって言ったんですよ。

 身体の違いも考えて、ちゃんと勝負になるようにしたつもりです」


「それにしたって、こんなに女性を傷つけてしまうなんて」


「明後日には、真剣勝負なんです。事故があれば、死だってあり得る。

 なら、このくらい安いものです」


 カオルが顔を起こした。

 傷は治ったが、バテバテだ。


「奥方様、ご主人様の仰る通りです」


「あ、カオルさん、もう少し休んで」


 カオルはそっとマツの手をどけた。


「ご主人様・・・シズクさんには、自分で考えろ、と」


「はい」


「私には、あれだけ、細かく教えてもらって・・・やっと、の勝負・・・ですか」


「そうです」


「・・・」


 とすん、とカオルは上げた顔を落とし、空を見上げたまま、一筋だけ、涙を落とした。

 

「カオルさん。頑張って下さい」


「はい。必ず・・・」



----------



 カオルが立ち直り、メイド服に着替えると、マツが術を解く。

 気配に気付いたのか、寝転んでいたシズクがこちらを見る。


「シズクさん。お待たせしました」


「遅かったねー。で、カオルちゃん? 私に勝てるかな?」


「はい」


「ふふーん。こっちも考えたんだから」


「ほう? 良い手が思い付きましたか?」


 ばっとシズクが正座して、マサヒデにキラキラ光る目を向ける。


「うん! 聞いてよ! あの」


「待った」


「何だよ」


「ここにカオルさんがいるんですよ。話していいんですか?」


「あ、そうか・・・じゃあ、明日、訓練場で話すよ」


「明日は休みにします。2人とも、しっかり身体を休め、準備して下さい。

 シズクさんの手は、本番まで楽しみにしておきます」

 

「うん! それもいいね! きっと驚くよ!」


「それじゃあ、夕餉にしましょうか。

 カオルさんは汗もかいたでしょうし、ギルドで湯でも」


「ありがとうございます」


「あ、そうだ。今日は、シズクさんの料理を食べてみたいですね」


「え! 私の!?」


「はい」


「えー・・・じゃあ、ちょっと待っててくれよ。何か狩ってくる」


「・・・じゃあ、いいです。マツさん、お願いします」


「私は、マサヒデ様の料理を食べてみたいです」


「私のですか? うーん・・・そうですね、魚でも釣ってきますよ。塩焼きにしましょう」


 マツはふうー、とため息をついた。


「今から釣りですか・・・お二人共・・・じゃあ、私が作ります」

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