第19話 誕生日は終わらない


 食事が終わると、東真はぺこりと頭を下げた。



「僕は自分の誕生日もすっかり忘れていたんですけど、今年はみんなにお祝いしてもらえて凄く嬉しかったです。ありがとうございました」


「ん? 誕生日会はまだ終わらないぞ?」


「へ?」



 もう終わりと言わんばかりの挨拶に文哉が疑問を呈すと、東真はキョトンとした顔で首を傾げた。それからハッとすると、そわそわと南央に向き直った。


 南央はそれを待っていたと言わんばかりにニッと笑いかける。そしてそわそわしながら背中に隠していた黒い小箱と折り紙でできた1輪のピンクのバラを差し出した。



「凄い、こんなに細かいものが作れるようになったの?」


「うん! 文ちゃんが教えてくれたんだよ!」



 精巧に折られたバラ。ところどころ不器用に折られたところもあるが、東真はそれすらひっくるめて愛おしそうに抱き締めた。



「こっちは?」



 小箱の方も開けると、中から青いタオルハンカチが出てきた。柔らかい生地で、肌触りの良さを堪能するように東真は指の腹でそれを撫でた。



「これ、どうしたの?」


「文ちゃんとお買い物に行ったときにね、溜めてたお金でお買い物してきたの。とーちゃんのハンカチ、あたしが生まれる前から使ってるでしょ? だからね、新しいのあげたかったの」



 東真がいつも使っているハンカチは母親が遺した1枚と、小学生のときに祖母に買い与えられた2枚だった。南央の母親が買い替えると言っても、東真は首を縦には振らなかった。



「嫌、だった? とーちゃん、ママが買うって言っても買ってもらってなかったしさ、あれがお気に入りなの?」



 南央が眉を下げて東真を見上げると、東真は一瞬だけ目を見開いた。それからすぐに首を横に振ると、小さく微笑んだ。



「凄く嬉しいよ。大切に使わせてもらうね」


「本当?」


「本当だよ。お母さんに買ってもらわなかったのも、いつもお世話になっているのにそこまで迷惑を掛けたくなかっただけだから。あのハンカチがお気に入りっていうわけでもないんだよ」



 東真の言葉に、南央はふにゃりと笑った。東真はその安心しきった顔の南央のわきの下に手を入れて抱き上げると、自分の膝の上に乗せて強く抱き締めた。



「南央、ありがとう」


「んふふっ、とーちゃん大好き」


「僕も南央が大好きだよ」



 抱き締め合う2人を微笑ましく眺めながら、文哉は小さく唇を噛んだ。西雅はどこか寂し気な目を伏せ、司は拳を握り締めた。西雅と司の様子に気が付いた文哉は、机の下で司の手を握り、西雅には笑いかけた。



「お2人さん、そろそろ良いかな? 俺からも東真くんにプレゼントがあるんだけど」



文哉はふざけた口調で、口元に手を添えながら東真と南央に声を掛けた。東真と南央が文哉を振り返ると、西雅と司もいつも通り微笑んでいた。



「これ、俺からのプレゼント」



 東真が受け取った大きな青い袋を開けると、中からは服が一式出てきた。東真はそれを広げて見ながら、零れ落ちそうなほど目を見開いて文哉を見つめた。



「ま、選んだのは司だけどな。センス良いし。でも一応俺からってことで。今度それ着て出かけような」


「こんなにたくさん、良いんですか?」


「良いんだよ。俺だって一応主任で稼いでるし。それに。いつも東真は俺の分のご飯の材料費しかもらってくれないだろ? これでも足りないくらい世話になってるし、それ以上に感謝してるんだ。受け取ってくれないと困る」


「なんか、すみません。でも僕も文哉さんにはいつも感謝しているんですよ? 僕が料理に集中しているときに南央と遊んでもらえると本当に有難いんです」



 東真が文哉に頭を下げると、文哉は眉を下げながらも声を漏らして笑った。そして慣れた手つきで東真の頭に手を伸ばすとわしゃわしゃと撫で回した。



「俺も南央ちゃんには癒されてるから、一緒にいさせてくれて感謝してる。ま、これ以上言い合ったらキリがないだろうしさ。今日はここら辺にして、これ、受け取ってくれる?」


「はい、ありがとうございます」



 東真は無邪気な笑みを浮かべて大きく頷く。それを見た文哉もフッと頬を緩ませた。



「じゃあ、次はオレっすね。東真さん、これどうぞっす」


「良いの?」


「はい! オレ、文哉さんと違って食事代をもらってもらえてないんで。今日くらい恩返しさせてくださいっす」



 西雅が差し出した青い袋を、東真は素直に受け取った。キュッと上がった口角を隠さないまま袋の口を開けると、中身をごそごそと取り出した。



「これ、サッカーボール?」


「はい。東真さんサッカー好きですよね? 部活の方を覗いているのをよく見かけるので」



 西雅の言葉に東真は言葉に窮した。東真は帰り際に走りながら横目にサッカー部を見ていたことがあった。授業でサッカーをやる日は心なしか浮足立っている自覚もある。



「よく気が付いたね。小学校でサッカーの授業があってさ、そのときから大好きなんだよね。全然上手くないし、部活にも入れないけどサッカーをやりたい気持ちはずっとあるからさ。これは、うん、凄く嬉しい」



 東真は噛み締めるように言うと、柔らかくサッカーボールを抱き締めた。指がそっとサッカーボールをなぞる。



「来週、これで一緒にサッカーしましょうね」


「うん、楽しみにしてる」


「じゃあ、次は僕ですね」



 司が声を上げると、東真は司を見つめたまま目を見開いて固まった。


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