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第16話 『超絶!鞠華(マリカ)家シスターズ』

「そう言えば、これに没データなんてあったのかな?」


 ふと、部屋にあるファミコンのカセットの中から一つを手に取ってみた。何十年かぶり、久々に手に取った黄色のそれは『超絶!鞠華家まりかけシスターズ』。略して超マリ。


 昭和の時代、家庭用ゲーム機というものを普及させた『仁天会じんてんかい』の名作。俺らの親父の世代だと花札のメーカーだったらしい、そんな会社が今や世界のJintenkai。


 ゲーム=社会悪、だった昭和。花札にまとわりついていたイメージもあるのだろう。「将来は仁天会に就職したい」などと口に出そうものなら「うちの子はヤクザになる気らしい…」と母親が嘆いたものだった。


 さて、これの没データの存在が気になったのは例によって古代遺跡群アナザー・ダイヴ・リワールドで新規ワールドとしてオープンしたからだ。


 主人公の女侍『鞠華サクラ』を操作して丸めた新聞紙を武器に昆虫モンスター達をしばきつつひたすら左から右へ突き進む横スクロールアクション。ラスボスのブリゴッキー大僧正を倒して、そいつにさらわれていた主の若殿『柿之進かきのしん』様を助ける。


 「これだけ、なんだよな~。ひたすらこの繰り返し」


 折角助けたのにまたさらわれてしまう若殿、同じ様に助けにいく鞠華家の姉妹。このプレイが延々と続く。


 これだけシンプルなゲームに没データなんてあるんだろうか?でも、それだからこそもしもあったらお宝発掘という事にもなる。



 例によってフェアリーの受付でワールドイン。


「~~32がプレイに関しての注意事項になります。それでは『超絶!鞠華家シスターズ』へ行ってらっしゃいませ!」


 珍しく妙に長い…。注意事項の説明だけで30分間とは…危なく寝落ちしかけたぞ。



 このレトロゲームにプレイ中断で翌日以降に持ち越すなんて概念はない。もちろん、プレイデータなんてものがないので俺もゼロスタートで、やってみたのだが…


「はぁ、はぁ……。ぜぇ、ぜぇ……」


 さてな…。アレだ、ゲーム開始前に注意事項アナウンスが色々とあった意味がようやくわかった気がする。


【汚れてもいい服装でお楽しみ下さい】


 そうだな…。これだけ跳んだり、落ちたり、泳いだりと動き回ればトライアスロンどころの騒ぎじゃない。疑似体験とは言えログアウト時に全身汗まみれに違いない…。


【アルコール摂取後のプレイはお控えください】


 ごもっともだ!ログアウトしたら酔いが回っていて目の前ゲ〇まみれじゃ地獄だからな。


「お、恐らく……。ゲホっ、ゲホっ、あれだけ丁寧に注意事項を並べたのは訴訟対策だ」


『超絶!鞠華家シスターズ』は世界中にファンがいる。このワールドは日本だけでなくアメリカでも同時オープン。


 プレイヤーの身に異変が起きた場合に備えたか?

 やるな、さすがは世界のJintenkai。


 動きがキツいのはあれど…。何事もなく、没データの気配なく1周目終了。体感アトラクションを謳った古代遺跡群アナザー・ダイヴ・リワールドらしく、あちらこちらでプレイヤーたちが飛び跳ねている姿が印象的だった。



 2周目。


「あっ! サクラとウメコの姉妹プレイか」


 ファミコン当時の仕様だとⅠコントローラーを握りしめた者がサクラを使用しⅡコンは妹キャラのウメコ。交互にプレイするものだったがフルダイヴ化で同時プレイになった様だ。


「すっ、少し、休んでいいかな? リンちゃん、パパ疲れちゃったよ。あははっ!」


 急にウメコが座り込んだ様だが…。サクラが随分と蔑んだ目でウメコを見つめている様だが…。


「パパ、足手まといだからここに置いて行っていい?」


「えっ!? そ、そうだ。リンちゃんが欲しがってたぬいぐるみ買ってあげるからさぁ?」


「パパ、今のムービー保存したから。もうママに送信したよ」


「えぇ!? どうして、そんな事を?」


「ママ言ってたの。パパに何か買ってあげるっていわれたらママに言いつけなさいって。ヘソクリのうたがいがある? だったかな。よくわからないけど、言いつけたらソシャゲの課金石買ってくれるんだって」


「もう…。女の子にはぬいぐるみの時代じゃないのか……」


 レトロゲームの頃のままだったら父と娘でほのぼのプレイだったろうが…。ゲームを通じ、昔取った杵柄で父親の威厳というものを存分に見せられたのだろうが…。残念ながらフルダイヴでは疲労感も疑似再現されてしまうんだよ…、パパさん…。


 それに…。パパは娘サービスのつもりでここに誘ったんだろうが、もうソシャゲに夢中な娘的には仕方なく付き合ってあげただけだった…。


 そして、パパが妹キャラを掴まされ娘が姉キャラを選んだ時点でヒエラルキーが確定していた様な気もするが…。


 恐ろしい、おそらくパパにとって心の拠り所になっていたゲームが底無しの地獄と化すとは…。



 10周目。


 ハード過ぎてそろそろ自主的にログアウトしたくなる。しなければ身近に迫る死を感じる様なワールドだ…。


「これで最後にするか~~。いや、もういいや、これ……。疲れすぎた」


 身体がもう限界だ。


 ラスボスのブリゴッキー大僧正は新聞紙を丸めて火を点けた物を投げつける攻撃で撃破済み。ヤツが立ち塞がって守っていた後ろの扉を開けて『柿之進』様を救うだけだったがもう動く気にならない…。


「ゲームオーバー待ちで」


 この俺が、ここまで打ちのめされた、とは。かなり凶悪なプレイ環境だったと言える。


 このレトロゲームにはステージクリアまでのタイム制限がある。それを越えたらキャラロスト。今、残数1なのでこれでスっと終われる。


 ━━━タイム00:00━━━


「ん? 意外と死ねないんだが……」


「サ、サクラ……。僕を愛していなかったと言うのか!?」


 へっ?…、『柿之進』様が奥の部屋から出て来ちゃったけど…。もしかして、何周かした上でラスボス撃破放置が没データへのトリガーだった?


 それに何か言っている様だが?オリジナル、ファミコンの頃なら「サ、サクラ……。ボクヲ アイシテ イナカッタノカ!?」とオールカタカナ表記だったろう台詞を。


「助けられては捕らえられる、助けられては捕らえられる。何度もそれを繰り返した僕をどう思った?」


 まあ、間抜けとか、若殿じゃなくてバカ殿とか。当時のプレイヤー、子供たちの間ではそんなつっこみが流行ってたな。


「僕がそんな間抜けを繰り返したのは!」


 ほぅ、真意があると? まさか、つっこまれるのを見越してアンサーが用意されていたとはな。


「捕まっても捕まっても助けに来てくれる君の、僕への強い愛情を何度も噛みしめたかったんだ! そんな君の愛情を独占したかっただけなんだよぉ~~」


 こわっ…。なにこれ……。


「僕を助けてくれ! 助けてくれ~~!」


 どんどん迫って来る…。どういう元データを生成AIがフルダイヴ化処理した結果がこれかわからないけど、とにかく恐怖しかない…。助けて欲しいのはこっちだぞ。


 後退り…。ん?、これ以上出来ない…みたい?


 振り返ってみたらただの真っ黒な壁があるだけだ。ここまで来た道が完全に消えていた…。


 そ、そうだ。このゲーム、左から右へ画面スクロールを進めてしまったら、もう後ろには戻れなかった…。

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