透明度100%の透明感のある家

ちびまるフォイ

見えていなければいないも同然

「実は一人暮らしを考えていて……」


「それでしたらおすすめの部屋がありますよ。さっそく行きましょう!」


「これは……」


ついたのは一軒家だった。


「一人ぐらしって言いましたよね?

 さすがに一軒家は高すぎますよ」


「いえいえ、でもここは一人暮らしと同じ価格なんです」


「ええ!? なんで!? いわくつきとか!?」


「そんなわけないでしょう。ま、中に入ればわかりますよ」


「おじゃまします……」


家の中に入ると、そこにはまるで生活感がなかった。

というか家具がなかった。


まるですべての荷物を引き払ったような、ただの部屋があった。


「家具家電つきって話しだったような」


「ええ、ついてますよ。あ、そこ傘立てあるんで気をつけてーー」


「痛ったぁ!!」


「この家、中に入ったものはなんでも透明になっちゃうんです。

 そこに傘立ても靴箱もあるんですけど、見えないでしょう?」


「え、ええ……? それじゃまさか」


「見えないでしょうが、ここにはちゃんと家電があるんですよ。ただどれも透明なだけです」


「はあ!?」


改めて目を凝らしても、スマホのカメラを取り出しても。

何もないただの部屋にしか見えない。


透明の家電があるなんて。


「そ、それじゃベッドは?」


「ああ、そこにありますよ。触ればわかるでしょう?」


「たしかに……。き、キッチンは?」


「ほらここです。火も透明になるので取り扱いだけ気をつけてくださいね」


「は、はあ……」


「で、どうします? この一軒家にしますか?

 家賃はこれまで紹介したどのボロアパートよりも安くて、

 あなたの大学にも一番近いですよ?」


「うーーん……」


透明という点を除けば、何もかも魅力的な要素が詰まっている。


「透明な点を気にされてます?」


心の声を感じ取ったように不動産屋は笑顔をふりまく。


「思い出してください。実家で目をつむったとしても、

 椅子やテーブルがどこにあるかはわかるでしょう?」


「それは……まあ」


「それと同じですよ。最初こそ戸惑いますが、慣れれば一緒です」


「うーーん……それじゃ、ここに決めます」


「ようこそ、素敵な新生活へ!!」


悩みはしたがこの透明な家に住むことを決めた。



透明な家に住んでから数日もすると、

どこに何があるかはなんとなくわかるようになった。


「人間の適応力ってすごいんだなぁ……」


最初こそ暗中模索で手をバタバタ動かしながら、

家電の輪郭を指で感じつつ進むしかなかった。


今では迷わずトイレやお風呂に入ることができる。

視覚に頼らないと、今度は音や匂いで判断できるよう人間の体は適応するらしい。すごい。


住み慣れてくると今度は透明の利点が見えるようになってくる。


「しっかし……本当に広いなぁ」


透明なソファにくつろぎながら部屋をぐるりと見回す。

視界を遮る家電がなにもないので、広い部屋を最大限まで広く感じられる。


「……意外と悪くないかも」


そう思った。


1週間後、ふたたび不動産屋がやってきた。


「どうですか? その後は?」


「ええ、すごく快適ですよ。透明ハウス最高ですね」


「そうでしょう。なにごとも慣れってわけですよ」


「でも、今日はどうして来たんです? なにか用が?」


「ええ、あなたの不在時の時間を確認にまいりました」


「なんで?」


「まあ、防犯的なやつとでも思ってください」


「はあ。まあこの時間からこの時間は学校行ってるので不在です」


「ありがとうございます。ちなみに、この家でなにか変わったことは?」


「変わったことはないんですけど……気になったことはあります」


「というと?」


「たまに、人の気配がしたり、勝手に水が流れたりするんです。

 本当にいわくつきじゃないですよね?」


「透明という特殊な環境に身をおいているので、

 それこそ感覚が鋭くなっているのかもしれませんよ。

 外の足音や、隣の家の水の音すら聞き取れるほどに」


「そうなんですかねぇ……」


「気になるんでしたら、お祓いしておきましょうか?」


「そ、そこまではしなくていいですっ」


お祓いまですると、幽霊を認めるような気がして遠慮した。

不動産屋が帰ると気のせいだったと思うことにした。


それきり不動産屋が来ることはなかったが、

今度は別の問題が透明生活で気になり始めた。


「……またここに指紋か。もう」


取っ手についた指紋を拭き取った。


透明なこの家では何もかもが透明になる。

ただし、それは「モノ」にだけ適応されるらしい。


自分や不動産屋が透明人間にはなれない。

そして、指紋やホコリも透明にならない。


透明というだけに汚れがあるとすぐに気づいてしまう。



それがたとえ部屋の対角線上にあるわずかな指紋の付着であっても。


「くそ! これからは手袋して生活してやるか……」


水滴が落ちてたり、髪の毛が落ちてたり。

普通の部屋じゃ気にならないほどのささいな変化も、潔癖症かというほどに気になってしまう。


気になり始めて掃除をすると、これまで気にしていなかったものまで気になってしまう。


「ああもう! 家にいるのに全然リラックスできない!!!」


きれいにしたと思ったら、気づかないうちに汚している。

自分でも触った覚えがないような場所までわずかな汚れがあるともう眠れない。


透明というだけで過剰なほど「不透明」なものに嫌悪感を感じる。



1週間後、今度は不動産屋のほうへ訪れた。


「こんにちは……」


「いらっしゃ……どうしたんですかその顔。

 戦場から帰還した兵士みたいな顔ですよ」


「実は……透明生活で汚れがどうしても許せなくて……」


事情を聞いた不動産屋はうんうんと頷いた。


「透明だからこそ汚れが悪目立ちしてしまう。

 その気持ち、非常にわかります。

 前の居住者もそうおっしゃってました」


「なんとかなりませんかね? 汚れを消してくれるものとか……」


「それではいたちごっこです。こちらはいかがですか?」


「なんですかその薬」


「透明薬ですよ。これを飲んだら透明になれます」


「えっ!! 本当ですか!?」


「透明になったら指紋も透明になりますよ。

 髪の毛だって透明だから、落ちた毛にうんざりすることもないです」


「最高じゃないですか! やっと家でリラックスできる!!」


「ただ、1点だけ副作用があって、これを飲むと声がつぶれてしまうんです」


「はあ」


「家にいるときは声が一切出せなくなります。それでも良いですか?」


「もちろんですよ! やすい代償です!!」


不動産屋から薬を一気にひとのみ。

みるみる足先から透明になっていった。


「すごい! 本当に透明ですね!」


「よかったです。よい透明ライフを!」


客は喜んで家に戻っていった。


もちろん家で声を出すことはできなくなった。

けれど汚れに振り回される毎日から解放される喜びのほうが嬉しいのだろう。


客が店にいないことをサーモグラフィーで確認してから、不動産屋は次の客を呼んだ。


「安くて広くてきれいな物件を探しているならおすすめがありますよ!

 ちょっと特殊な点がありますが、慣れれば平気です!」


すぐに内見の段取りを整えて客を透明ハウスに案内する。

時間はもちろん、今住んでいる人たちがいない時間帯。


「すごい……透明だと家が広く感じますね」


「そうでしょう? みなさんそうおっしゃいます。ここに決めますか?」


「はい! ここに住みます!!」


「ありがとうございます、ではこちらを飲んでください。

 体が透明になるので自分の出した痕跡が消える透明薬です」



不動産屋は客を透明にさせると、透明シェアハウスへとまた1人送り込んだ。

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