エッッッ

 オレには夢がある。

 いつの日か、可愛い女の子と一緒に暮らして、地味に生きて、地味にイチャラブして、ほどほどに変態な事をして、余生を生きる事。


 まあ、普通だな。


「えー、この辺は、こうで、ああで」

「先生! ちゃんと説明してくださいよ! 何言ってっか分かんねえし!」


 歴史の授業だ。

 オレはいつも通り、大人しく席について、黒板の内容をノートに書き留めていく。


 オレの席は、真ん中の一番後ろ。

 一人で黙々と黒板の内容をノートに書き、端っこには『自分の夢』を書いていた。


 正直言うなら、異世界なんて誰でも行きたいだろう。

 オレだって行きたい。

 でも、そんなものはない。


 非情な実感は夏場特有の暑さが、気温と共に教えてくれる。

 家に帰れば、晩飯を作らないといけない。

 その時に湧いてくる「めんどくせぇ」という気持ちが、今自分の生きている世界という物を教えてくるのだ。


『やりたいこと:1、女子のへそを押す。(意味はない)2、頬をぷにぷにする。(可愛いと思う)3、女子をボディペイントして、芸術品仕立て上げる。(やってみたい)』


 ほどほどに変態な欲望を書き連ねて、オレは思った。


 ――帰りてぇ。


 学べることは、ありがたいことなんだろう。

 けれど、オレは中学で学業を辞めて、趣味に生きたいと思っている。

 必要あれば、夢に向かって高校に入るのもいいだろう。

 その夢がオレにはなかった。


 ふと、窓際の席を見る。

 後ろから、三番目だ。


 そこには、昨日家に来た黄野がいた。

 太陽の光に当たると、一段と赤く染まった髪の毛。

 ツンツンと跳ねた毛先。


 あと、鼻の上にシャーペンを挟んでる感じとか。

 どこまでも、活発で明るい雰囲気の女子という感じで、黄野らしかった。


 明かりが当たると分かるのだが、肌の色は茶色と黒の中間だ。

 こげ茶色だろうか。

 黒い肌をしているのに、シャツの袖から出てきた二の腕は、肘のちょっと先まで白い。


 質感が何となくお餅のように、ペタペタとしていて潤っていた。


 つまらなそうに先生の話を聞いている黄野を見て、オレは昨日の姿を思い浮かべる。


 上下は黒のサイクリングウェア。

 黒を基調としているウェアは、襟から袖の先まで、オレンジ色のラインが引いてあった。


 同様に、下の方も腰から膝までオレンジ色のライン。

 上下のウェアは一体型じゃない。

 別々だ。

 腹と背中の辺りで、黒いゴムのベルトが伸びていたのを思い出す。


 ウェアだけだと、へそや背中だけが丸見えの恰好になる。

 中には、ヒートテックみたいなものを着ていた気がする。


「……エッッッッ……」

「高島! うるせえ!」

「すいません」


 自転車を乗る人には、大変申し訳ないのだけど。

 そして、の物ではないことを重々承知の上で言うけれど。


 サイクリングウェアの破壊力は、確実にオレの理性をぶん殴っていた。

 控えめに言って、夏の風物詩。

 冬用ではだめだ。

 夏用だから、いいのだ。


 同じクラスの可愛い女子が、サイクリングウェアを着て家に来るとか、本当に最高だった。

 ドキドキが止まらなかった。


 でも、考えれば考えるほど、家に来られる理由が見当たらない。

 なぜ、黄野はオレの家に来たのだろう。


 気になる心とスケベ心を胸に抱え、再び黄野を見た。


「?」


 すぐに目を離し、オレは黒板を睨むフリをした。

 先ほどの奇声で黄野の注意を惹いてしまった。

 彼女がオレをジッと見ていたせいで、目が合ってしまった。


 くりっと丸い目が、オレを覗き込んでいた。


 ピンクでも、肌色でもない。

 少しだけ赤みの差した唇。

 窓際に座っているせいで暑いのだろう。

 いくつもの汗が額や首筋に伝っているのを見て、オレはまた思春期特有のスケベ心に火が点いた。


「エッッッ!」

「チッ。この野郎。……高島ァ!」


 近寄ってきた歴史の先生が、思いっきり机を蹴り飛ばす。

 机の脚がオレの足にぶつかり、体がビクついた。


「うるせえんだよ! うるせええええええ!」


 唾を飛ばしながら、先生がブチギレる。

 血走った目に睨まれ、オレは意味もなく天井の斜め上を見た。


「なんだよ。エッ! ってなんだよ⁉」

「あ、いや、……分からない所、……あって」

「バカみてぇな言葉使いやがってよ! エッってなんだよ!」


 説教を食らって、オレは膝の上で拳を握った。

 その意味を公の場で口にするのは、居た堪れない。


 エロい、という意味である。

 言えるわけがない。


「お前、次に持病発症したら殺すからな」

「……はい」


 都会では、こういう教師いないよね。

 田舎は、余裕でいる。

 時代なんて関係ない。

 ガチでいるのだ。


 オレが悪いので何とも言えないが、もう少し優しくしてほしい。

 現代人はナイーブなのだ。

 昔みたいに、打たれ強い日本人ではないのだ。


 一時的に教室は静まり返るが、すぐにみんなはヒソヒソと話す。


「あいつ……また持病かよ……」

「きめぇなぁ」


 先に言っておく。

 オレは精神疾患せいしんしっかんや障害を持っているわけではない。

 ナチュラルに狂人というポジションである。

 たまに妄想が膨らみすぎて、今みたいに口から漏れる事がある。


 これを揶揄して、みんなは『持病』と言っているのだ。


「……死ねよ」

「いや、言い過ぎだろ。それはないだろ」


 誰かの言葉に対し、オレはボソリと返す。

 モブ顔で、特筆する事のないオレである。

 陰キャにさえなれないので、周りはヒソヒソと遠慮なしに苦言を呈してくる。


 視線を持ち上げ、黄野を見る。


「ぷっ」


 目じりを持ち上げ、彼女は笑っていた。

 そっちの方が、オレとしては救われるので良しとする。

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