第20話 プレゼントの前払い
南央につつかれてようやく動き出した東真は、ハッとすると耳の後ろを掻いた。
「えっと、今日初めて会って、あんな凄い料理まで用意してもらったのに、プレゼントまで良いんですか?」
東真がおずおずと聞くと、司はゆったりと頷いた。そして背後に隠していた黒い小箱を東真に差し出した。
「開けて良いですか?」
「もちろん」
東真が袋をそっと開けると、中からはキラリと黒光りする腕時計が出てきた。青みがかった銀色の文字盤と針。見慣れないその姿に東真はゴクリと息を飲んだ。
「これって」
「電池交換不要のソーラー電池搭載の腕時計です。あまり高価なものではないですけど、これから大学へ行くにしても就職するにしても。これは絶対に必要になる物ですから。一生物は自分で気に入ったものを買ってくださいね」
司の微笑みと言葉に、東真は俯いた。そして箱に蓋をして、腕時計を司に押し返した。
「こんな、高価な物。いただけないです。初めて会った人にここまでしてもらうなんて。申し訳ないです」
「それなら、これからもっと親しくなりませんか? 仲良くなってからのプレゼントの前払いということで如何でしょう」
「いや、どういうこと?」
司の言葉に文哉が思わず突っ込むと、司は微笑んで誤魔化した。もう1度司から東真の手に渡った腕時計は、箱の中からジッと東真を見上げる。
南央はそれを覗き込むと、口を押えて目を落っことしそうなほど見開いた。西雅も腕時計の姿を目にした瞬間に顔を歪める。東真も南央も西雅も。こんな高そうな物に免疫などあるはずがなかった。
司は箱から腕時計を取り上げると、ベルトを緩めて東真の腕をとった。
「失礼しますね」
器用に東真の腕に腕時計が装着される。スタイリッシュなそれは東真の腕に収まると、大人っぽい輝きを放った。
「この腕時計を友人からもらったと東真くんが言えるくらい、これから仲良くなりましょう」
「どうして、そんな……」
「大切な友人のお兄さんですからね」
いつもの笑みを浮かべる司の漆黒の目には、どこかいたずらな光が宿っていた。その光と腕時計を見比べた東真は、何度も視線を往復させてから深く頷いた。
「司さん、これから、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
固く握手を交わした2人に、文哉と南央と西雅の3人は視線を送り合って微笑んだ。そして満足気な笑みを浮かべた文哉は、ポンと手を叩いて腰を浮かせた。
「さてと。そろそろデザートの時間だね」
「デザート?」
首を傾げる東真に、ニヤリと笑った文哉。冷蔵庫に向かうと真っ白な箱を取り出した。箱には金色の文字で文哉の会社の近所にあるケーキ屋の店名が記されていた。
「ケーキ買ってきましたぁ」
「マジっすか!」
「ケーキ!」
「え、うそ、え?」
普段はケーキが身近にない3人。西雅はガッツポーズを見せ、南央はこれでもかと言うほどに身を乗り出して目をキラキラと輝かせた。そして東真は困惑したまま目をぱちくりさせている。
「いつの間に買っていたんですか?」
「先週予約してて、さっき俺の部屋に配送してもらったやつを受け取ったの」
「あの時ですか」
文哉の説明に司はなるほど、と頷いた。準備の時間、文哉が自室の方から聞こえたインターホンの音を聞いて外に出て行ったタイミングがあった。文哉が戻ってきたときにはちょうど司は西雅に頼まれて装飾の手伝いをしていたためにキッチンを空けていた。その隙に文哉はこっそりとケーキを冷蔵庫に隠していた。
「さてさて。みんな好きなケーキを取ってな」
文哉が箱を開けると、チョコケーキとチーズケーキ、ラズベリーのムースケーキ、イチゴパフェ、抹茶プリンが入っていた。
「こんなにたくさん、ありがとうございます」
「人数分だけだよ。一応それぞれの好みに合わせて買ってみたけど」
1番を譲られた東真はチョコケーキを選んだ。そして南央は抹茶プリン、西雅はチーズケーキ、司がイチゴパフェを手に取ると、最後に文哉がラズベリーのムースケーキを取り上げた。
「予想通り過ぎて怖いな」
「僕、チョコケーキ大好きなんです。初めての誕生日のお祝いのとき、お母さんが買ってきてくれたケーキですから」
「うん、南央ちゃんに聞いたよ。ついでに、南央ちゃんは甘いのがあんまり得意じゃないけど、抹茶かチョコのプリンなら食べれるんだよね?」
さりげなく聞き出したそれぞれの好みの味。適当に見えても完璧にリサーチをした上で相手を思って選ぶことができるのが、この新張文哉という男だった。
「西雅くんはチーズが好きだろ? 司はイチゴもパフェも好きなことは何回も一緒にカフェに行くうちに覚えたよ」
「文哉さんは大人っぽいですね?」
「だろ? ダンディな大人の男だからな」
東真の憧れを含んだ視線にふざけた調子で笑った文哉は、それぞれにフォークやスプーンを配った。
「ろうそくももらったから立てるな」
文哉が箱からろうそくを取り出すと、司は大きく頷いて同調した。西雅と南央も目を輝かせるけれど、東真だけは自分のケーキに刺さったろうそくを戸惑った様子を隠せず見ていた。
「僕、ろうそくを立てるなんて、初めてです」
「じゃ、初めてのろうそく吹き消しタイムだな。頑張れよ?」
文哉が用意しておいたライターでろうそくに火をつけた。緊張した面持ちで座り直した東真は、恐る恐るフッと息を吹いた。
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