エルフの若いお嫁さん

XX

価値観の違いは許容すべきと言うけれど

 私は冒険者をしていて、一緒にコンビを組んでいた人間男性と結婚した。


 私はエルフだ。ハイエルフでは無いので、寿命はあるが、それでも1000年は余裕で生きて居られる。


 エルフという種族は、20才までは人間と同じ速度で成長する。

 その後はおおよそ900才くらいまで、20才の姿のままだ。

 900才を過ぎたあたりから、おおよそ100年かけて人間で言うところの20才から100才までの老化をしていく。


 エルフはそういう人生を、妖精の森に引き籠って、日々木の実の採取、十分な個体数がいる獣相手の適度な狩りを行い、穏やかに過ごしていくのだ。


 私はそういう人生が詰まらないと感じ、森を飛び出した。

 別にそれで一族から裏切り者として狙われるとか、そういうことは無かったけど。

 森を出るとき長老に「おそらくあなたは後悔しますよ」

 そう、言われた。


 何がよ。


 そう言って無視して、私は憧れていた冒険者になった。

 

 冒険者。

 大好きだったから修行を重ねた精霊魔法が大いに役に立つ職業。


 そしてその中で、私は同時期に冒険者になった少年と恋に落ちた。

 彼と一緒に冒険して、さらに強くなり、最終的に私たちが活動していた国に襲来したドラゴンを、一緒に退治した。


 私たちはその国の国王から、ドラゴン退治のご褒美としてお屋敷と爵位、俸給の約束を貰った。

 ……そこで一念発起。


 冒険者を辞めて、それまで貯めたお金と、俸給で生活していくことにした。

 そして同時に、彼と結婚。


 彼は「キミを必ず幸せにする」と言ってくれた。私はその言葉になんの疑いも持たなかった。


 翌年、娘が産まれた。

 人間との間の子だから、ハーフエルフ。

 ハーフエルフは寿命が約500年。老化がはじまるのが400才くらいから。


 ……子供が生まれたとき、この子は高い確率で自分より早く死んでしまう。

 それがイメージされて悲しくなったのを覚えている。

 当時の私はまだ100才そこそこの娘だったから。


 そして娘が大きくなり、夫はどんどん齢をとり……


 結婚後80年目くらいのときか。

 ある朝、起きたら夫が死んでいた。


 老衰だった。

 そのとき、彼はずっと調子が悪くなっていたから。

 ……覚悟をしていたけど。


 悲しみの中、彼にお礼を言いながらお葬式をあげ。


 私は子供たちと一緒に、この世に残された。


 ……彼の子供は、女の子が2人、男の子が1人。

 全員、成人していた。


 娘2人は貴族の家にお嫁に出して。

 息子は夫のように、剣で生きる人間になった。

 彼の子供だから、きっと強い剣士になると信じている。


 そしてそこから30年経った。


 娘は孫を産み、その孫を嫁に出す段階に達し。

 息子は求道者として、剣の達人として名を馳せるようになった。


 そしてそのとき。

 私は1人の青年が気になり始めた。


 ……真面目な農夫の青年だった。

 夫も、とても真面目な男性で、私以外の異性を眼中に入れない人だったけど。

 彼にもその面影というか……似たものを感じたのだ。


 やっぱり、好きになるタイプというものがあるんだな。

 私はそのときそう思った。


 私は彼と交流を重ね、その中で、彼の方も私のことを女性として好きで、出来ればお嫁になって欲しいと思っていると知り。


 私は……彼の想いを受け入れることにした。


 なので。

 娘2人と、息子を呼び集め。


 彼のことを話したのだ。


「お母さん、再婚しようと思うの」


 すると


「……え? 噓でしょ?」


「ありえない」


 娘2人が言ったんだ。私を見て。

 信じられないものを見るように。


 娘たちはきっと祝福してくれる。

 そう思っていたのに。


 ……違ったのだ。


「お父さんに申し訳ないと思わないの?」


「娼婦みたい! 汚らしい!」


 娘たちは口々に言った。

 ……彼女たちの中では、再婚なんてものは「ありえないこと」だったのだ。

 思えば……


 夫が、そういうことを言っていた。

 一度、私が竜のブレスで瀕死の火傷を負い、にも関わらず回復魔法を使えるパーティーの僧侶が麻痺状態にあり。

 もう、死ぬしかないと覚悟したとき。


「……あなた。考えてなかったけど、私、あなたより先に死ぬみたい」


 だから、お嫁さんは私以外の誰かを探して欲しい。

 そう言ったのだけど


 彼は


「キミ以外俺の妻はありえないから、キミが死ぬなら俺は生涯独身だ!」


 だから死ぬな! という意味合いで出た言葉だったけど。

 ……あれは、嘘じゃ無かったと思う。今思えば。


 そんな彼の娘たち……

 そういう価値観を持ってしまっても、仕方ないのかもしれない。


 息子に助けを求めようとしたら「そんなキモイ話は俺もパス」といって、去って行ってしまった。


 ……味方は誰もいない……


 結局。

 その農夫の彼とはお別れした。

 結婚だけなら出来たかもしれないが、結婚は普通、子供を産むこととセットだ。

 子供を産むことを娘たちが拒否するからと、彼にそれを呑んでもらおうというのはあまりにも自分勝手すぎる。

 妻の立場にあるのに、夫の子供を産まないというのは、夫に「断種しろ」と言ってるに等しい。

 そんなの許されるわけが無い。

 愛する人に対する態度では断じてない。


 ……その恋を諦め。


 私は100年待った。

 人の親としては最低かもしれないが……

 娘たちの夫が天に召される日を待ったのだ。

 そしたら、彼女らも私の気持ちが分かるはず……!


 だが。


 娘たちは、自身の夫が天に召されても、独身を貫いた。

 貴族の家という枷はあったにしても、それで苦しんでいる素振りを見せなかった。

 そしてそのまま、まだ400年と少し残っていた人生を、独身のまま終えるに至った。


 ……どうしよう。

 私は悩んでいる。

 私はもう一度、伴侶が欲しい。

 だけど……それを求めた瞬間。


 私は娘の子孫たちから、淫売呼ばわりされる。

 それは嫌だ。絶対に嫌だ。


 ……どうしよう……?


 そのとき。私の頭の中で、森を出るときに言われた言葉が蘇った。


 おそらくあなたは後悔しますよ。


 ……長老が危惧していたことは、こういうことだったのか。

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エルフの若いお嫁さん XX @yamakawauminosuke

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