第28話 シズクの稽古・2回目


 翌日。

 昨晩マツモトから連絡が来て、勝負は2日後、日没前と決まった。

 既に連絡も済ませてある。


 今日も午前中は訓練場で稽古。

 シズクも連れてきて、今回はシズクを師範役(本当は違う)とする。

 今まで魔族の冒険者は1、2人くらいしか参加しなかったが、今回は増えている。

 シズクが参加しているからだろうか。

 そういえば、マサヒデの試合の時も、魔族は少なかった。


 マサヒデの隣にシズクが立ち、緊張した顔で皆を見ている。


「さて、皆さん。

 今日はこちらのシズクさんに師範役(嘘)となっていただきます。

 昨日やって頂く予定でしたけど、出来ませんでしたから」


「よろしくお願いします!」


「本日の稽古ですけど、ちょっと変わった稽古です。

 簡単に言うと、追いかけっ子です。逃げる訓練ですね。

 皆さん、こちらの布を、上半身のどこでも良いので、巻いて下さい。

 首でも腕でも髪でも、どこでも良いですけど、必ず見えるように。


 そう言って、マサヒデは自分の腕に巻く。


「まあ、こんな感じで。

 捕まらなくても、この布が取られたら負けですよ」


 そして、数人の手にこっそり複数枚渡し、そっと目で合図を送る。

 小さく、こくん、と頷く冒険者。


「シズクさんには、皆さんを捕まえてもらいます。ここにいる全員ですよ」


「ええ? 追いかけっ子でえ?」


 マサヒデは小声で囁く。


「シズクさん。これはカオルさんに対応するため、考えました」


「ああ! なるほどね!」


 忍者は素早い。それを捕まえる為の追いかけっ子。

 なるほど、とシズクは納得する。

 単純なものだ・・・


「シズクさんが全員捕まえたら、シズクさんの勝ちです。

 ですが、しっかり捕まえて下さい。

 例えば、袖を掴んでも、相手が袖を破って逃げたらダメですよ。

 皆さんも、そのつもりで逃げて下さい。

 もちろん反撃あり。シズクさんも、ぶん殴って捕まえて良し。

 皆さん、知っての通り、シズクさんは怖ろしい力を持ってます。

 下手をすると、骨が砕けてもおかしくないですからね。

 さあ、立って下さい! この訓練場内なら、どこへ逃げても構いません!

 時間は正午まで!」


 ざざ、と冒険者達が立ち上がる。


「捕まった人は、ちゃんとここに戻って下さい。

 シズクさん、忘れないで下さいよ。なるべく、物を壊さないで・・・

 おおっと! 皆さんが勝ったら、私が食堂で好きなものを何でも奢ります!」


 おおー! と冒険者達の声が上がる。

 ここの食堂は、庶民の食事ばかりではない。

 貴族が口にするような高級品も、しっかり揃えているのだ。


「ではシズクさん! 目をつむって、大きな声で、60数えて!

 さあ皆さん! 逃げて下さい!」


「いーち! にー!・・・」


 冒険者達がダダダッと駆け出す。


「・・・ろーくじゅ! よーし! 行くぞおー! わーははははは!」


 シズクがぶんぶんと頭の上で棒を回し、どん! と地面に突いた。


「わははは!」


 笑いながら、どおん! と音を立てて、走る冒険者に向かってシズクが跳んだ。

 空中で、ぶん! と音を立て、棒を投げつける。


「うわっ!」


 冒険者の足元に棒が突き刺さり、ものすごい衝撃で冒険者が吹っ飛んでいく。

 着地したシズクが冒険者に向かって跳んで、空中で抱きかかえた。


「1人目だ!」


 どん! と着地して、冒険者がすごすごとマサヒデの所に戻る。


「はっはっは! すぐ終わりそうだな! 次だ!」


 深々と突き刺さった棒を抜いて、ぐるりと周りを見渡す。


「んん?」


(こんなに多かったかな?)


 布を巻いた冒険者が、そこら中にいる。

 のんびり弓の練習をしている者まで、布を巻いている。


「あれ?」


 と疑問に思ったが、すぐに落ち着いた。

 全員を捕まえてしまえば良いのだ。


「ははははは! 全員とっ捕まえるぜ!」


 どすどす歩いて、射撃の練習をしている者の後ろに歩いて行く。


「捕まえた!」


 がす! と抱きかかえる。


「え? え?」


「よーし! 捕まえたぞ!」


 とすん、と地面に降ろされた冒険者が、驚いた顔でシズクを見つめる。


「さあ、次だ!」


 ぐるりと見渡して、走っている冒険者。


「お前だー!」


 走って行くシズクを、弓の練習をしていた冒険者が、ぼーっと見つめる。



----------



 1時間後。


「わあー!」


 シズクは訓練場の真ん中で、大声を上げ、ぶんぶんと棒を振り回していた。

 1時間経って、やっと3人。


「どいつだ! どこだー! 出てこーい!」


 布を複数枚渡された冒険者が、そこら中に配ったのだ。

 マサヒデの稽古の参加者ではないから、捕まってもマサヒデの所には行かない。

 当然、数も減っていかない。


「ふー、ふー・・・」


 息を荒げて、シズクは座り込んだ。

 落ち着いて考えねば。

 少し考えて・・・


「よし!」


 シズクは立ち上がった。

 もう『捕まえる』なんてことはしない。

 『殴り倒して』マサヒデの所に持っていけば良いのだ。


「ふふふ、ふふふ・・・お前らぁー! 全員ブッ飛ばしてやるぜぇー!」


 訓練場に響き渡る大声で、シズクが叫んだ。

 なんだ? という顔で、訓練場の皆がシズクを見つめる。


「シズクさーん! 壊さないで下さいねー!」


「分かってるよ! 行ぃくぞお前らぁー! 覚悟しやがれぇー!」


 手前で剣の打ち合いをしていた冒険者達。え? 何? という顔でシズクを見た瞬間、可哀想なことに、シズクの一振りで、声もなく2人とも吹き飛んだ。

 彼らは稽古の参加者ではないのに・・・


「わはははは!」


 シズクは2人を掴み、マサヒデの所に跳んでいった。

 どさっと2人を落とし、走り去って行く。


「ふむ」


 まあ、これはこれで正解でもあるが・・・まあ60点というところか。

 布を取らせたかったのだ。そこに気付いてほしい。

 マサヒデも布を巻いている。気付いたら「あと1人います」だったが。

 座っている参加者に、


「すみません。治療室から、治癒師の方を呼んできてもらえますか。

 あ、殴り倒されてしまうと大変ですから、布を取って行って下さいね」


 冒険者は笑って、


「ははは! 行ってきます!」


 と、布を取って走って行った。



----------



 正午近く。


「うー、うー、うわあー!」


 どんどんと地面を踏み鳴らすシズク。

 殴り倒しても、参加者でない者は治癒師が治療していってしまう。

 驚いて訓練場から出た者もいるので、全体の数は減っているが・・・


「お前かー!」


 目に入る者すべてをぶん殴り、マサヒデの前に置いていく。

 それらを次々と治していく治癒師。

 捕まった参加者は、やっと7人。


「お前らだあー!」


 がばっと2人まとめて捕まえて、マサヒデの所に跳んで行く。


「はあー、はあー」


「な、な、なんですか!?」


 驚いた冒険者が、マサヒデとシズクの顔をくるくると見る。


「すみません。ただの稽古です。ご迷惑をお掛けしてしてしまって申し訳ない」


「くっそおーーー!」


 2人を降ろし、どおん! と音を立てて、またシズクが跳んで行く。


(さあて、そろそろかな)


 気絶した冒険者を抱えて、シズクが跳んできた。

 肩で息を切らせて、どさっと膝をつく。


「ふうー、ふうー」


「さて、時間切れです。シズクさん、お疲れ様でした」


「く・・・くぬ・・・」


「トミヤスの稽古にご参加して下さった皆さん!

 正午です! 集まって下さい!」


 冒険者達が集まってくる。


「さてシズクさん。今回の稽古はどうでしたか」


「・・・」


 ぎりぎりと歯ぎしりをするシズク。


「ははははは! さあ、落ち着いて・・・」


 肩に手を置くと、ば! と手を弾かれた。


「ずるいぞ!」


「ずるいって・・・何がですか」


「増えてたじゃないか!

 おい! そこの治癒師! 私がブッ飛ばした奴ら、治しただろ!」


 すごい顔で睨まれて、治癒師が「ひ!」と声を上げる。


「シズクさん。彼らは稽古の参加者じゃないんですよ?

 参加者じゃない方を、間違えて殴り倒してしまうなんて・・・

 治癒して当たり前じゃないですか」


「ぐ・・・」


 肩を震わせてシズクが下を向く。


「どうすれば良かったんだよ!」


「ははは! 簡単なことですよ。布を取れば良かっただけです」


「ああー! く、くそっ! 騙したな! 師範役なんて言って!

 本当は私の稽古だったんだな!」


「ははははは!」


 冒険者達も声を上げて笑う。

 シズクは冒険者達を一睨みして、ばんばんと地面を叩き出した。


「くそぉー!」


「さあ機嫌を直して。湯に行って、さっぱりして下さい。

 皆さん! さっぱりしたら、食堂に来て下さい! 今日は私の奢りですよ!」


 やったー! おおー! と声が上がる。


「さて、私は一旦戻って、金を持ってきます。

 シズクさんも、さっぱりしたら食堂に来て下さいね」


 冒険者達は、笑いながら訓練場を出て行った。

 マサヒデも、肩を震わせるシズクをちらっと見て、訓練場を後にした。

 シズクは座ったまま、肩を震わせ、歯ぎしりしている。



----------



 冒険者達に奢り、食堂で払った金は金貨100枚超。

 100枚や200枚、シズクの雇い賃と思えば安いものだ。

 

「・・・」


 周りは喜びの笑い声で一杯だが、この席の周りだけ雰囲気が違う。

 すごい目でマサヒデを見つめながら、飯を食うシズク。

 それを流して、黙々と箸を進めるマサヒデ。


「・・・卑怯者」


 マサヒデは「ぱちん」と箸を置いた。


「ふう・・・シズクさん。まだ分かりませんか」


「何がだ!」


 ばん! とシズクがものすごい力でテーブルを叩き、がちゃがちゃと皿が鳴る。


「私はちゃんと言ったはずですよ。カオルさんに対応するための訓練だと」


「それがあれか!」


「そうです。よく考えて下さい。

 あのカオルさんが、真正面からやりあってくれると思いますか?」


 む、とシズクが下を向く。


「・・・まあ・・・思わない・・・」


「もし普通に立ち会おうとしているなら、あなたはカオルさんには勝てません。

 手玉にされて、あなたの負け。目に見えています」


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ・・・」


「対応して下さい。相手の出方に対応するんです。

 これはこういう攻め方だ、こうすれば打ち破れる、と。

 それが出来れば、カオルさんと正面からやりあえる」


「それなら、勝てるか?」


「出来なければ、負けです」


「・・・」


「私は、それが出来て、6:4かと思っています」


「6:4・・・6で勝ち?」


「そうです。あなたは実戦経験は豊富だ。

 ですけど、ほとんど正面からやりあってばかりだったでしょう。違いますか?」


「まあ、忍者みたいのと戦ったことはないよ」


「カオルさんは、真正面から戦っても強い。

 そこに、忍の術まで駆使されたら、あなたは勝てない」


「どのくらい強い?」


「試合では、私と五分でした。ぎりぎりで勝てた」


「そんなに強いの?」


「はい。強いです。昨日も少し稽古しましたが、相打ちがひとつ。

 その相打ちも、真剣だったら分からなかった」


「でも、私、マサちゃんには手も足も出ないよ。

 じゃあ、私、正面からやりあっても負けちゃうじゃん」


「相性、というやつですね。

 あなたは、カオルさんと相性が良い」


「ふーん・・・相性か・・・」


「それで、6:4です。ただし、真正面から戦って、です」


「うーん」


「何としても、カオルさんを真正面から戦うしかない、という所に引きずり出す。

 そこから、本当の勝負です」


 やっとシズクは笑った。


「よし! 分かった! 何としても、カオルを引きずり出す!」


 マサヒデも笑顔を返す。

 

「それで良い。頑張って下さい」

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