悶々とした気持ち

 授業が終わってから、黄野に話しかけた。


「黄野」

「なに?」


 きょとん、とした様子で黄野が顔を上げる。

 窓から差し込んだ光を受けた黄野は、やはり褐色肌が強調されて可愛らしかった。


 太陽の女神って感じだ。


 オレは自分の中でムクムクと起き上がるスケベ心を押し殺し、昨日の事を尋ねることにした。


「昨日さ。デリバリーにきたけど……」

「あぁ、あれ? ピザ美味しかった?」

「最高だった」


 親がいなくなってから、金銭のやり繰りを強いられている。

 親戚のおばさんから面倒を見てもらっているが、小遣いは決められている。バイトをすればいいのだが、日中はできない事情がある。


 クソ田舎は、家から徒歩30分のところにコンビニがあるのだ。

 さらに10分を掛ければ、スーパーがある。

 学校帰りに行ってもいいが、バイトの方に時間を掛け過ぎると、自分で耕してる畑が疎かになる。


 それは、オレの食料が減ることを意味する。

 夏休みとかの決められた期間なら、バイトだっていいかもしれない。


 ともあれ、ピザなんて久しぶりに食べたし、冷めていても嬉しかった。

 オレが答えると、黄野はニッと笑う。


「あれ、友達の家で作ったやつだから」

「へー。すげぇなぁ。――マジで? 手作り?」


 ピザを手作りとは聞いたことがない。


「友達の家、パン屋だから窯があるのよ。だから、ピザを焼かせてもらったの」

「……マジか」

「今度は何が食べたい?」


 小首を傾げ、黄野が聞いてくる。

 何が食べたい、と聞かれたら、頭に浮かんでくるのは国民食のラーメンか。野菜を生で食べることに慣れてきて、キュウリを貪りながらテレビを見る事が普通になっていた。


 脂っこい物が食べたい。

 デブ御用達のデブ飯を食らいたい。


「ラー……」

「わかった」

「まだ何も言ってないぜ?」


 理由を聞くことなんて、すっかり忘れてしまった。

 理由より腹を満たす方が先決だと、自分の意思に反して意識が切り替わった。


「ていうかさ。高島くんの家って、山の方なのね。メッチャ運動になるわ」

「オレんち、ほんと山の方だからね」

「坂道きっついよ」

「冬にはマジで死ぬぜ? 近所から除雪機借りないと、本当に埋まるんだ。子供の頃は頭より上に雪がきてね。あれはあれで楽しかったけど、やっぱ危ないよな」


 死と隣り合わせの危険がある。

 だからこそ、自然というのは尊いし、面白い。

 女子との会話なんて数えるくらいしかないので、意味もなく黄野との会話に夢中になった。


 そこで、オレは当初の目的を思い出す。


「あ、そうだ。どうして、オレの家にきたの?」

「理由なんかないよ」

「いや、あの……」


 いきなり、クラスの女子がデリバリーバッグを背負って訪問してきたら、誰だって驚くと思うのだ。

 しかも、注文をしていないし。


「バイト終わりに届けたかったから、届けただけ。まあ、あの後、別件もあったけど」

「別件?」


 オレが聞くと、黄野は口元に人差し指を当てて笑った。


「ひみつ」


 歯を見せて、にっと笑う黄野が何だか眩しかった。

 オレとは違う世界に生きているみたいだ。

 一瞬の事ではあったけど、酷く羨ましかった。


 オレの望んでる青春が目の前にある。

 手が届かなくて、しんみりとした気持ちになってしまう。

 比べるものではないのだろうけど、オレには眩しすぎた。


「んぉ? どうしたの?」

「あぁ、何でもない。とりあえず、ありがと」

「うぃ」


 黄野の席から離れ、自分の席に戻る。

 椅子に座ると、早速『褐色美少女』と検索した。

 画像を楽しもうと思ったのだが、ここで間違いが発覚。


 褐色美少女と、日焼け美少女は、似て非なるものであった。


 褐色は、全身赤茶色。あるいは、色黒一色。

 しかし、日焼けは白黒であることが前提である。


 オレは間違いに気づき、すぐに検索しなおした。

 悶々とした気持ちを抱えながら、スマホの画面に映る日焼けの美少女を眺めるのだった。

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