【エッセイ_08】感性の鈍い大人にはなりたくない

15年以上前の話になるが、今でもはっきりと覚えている。


仕事でお付き合いのあった知人が

「僕は、(わたしが勤めている)会社と仕事をする時は

7割ぐらいのパワーでしているんです」と言ったことを。


「発注会社を目の前にして、普通言うか?」と思ったけど、

気心が知れているからこその本音なのだろう。

ずいぶん前のことゆえ、当の本人はそんな会話をしたことすら忘れているかもしれない。

その彼によると、自分のことを大切に扱ってくれるか、料金が低くないか。

案件を扱う会社や会社の担当者によって、

仕事に対するパワーの量をコントロールしているというのだ。


この言葉はわたしにとって衝撃的だった。

ただし、自分が所属している会社に対してそういう姿勢で仕事に臨んでいたことに

ショックを受けたのではない。

当時のわたしは吸収できるものはなんでも吸収してやる根性でがむしゃらに働いていたので、仕事に対してそういう姿勢を持っている人がいることに驚いたのだ。


20代の頃から満足のいく働き方をしていたのであれば、

そんな風には思わなかったかもしれない。

しかし、たいして仕事もできず、辛辣な人が多い職場で20代を過ごしたわたしにとって30歳で転職した当時の職場は朝から夜までガッツリ働ける夢のような環境だったので、“そういう人もいるんだ”と印象に残った。


当時ほど頻繁に会ってないけど、今でも時々その知人と仕事をしている。


何年前だっただろう。

フリーランスになって数年後、その知人と一緒の現場にいて

「あれ?」と感じるようになった。


昔はガラスのように繊細で、場の空気を読むのが早かったその知人に

鈍さを感じるようになったのだ。


「難しくない要望だし、ここはYesと返答するだろう」という現場でも

「いや、これは難しいです」となぜできないかを説明したり、

相手の顔色を読まずに(読めずに?)発言するようになった。


本人はいたって真面目だ。

心からの言葉を発しているからこそ、何も疑問に感じずに発言していることが

その場の空気から伝わってくる。


知人に何が起きたのだろう?

知人の発言に何度も耳を傾けた結果、憶測ではあるが1つの結論に達した。


人に対しての思いやりよりも、自分に対しての思いやりが強くなった、と。


若い頃は、上司や先輩からうるさいと思うほど注意やアドバイスを受けていたのに

年齢とキャリアが上がってくると、注意してくれる人が少なくなってくる。

すると、お山の大将のように所々で自分よがりな傾向が出てくる。

そんな自分に対して誠意をもって注意してくれる人がいたら、

どんなにありがたいだろう。

これは、わたしがフリーランスになってからずっと気をつけていることだ。


時間が止まってしまったんだな。


ーー知人に対して、そのように感じるようになった。


意地悪な言い方をすれば、

もう少し「今の自分よりも良くなりたい」という向上心があれば違ったのだろうけれど、満足度のボーダーラインは人それぞれだ。

「ある程度、自分は仕事ができている」と満足するも、

「ここまでできるようになったから、もっと自分を伸ばしたい」ととらえるのも、

その人の人生観。

悲しいけれどわたしがジャッジすることではない。

だから、そっと見守るしかない。


ただ1つ言えることは、その知人だけでなくそういう傾向の人を見ていると

本人が気の付かぬ間に転げ落ちていっているような気がする。

周りへの協調性が足りなくなったことで声がかからなくなったり、

若手だと見くびっていた人に追い抜かれたり、

勉強を怠ったことで時代の感性についていけずに昔のままの感性で仕事をしたり。


なにより恐ろしいのは、これらの変化が急激には起こらず、

少しずつ、とても小さななだらかな変化が起きているということだ。


だから本人は、まったく気づかない。

気づいた時は結構転げ落ちていて、後の祭りだ。


人生において、何を幸せだと思うかは人それぞれだ。

だけど、わたしは何事においても感性の鈍い大人にはなりたくない。

感性は、磨けば磨くほど伸びていくものだと過去の体験で実感しているからだ。


今日よりも5年後、10年後、自分のことが好きだと思えるわたしでありたい。

そのためにも、日々のうれしいことも悲しいことも全部受け入れて、

味わい尽くし、自分のものにしたい。


風味絶佳――、幸せをアップデートする人生にするためのブレない指針だ。

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迷える女子の、心のアップデート録 弁財綾乃 @AAyano

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