第22話 すっきりする、しない?
誕生日の翌日。東真と南央と文哉はオシャレな建物の前に立っていた。近所にある文哉がよく行く美容院。落ち着き払っている文哉とは対照的に、東真と南央は初めての美容院にゴクリと唾を飲んだ。
「ほら、行くよ」
「えぇ、もうですか?」
「予約の時間もあるしね。はい、行くよ。南央ちゃん、抱っこするよ」
「あわわわわっ!」
文哉は東真の手を引いて、反対の腕で南央を抱き上げた。百面相している2人を連れて入店した文哉に、出迎えた店員がクスリと笑みを零した。
「いらっしゃいませ、文哉さん」
「田中くん、こんにちは」
文哉がいつも担当してもらっている美容師の
南央は田中の顔を見て頬を引き攣らせる。対して田中は久しぶりに店を訪れた文哉が連れて来た東真と南央を興味深そうに見つめると、ニッと笑った。
「電話で話した通り、今日は3人お願いします」
「了解です。大日向東真くんと南央ちゃん、で合っていますか?」
「はい、僕が東真で、この子が南央です」
「2人とも美容院デビューだから優しくお願いします」
文哉が東真と南央の肩に手を置いて頼むと、田中は頼もしく笑って頷いた。
「分かりました。南央ちゃんはこちらの山崎が、東真くんはこちらの栗林が担当しますね」
長い黒髪を1つに括って柔らかい笑顔を浮かべる
3人は並んで座らせてもらうと、髪を濡らしてカットが始まった。
「田中くん、いつも通りお願いします」
「分かりました。それにしても、文哉さんって司さん以外にお友達いたんですね」
「あははっ、最近仲良くなったんだよ」
田中の揶揄うような問いかけを文哉は笑い飛ばした。実際問題、地元を離れている文哉には近くに住んでいる親しい友人がいなかった。
「南央ちゃんはどんな髪型にしたいかな?」
「うんとね、んーと、とーちゃん……」
慣れない質問に返答に困った南央は、すぐに東真に助けを求めた。その声にいつもの落ち着きを取り戻した東真は、鏡越しに南央を見つめて微笑んだ。
「南央、いつもの髪型にできたら良い?」
「うん」
「分かった。山崎さん、アニメの『ひめかわ』って分かりますか?」
「はい、日曜日の朝アニメですよね? 娘も好きなので分かりますよ」
「南央はその主人公の髪型を真似するのが好きなので、その髪型にできるように切っていただきたいです」
「分かりました」
山崎は頷くと、横を向いていた南央の頭をクイッと正面に向かせた。そして手際よくカットをスタートしていく。完成イメージが想像できれば迷うことはない。
「東真くんはどんな髪型にしたいですか?」
栗林が聞くと、東真は少し悩む素振りを見せた。
「ハーフアップにはしたいですか?」
「いえ、いずれできれば短くて良いです」
「それじゃあ、バッサリ切りますか」
栗林は東真の肩にかかる髪に触れると、耳の辺りまで指を滑らせた。手を留めると小さく笑った。
「このくらいまで切ったら大分イメージは変わると思いますよ」
「お任せします」
「分かりました」
カットをしながら話をしていると、いつの間にか名前の話になった。
「俺は賢さとか物事の始まりとか、そんな意味だって母親に聞いたかな」
「へぇ。確かに文哉さんって黙ってるとエリート感ありますよね」
「田中くん、黙ってるとは余計」
文哉がケラケラと笑うと、田中も一緒になって笑った。その話を聞きながら、南央はふと東真の方に顔を向けた。そしてすぐに山崎に鏡の方を向くようにくるっと頭を動かされた。
「とーちゃん、あたしの名前の意味ってなあに?」
「おおらかで積極的な子になって欲しいって意味だよ」
「そうなの?」
「うん。お母さんがそう言ってたからね」
「じゃあ、とーちゃんの名前は?」
「僕?」
南央に聞かれて、東真は考え込んだ。南央が眉を下げて不安そうな顔をすると、ハッとした東真は微笑んで見せた。
「ごめんごめん。昔母さんに聞いた気がするんだけど、思い出せなくて」
「そっかぁ」
東真の母は東真が5歳のときに亡くなった。その薄れた記憶の中に、名前の話を聞いた記憶はあった。けれどその内容を思い出すことは難しかった。
「因みに田中くんは?」
文哉が少し変な空気にピクリと反応した田中に声を掛ける。すると田中は、一瞬遅れてニッと笑った。
「俺は下が
「あ、私も
「あたしは厳しさに耐えるとか、温かい人って意味ですね。でも意味よりも字面が美味しそうってよく弄られて、昔は好きな名前じゃなかったです」
最後に話を振られた栗林が答えるのを聞きながら、東真はジッと考え込んでいた。自分の名前の由来。気にしたこともなかったものが、他の人の話を聞くと無性に気になってくることはよくあることだ。
それからも色々と話をしていたが、東真は相槌を打つだけ。そのうちにカットは終わって、3人とも見た目はすっきりした。けれど東真の表情だけが晴れないまま帰路に着いた。
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