第42話 愛情家族


 翌日、東真と西雅は司と共に弁護士事務所に赴いた。司の親のツテで紹介してもらった弁護士に協力を仰いで、島川原に跡を継ぐつもりがないことと養育費の支払いを求めるためだった。



「それでは、今伺ったことを元にしてこちらで交渉を承ります」


「よろしくお願いします」



 東真と西雅は深く頭を下げて弁護士事務所を後にした。後は代理人を担当してくれる彼と連絡を取りながら話を進めることになる。



「司さん、ありがとうございました」


「いえいえ。力になれたのなら良かったです」



 司は照れ臭そうに頬を緩める。すっかり表情が柔らかくなったものだ。東真と西雅だけなら知らなかった。文哉もそこまでは気が回らなかった。司が味方にいてくれたからこそ代理人を立てるという話になった。



「とーちゃん!」


「南央! 文哉さん!」



 近くの公園で遊んで待っていた南央と文哉は、姿を見せた東真たちに駆け寄った。南央が東真にギュッと抱き着くと、東真は軽々と抱き上げた。そしてお互いの鼻を擦り合わせると、ふわりと笑い合う。その姿に文哉、西雅、司も笑みを零した。



「お話終わり?」


「うん。終わり」


「みんな一緒にいられるんだよね?」


「うん。みんなずっと一緒だよ」



 南央は東真の言葉にパッと表情を明るくした。そして身を捩って東真の腕から降りる。そして東真と文哉の手をそれぞれ取ると、グイグイとその手を引いて走り出した。



「あっち! 綺麗なお花が咲いてるの! さいがくんとつかさくんも来て!」



 笑いながら上手く手を引かれていく東真と、足を縺れさせそうになりながらよたよたと走る文哉。文哉に関しては運動不足が露見している。


 その後ろ姿に顔を見合わせて笑い合った西雅と司も走り出す。現役サッカー部の西雅とジムで鍛えている司の後ろ姿は美しい。



「こっちこっち!」


「分かった、分かったから! 歩こうよぉ」


「主任は運動不足解消だと思って頑張ってください」



 10数メートルでヘロヘロになっている文哉の嘆きに、司が後ろから声を掛ける。東真と西雅は可笑しそうに笑いながら走り続ける。南央は花以外に意識が向いていない。真っ直ぐ前を見て、瞳をキラキラと輝かせている。


周囲の視線を集めながら走った5人が辿り着いた先。そこには斜面を埋め尽くすような花壇があった。中央には時を刻む時計。それを囲むように咲く花はピンク、赤、黄色と鮮やかだ。



「綺麗」


「ね! ね!」



 東真が零した言葉に、南央は自慢げに笑う。文哉はゼェハァと息を吐き、季節外れに溢れた額の汗を拭う。それでもその視線は花壇に向けられ、微笑むと同時にスッと目を細めた。



「こりゃすげぇや」


「ゼラニウム、ですね」



 西雅は手で目に庇を作るようにして花壇を覗き込む。圧倒されて呆けているその隣で司は手近のゼラニウムの花弁に触れた。



「へぇ、花にも詳しいんすね」


「まあ、生け花をやったりもしていましたから。それなりに季節の花には詳しいですよ」


「生け花ってセンス良く花瓶に花を挿すやつっすよね。そんなこともできるって、なんかすげぇっすね」



 その程度の認識ながら、西雅は尊敬の眼差しを向ける。司は呆れつつも照れ臭そうに笑った。



「なあ、みんなで写真でも撮らないか?」



 ようやく息が整った文哉の提案に、それぞれ顔を見合わせた。そして頷き合うと1ヵ所に集まった。



「どうやって撮りましょうか」


「手を伸ばしても5人と花壇を映すのは難しいな。誰かに撮ってもらおうか」



 文哉と司が相談していると、近くを2人の高校生が通りかかった。南央はパッとその青年たちに近づいて、背が低い方の青年のブレザーの裾をクイクイと引っ張った。



「ん? どうしたの?」


「お写真、撮ってください」



 しゃがんで視線を合わせてくれた青年に南央が手をギュッと握り締めながら伝える。青年はつり目を柔らかく細めるとにこやかに頷いた。



「うん、良いよ」


「ありがとう! あのね、家族みんなでお写真撮るの、初めてなんだよ」



 南央が青年にこそこそと伝えると、青年は目を見開いた。そして悪戯っぽく微笑むと、南央を手招いた。



「それじゃあ、とびきり綺麗に撮るからね」


「うん!」



 南央の耳元に囁いた青年は、立ち上がると文哉から受け取ったスマホを構えた。5人はその画角に収まるように集まる。青年の後ろからスマホの画面を覗き込んだ金髪の青年の誘導に合わせて5人が動くと、つり目の青年が微笑んだ。



「撮りまーす。はい、チーズ!」



 カシャッという音と共にシャッターが切られる。東真、南央、文哉、西雅、司。それぞれの屈託のない笑顔が3色のゼラニウムの中で咲いている。



「はい、撮れましたよ」


「ありがとうございます」



 文哉がスマホを受け取ると、青年たちは立ち去った。文哉のスマホを5人で頭を突き合わせて覗き込む。そして写真と同じ屈託のない笑顔で笑い合った。



【Fin】

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愛情家族 こーの新 @Arata-K

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