公爵令嬢、死闘
@zeperm
公爵令嬢、死闘
目覚めの一杯、紅茶は清々しい思いにさせられる。特に、昨日の夜会を思うとすっとした。
婚約者とは本当に名ばかり、政治のために致し方ないとはいえ、よりにもよって根暗な公爵の子女を押し付けられ、辟易していたところに、真実の愛に目覚めたのだ。
学園でつるんでいる連中は、元々臣下として育てられる。宰相や大司教といった生まれながらに銀の匙を咥えて生まれてきた連中の力を借りれば、臣下の一人や二人、陥れることは容易かった。
夜会を中座して出ていったあの女、レイチェルは、今頃家族からも突き上げを食らっているはずだ。でっち上げのいじめの証拠は、それはそれは丁寧な出来で、証人もちゃんと揃えた。ここまで上手くいくと、なんとも言えぬくらい喜びに笑いが浮かんでしまうのだった。
息をするようにその感情を吐き出して、ティーカップを口に運ぶ。学園で愛しのマリーに出会えることに心を踊らせて、ゆっくりと飲み干そうとしてーー。
「申し上げます!レイチェル公爵令嬢が、殿下が新たに婚約者として選んだマリー嬢に『死闘』を申し込みました!」
紅茶噴いた。
この国では、決闘は最後の手段とみなされている。名誉を傷つけられ、尊厳を回復するために命をかけて争うのである。これは立会人を設けた上で、伝統に則った儀式の一種である。
一方で『死闘』とは、名を挙げる行為として知られている。つまり、腕に自信のある家が、自身の武功を認めてもらうために、敵とみなした相手の首を取り、国家に献上することである。
「王子から婚約破棄された私、国に認めてもらうために現婚約者マリーの首をあなたに捧げます!」
そう宣言しているようなものである。
いるかそんなもん。
というか、なんで急にそんな血なまぐさい話になる。
死闘にしろ決闘にしろ、相手はそれを拒絶する権利はある。しかし、それは不戦敗を意味するために、家にとっては不名誉である。
今回死闘をふっかけたのは公爵家であり、位の低いマリーの家が断れるはずもなかった。
「レイチェル!何を血迷った!?」
死闘の場として選ばれた石畳の上、放棄されて久しい円形闘技場で、王子は元婚約者の元へ詰め寄ろうとして、レイチェルがくるりと回転させた東洋の剣に、慌てて飛び退いた。
何日かぶりに会ったレイチェルの面構えは大きく変貌していた。落ちくぼんで見えた覇気のない顔は決死の覚悟に引き締まり、髪は乱雑にひとまとめにしているのが却ってぞっとするような色気を醸し出している。隣に控えている執事が、大きく一礼する。
「わたくし、身に覚えのない咎を責められて、困惑したのです」
レイチェルは語る。
「あまりにも不名誉なことだったので、いっそ死んでしまおうかとも思いました。別に殿下は魅力的な男性ではありませんが、わたくしのせいで家名に傷がつくのは避けられず、どうしようかと」
なにか失礼なことを言われた気がするが、下手に口を出したらスパッと斬られそうなので黙っている。それを無言の肯定と見たかレイチェルが続けた。
「ですが、じいやに言われて目が覚めました。わたくしは決闘で名誉を回復するのではなく、武功を上げることで、この国に尽くせることを証明したいと!そう思ったのです」
決闘にしてくれたほうがまだマシだった。
いや、血迷ったレイチェルとマリーが殺し合いすることには変わりないかもしれないが。
視線を執事に向ける。一見物腰の柔らかい紳士らしい老年の男は、静かに口を開いた。
「私の故郷、東洋の小さな国に、このような言葉がありますーー」
曰く。
「筋肉はすべてを解決する。そして、暴力はすべてを解決する」
野蛮人じゃねえか。
そう吐き捨てたかったが、その野蛮人の血を引いているであろう男にそういうのはためらわれた。
「ここで大将首を上げ、殿下に献上することこそが、真の愛国であり汚名を返上する術であると、わたくしは気づいたのです!」
天を見上げて叫ぶ少女は、まさに戦乙女にふさわしい神々しさを醸し出していた。
でも、お前を嵌めたのは未来の国家の担い手というか、国家そのものなんですけどね、なんて口が裂けても言えなかった。
唯一でっち上げの証拠をまともに信じていた将軍の息子なんか、目をキラキラ輝かせて、よくぞ言った、と言わんばかりだし。だからお前は脳筋なんだよ。
一方死闘の相手、マリーの様子はといえば憐れなものだった。血の気が完全に引いていて、父親に持たされたサーベルを今にも落としそうなほど手を震わせている。切っ先が激しく上下していて、今にも自分を切り落としそうだ。
「どっ、どうして、私、こんな......」
すまんマリー。お前との甘い日々を夢見て、いじめの証拠をでっち上げたんだ。さすがに巻き込むのも憚られて、お前のいないうちに電光石火で片付けたら、向こうも電光石火で死闘なんぞ申し込んできやがった。
状況を見るに、どう考えてもマリーの分が悪い。
というかどういう結果になろうとも、婚約者だった女の首が王家に献上されるのは間違いないわけで。
時期国王としては、それを天晴れとかなんだかいいながら受け取らなければならない。
地獄か?
もう何杯も飲み干している紅茶の味が思い出せない。銀色の刃が輝く度に血の臭いがするような気がして今にも胃液が逆流しそうになる。
「こんなことなら国外追放も追加しておけばよかった......」
「お忘れですか殿下。外国の諸侯を受け入れるための手段でもあるのですよ、死闘は」
「つまり?」
「国外追放されたレイチェル嬢が死闘を望めば実質その言い分は通るのですよ。バックには公爵家がついてますし」
眼鏡をひっきりなしに押し上げている宰相の息子も、たぶん動揺しているからなんだろうが、自分の知識をひけらかそうとしているように見える。というか、なんか他人事の態度に見える。
こいつも死闘の中に放り込んでやろうか。
そうこうしているうちに、準備は整ったらしい。マリーがガチガチの鎧に押し込まれているのに対し、レイチェルはといえば、身軽そのもので、下町の下女のような格好である。
「いいですかレイチェル様。当たらなければ死にません。であるなら、身軽さを活かして敵を斬首するのです」
「わかっているわ、じいや!」
やはりあいつが諸悪の源か。
「そもそも、当たらなければ死なないって、相手は鎧を着込んでるのに......?」
「いえ、殿下」
口出ししたのは死闘に参加したそうなサイコパスこと将軍の息子である。
「達人の技は鎧と鎧の隙間さえ見逃さず一太刀の元に切り伏せると聞きます」
「俺が婚約してたのは普通の公爵令嬢であって、百人斬りを達成した英傑じゃなかったはずなんだが」
「レイチェル様の尊顔をご覧ください。あれは、目覚めた顔です」
とうとう中二病まで発症した将軍の息子をよそに、一対一の死闘は始まった。無理矢理押し出されるように戦場に足を踏み入れたマリーと、目を閉じて、東洋の剣を鞘に納めたまま半身だけ身を乗り出して構えるレイチェル。マリーの全身が震えて、ガチャガチャと耳障りな音をたてる。
「始め!」
合図と同時にレイチェルがかっと目を見開いた。恐慌状態に陥って、上段に構えて突っ込んでくるマリーの首筋めがけて、一気に鞘を払う。
すぱん、と小気味よい音がした。金属と金属がぶつかり合う、耳障りな音はなかった。くるくると宙を舞った冑つきの首が地面を転がる。レイチェルは血糊を払って、カタナを鞘に納めた。
そして、敵将の首を持ってくるようにして、ずんずんと王子の方に向かっていく。どさり、と恐怖に目を見開いたまま絶命したマリーの顔がそこにあった。
もはや、レイチェルを陥れた連中は腰砕けになっていた。ただ一人、天晴れ!と叫び続ける将軍の息子は別として。
「ででで、殿下。おお、お言葉を」
宰相の息子が無言の王子の脇腹をこづく。王子は口を開き、ぱくぱくと意味もなく息を吐き出した後、献上された婚約者の首に吐瀉した。
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