第2話 忍者への懸念・1


「あの忍者の方に、懸念ですか?」


「はい」


「信頼出来そうな方でしたが、何か気になることでも」


「ええ。忍の方々は、ほとんどが国王や、またはそのすぐ下くらいの方々、各省庁の直轄の方です」


「え!」


「情報部や軍部に所属されている方も多いですが、多くはそのような方々です」


「そ、そうだったんですか・・・知りませんでした・・・」


「仕事上、貴族のような身分は与えられません。ただの農民や商人として暮らしている方々がほとんどです。しかし、表向きはそのような身分でも、皆裕福な家庭の方々です。それを隠して、目立たぬように暮らしています。大体、どこの町や村にも、必ず忍者が隠れています」


「どこにでもですか!?」


「はい。トミヤスの村にも必ずいるはずです」


「・・・全く気付きもしませんでした・・・」


「そこで気付かれるようなら、仕事は出来ませんからね。彼らの仕事のほとんどは、内部調査のようなものです。町や村の暮らしぶり。役人や財務の調査などを行い、それらを国王や情報部に届けています。役人として『忍である』ということを隠して、普通に役所で働いているかもしれませんね」


「へえ・・・」


「当然ですが、領地を持っている貴族の家であれば、どこの家にも必ずいるはず。私の実家にもいるでしょう。もちろん、他国の貴族の領地や王宮にも送られているはずです。どの国もそれを分かっていながら、口には出しません。実際に忍び込んでいるのが誰なのか、分からないのですから」


「なにか、すごい話になってきましたね」


「そういう方々が、彼女のような人材になります。もし忍とばれた場合、侵入者として始末されて当然。自衛の技術が必要となりますから、あのような戦闘技術を身につける。まして他国へ送られるような人材となると、捕まったりしても国は『そんな人は知りません』と、保護はしてくれません」


「え、なぜですか。そんな貴重な人材を」


「よく考えて下さい。他国から無断侵入で自分の国の情報を探りに来ている、と表に出れば、それを堂々と糾弾することが出来る。それを理由に外交だけでなく、場合によっては攻めることも出来ます。だから、絶対に国は認めたりしません」


「・・・」


「彼女達のような忍が捕まったりした場合、助かるのは人質交換くらいのものですが、当然、捕まったりしたら正体もバレます。もう仕事は出来なくなり、使い道がなくなる。となれば、ほとんどが見殺しにされて終わりです」


「そうならないように、尋常ではない戦闘技術を身に着けている、と」


「そういうことです」


「彼女はすごい戦闘技術を身に着けていました。となると、他国とかに送られるような人材ですよね」


「おそらくは」


「するとですよ。どこかの省庁とか、軍とかに所属していた方?」


「でしょうね」


「じゃあですよ。『里に許しを得てきた』なんて言ってましたけど、もしそのような方だったら、きっと国からの許しも必要ですよね?」


「そこです。あれほどの腕です。きっといずれかの省庁に所属していたはず。それを確認しようにも、『私はここに所属していて、こんな仕事してました』なんて、彼女が正直に答えられると思いますか?」


「まあ、答えられなくて当然ですよね」


「そうです。だから、確認のしようもありません。もし無断で仕事を放棄してきたとなると、当然、国から追われる身となりますよね。まあ死罪でしょう」


「うーむ・・・」


「この国の方で、ちゃんと許しをもらってきた方なら、まだマシです。もし他国の忍であったらどうなると思います? 国中から、わらわらと彼女を捕まえに来ますよ。今頃、どこかで切り合いなんかしてるかも知れませんよ? この国の方で、ちゃんと許しを得て来た方としてもですよ、一歩他国に入れば、同じように彼女を捕まえに来ますよ」


「・・・」


「試合は放映されていましたから、マサヒデさんのパーティーにあの凄腕の忍者が加わるかも、と、もうどこの国にもバレています。腕からして、当然、どこかの国の省庁に属していて、他国の情報を隠れて探るような人物だというのは、十分予測できます」


 ふう、とアルマダはため息をついて、天井を仰いだ。


「彼女を加えるとなると、どこへ行っても各国から狙われることになります。彼女が持つ情報を得ようと、常に狙われる。ここを何とかしなければ、彼女を連れて行くことは出来ません」


 マサヒデも腕を組んで考え込んでしまった。

 どうすれば、彼女を連れて行くことが出来るのか・・・


「仮に、そういった仕事はしてなくて、何の情報も持っていない方だとしてもです。正体が知られていない事が前提の仕事です。『知らない人だけど、そういう仕事をしていたのでは?』という予測だけで狙うに十分。もし何の情報も持っていないと分かったとしても、あれほどの腕の方。先の禍根を潰す為にも、先に始末しておこうと狙ってきます」


「これは参りました・・・是非とも連れて行きたい腕なんですけど」


「ええ・・・私にもどうしたらいいか、さっぱり」


 素晴らしい腕だし、パーティーメンバーでなくとも、雑用の者として連れていける。

 だが、連れていけば世界中から狙われる。

 どうしたら良いのか・・・


 2人が頭を抱えていると

 とんとん、ドアがノックされた。


「はい。どうぞ」


「トミヤス様にお客様です」


「どなたでしょう」


「あの・・・情報省のサイード様です」


 ぴく、とアルマダが反応する。


(さすがに早い)


 アルマダの顔に緊張が走る。


「アルマダさん」


「・・・こちらに、ご案内願いますか」


「はい。少々お待ち下さいませ」


 メイドがドアを閉めた。


「来ましたね」


「ええ。やはり、早いですね・・・」


「どうしましょうか」


「こちらは手詰まり。まずは相手の話を聞いてみましょう。そこから、何か対応策を考えることも出来るかもしれません」


 とんとん。

 2人の身体に緊張感が走る。


「失礼致します。情報省のサイード様をお連れ致しました」


「お入り下さい」


 かちゃ。

 ドアが開いて、小太りの男が入ってきた。


「どうもどうも、私、情報省技術局のサイードです」


 アルマダが立ち上がり、頭を下げる。


「アルマダ=ハワードと申します」


 マサヒデも慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「マサヒデ=トミヤスです」


 サイードは手を振って、


「そんなご丁寧に。事前に連絡もなく申し訳ありません。あ、座ってもよろしいですか」


 どうぞ、とマサヒデが手を差し出すと、サイードが「よっこいしょ」と座る。

 マサヒデとアルマダも座った。


 メイドが3人の前に茶を置いた。


「それで、情報省の方が、本日はどういったご用向でこちらへ」


「まあ、お気付きかと思いますが、昨日トミヤス様がお相手して下さいました、うちの者です」


「なるほど。彼女は情報省つきの方でしたか」


「はい」


「彼女は『里に許しを得ている』と言っておりましたが、情報省では許可を出しておられますか?」


「ああ、彼らの世界では、所属する組織を『里』と呼んでおりまして」


「そうでしたか。つまり、彼女は情報省の者で、情報省から許可は得ていると?」


「はい」


「今回はそれを伝えに?」


「彼女の口からは、こういった事は話せませんので・・・」


「でしょうね」


「それと、もうひとつお伝えしないとならないことが」


 ちら、とアルマダがマサヒデを見る。

 マサヒデも、ちらりとアルマダの顔を見る。


「聞かせて下さい」


「忍を連れて歩くことに、ご懸念があるかと存じますが」


「はい。その通りです」


「彼女は、養成所の、まあ、いわゆるスパイ学校みたいな所の、仮教員でして」


「ほう。仮教員・・・教員候補と言えば、エリートですね。あの腕も納得です」


「こういった立場の者は、狙われることはありませんので、ご懸念に及びません」


「狙われない? それはなぜ」


「まあ、どこの国にもこういった組織があり、当然、構成員を育てる養成所とか学校とかがありまして」


「ええ。それが」


「正式に各国で決めた取り決めではないのですが、まあ不文律といいますか、暗黙のルールといいますか、こういった学校の教員とか生徒には手を出さない、と言ったものがありまして」


「ほう? それは知りませんでした」


「ですので、絶対とは言えませんが・・・国中から暗殺者が群がってくるとか、捕まえにくるとか、そういったことはまずありません」


「ふむ」


「それで、今回、彼女がトミヤス様に仕えたい、と言いましたのは、いわゆる教育実習のようなものでして」


「教育実習?」


「実戦訓練、いや、最終試験のようなものですね。実際に実地に出て働いて、その働きいかんで教員に、というわけです。ですので、その、大変申し訳無いのですが、養成所から試験官の監視というか、そういったものはつくのですが」


「彼女を連れて歩くと、試験官も一緒に?」


「ええ・・・その、あなた方を監視するというわけではないですけど、やはり、あまり気持ちの良いものではないでしょうが・・・」


 マサヒデが手を上げた。


「あの、彼女を連れて行っても大丈夫ってことは分かりました。いくつか質問、よろしいでしょうか」


「まず、私の家臣にって話なんですけど、私、家臣を雇うほどの金がありません」


「あ、すみませんでした。そちらもお伝えすべきでした。養成所の試験ですので、そういったものに関しては、全てこちらで」


「ありがとうございます。助かります。まだあります」


「なんでしょう」


「もし彼女が試験に落ちた場合、どうなりますか? そうなったらわんさか彼女を狙いに、とか」


「それもご安心下さい。不合格でも、養成所預かりとなりますので、まず狙われるようなことはありません」


「分かりました。うーん、あと、これはないと思うんですけど・・・」


「お話下さい」


「彼女が養成所をやめたいとか、教師になりたくない、とか言い出した場合は?」


「・・・」


 サイードの目が鋭く光る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る