第15話 ゲーム中毒症(1章エピローグ)

「ふぅ~~、いい風呂だった。やはり持つべきは実家、気兼ねなく広い湯舟に浸かれてしまう銭湯の実家だよな~~」


 俺はタオルで頭をゴシゴシやりながら番台の横にある冷蔵ケースの戸を開けた。手を突っ込んでフルーツ牛乳ポーションを掴む前に、まずは頭を突っ込む、と。


 顔の内側は炎属性、外側は氷属性な感じが絶妙過ぎる。それらが合わさると回復魔法になるのだから実に気持ちがいいものだ。


 ガラガラガラッ


 ん?折角のヒーリングタイムが邪魔されそうな気配…、店の戸が開いて誰かエンカウントしてきた様だが。


 冷蔵ケースのガラス越しに目が合った相手は幼馴染の恵子だ。


「また出たな、ギノレガメッシュめ」


「はぁ? なにそれ……。それより、冷蔵ケース開けっ放しにすると電気代の無駄って母親おばさんに怒られなかったっけ?」


「今、この店は俺のターン中だから平気だ」


「たーん? それより、蔵ちゃん。番台の仕事ずっとサボってたでしょ?」


「サボる? 何を言う、俺は家業を手伝っているだけの子供部屋おじさんだ。サポートの控えメンバーにサボるもくそもないだろう」


 恵子が何やら考え込み始めたな。あいつがチャージに入ると俺の死が確定の様なものだ。くっ…、やはり恵子は俺の弱点属性だ…。


「やっぱり、そうだ! 謎の用語だらけになるって事はこの数日間ずっとゲームばかりしてたんでしょ!?」


 むっ……、そうなのか?長くゲームに浸るとついついあっちの公用語が出てしまうらしいが、やっぱりそうなのか…。


「まあいいや、とやかく言うの無駄だった……。そうだ、それよりゲームと言えば、蔵ちゃんはこの娘知ってる?」


 恵子がスマホの画面を突き出して来た。ガラス越しに見える、ニュース記事に貼り付けられた写真は20歳前後に見える女子だが…。さて、ゲーマーを自称するアイドルにこんな娘いたっけな?


「知らん」


「尾坂戸メリカ」


 尾坂戸だと?メリカは…、聞いた事ありそうでない響きだが。


「じゃあ、尾坂戸伝之助は?」


「一体誰にそれを尋ねている、知ってるに決まってるだろ!! 我を支配出来る神の1人だ!!」


「言っている意味がよくわかんない……。でも、やっと冷蔵ケースから出たか」


 くっ…、釣り出されるとはアクティブモンスターもいいところだ…。


「お孫さんみたいよ。空手の色んな大会で優勝してる超有名人なんだけど?」


「空手? せっかく尾坂戸伝之助のDNAを受け継ぎながらその道に進まずジョブチェンするとはな……。ファイナル・サーガVのグラフの孫娘ケルルの爪の垢でも煎じて飲ませた方がいい」


「あなた……。銭湯の家に息子として生まれながら後を継ぐ気が無い。全く、どの口で言うのかしら?」


 くっ…、詰んだか。


「今度、オリンピックの日本代表に選ばれてこれから会見生中継らしいの。ほら、丁度テレビで始まりそうよ。まあ、お爺ちゃんにしか興味なかった様で教え損っぽいけどね……」



 18分か…、ようやく恵子の襲撃が終わった。やっとフルーツ牛乳ポーションが飲める。さて、恵子が風呂から上がるまで読書タイムだ。ディスクシステム用のディスクケースを開けて取扱説明書を開いてみた。



 番台に腰を下ろした根深蔵人が読書を始めた頃。ホールに置かれた液晶テレビの中に尾坂戸メリカ選手の姿が映し出されていた。記者たちから質問が飛ぶと、静かにゆっくりと考えてから落ち着いた口調で答えていたが。


「最後に。これから世界に挑戦するわけですが、日本を代表するゲームクリエイターとして世界的にその名を知られるお爺様から何かアドバイスの様なものは?」


「はい! そうですね、失敗もまた一歩前進なのだと。空手で言えば失敗も有効の一つだと教わりました」


「どういう事でしょう? もう少し詳しく教えて頂けませんか?」


「かつて、祖父もゲームを創る時に大失敗した事があるそうで。先日、その時の資料が眠る倉庫。いえ、蔵の鍵を手渡されたんです」

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