第16話:新大陸でまさかの再会です

「ほら、傷が痛むだろ。薬塗ってやるよ」

「やん、駄目だったら……」

「お互い、裸になった仲じゃねぇか」

「しょうがないなぁ……優しくしてね?」


 海賊たちは完全に降伏し、俺たちは無事に航海を続けている。一つだけ問題があるとすれば、夜になるとどこの船室からもこんなやり取りが聞こえてくることである。こころなしか、昼間よりも船が激しく揺れている気もする。


「私たちが潰れている間に楽しいことがあったみたいね」

「盾となるべき者が……まったく面目ない」


 船酔いで昼間の戦闘に参加できなかったリンとアリシアだが、すっかり慣れてきたようだ。あるいは船酔いを誤魔化すために酒に酔っているのかも知れない。


「悪いことしたら、またお仕置きしますからね♪」

「ははは、もう勘弁してくれよ……ところで、あんたらも勇者なのか?」


 海賊の一人が食堂で話しかけてきた。まったく、海の男(女も)というのは度胸があるというか、あれほどのことがあったのに普通に酒を酌み交わしている。もっとも、俺が飲んでいるのは砂糖入りのライムジュースだけなのだが。本来ならこれにラム酒を混ぜるのが船の上での定番カクテルのようだ。


「まあ、そういうことらしいな」


 海賊団の自家製だというスパイスの効いた肉の燻製をかじりながら答えた。勇者、という単語が彼の口から出てきたことに多少の違和感を覚えつつも話を合わせる。


「今から向かう新大陸にも勇者が出たって話だぜ。それも黒髪の美少女っていうんだからな」

「へえ、楽しみだ」


 もしかすると俺のほかにも異世界からの転移者がいるのかも知れない。それも黒髪ならば日本人の可能性もある。久しぶりに元の世界の話で盛り上がれるかも知れない。


 ***


「それじゃ、いい風が吹くように!」

「ああ、またどこかで会ったら乗せてやるよ! あとこれ、親分からの餞別せんべつだ」


 覚えたての船乗りのあいさつを交わし、海賊たちと港で別れる。親分は襲撃以来、一言も口を利いてくれなかったのだが手土産をくれるのはうれしい。小ぶりの樽に入ったラム酒と、カットラスと呼ばれる曲刀である。


「刃に精霊銀を使っていますね。かなりの銘品です」


 イリスがさっそくカットラスを鑑定してくれる。


「なるほど、それなら潮に当たっても錆びない。海賊には垂涎の一振りだろうな。よく使い込まれているようだが刃こぼれ一つ無い」


 アリシアもまた、剣士としてカットラスを評価した。親分の愛刀なのだろうか。


「ちょうどダガーも傷んできたところだし、これは俺が使っていいかな?」

「ああ、そもそも戦わなかった私には報酬を受け取る資格もないからな」


 柄を握ってみると、使い慣れたダガーよりも手に馴染むような気がした。


「酒のほうはどうするか。俺は駄目だけど、みんなで飲むか?」

「貴重な蒸留酒ですからね、純度も高い高級品みたいですし。荷物袋に入る大きさですし、何かの備えに持っておいたほうがいいと思います」

「私はまた飲みたかったんだけど、お預けしたほうがいいみたいね」


 リンは船の中で飲んだ酒の名残を惜しむ。ラム酒というのは、海洋貿易の主力商品である砂糖の副産物である。サトウキビの絞りかすを発酵させ、さらに蒸留して作るようだ。南方である砂糖の産地には大規模な生産工場があるようだが、新大陸でもまだまだ貴重な品物のようである。


「それより、俺は勇者のことが気になるな」

「確かに。とりあえず冒険者ギルドに向かいましょうか」


 *


 通りすがりの人に道を尋ねると、冒険者ギルドはあっさり見つかった。入口で俺は意外な人物と再会することになる。


「……ケン! 無事だったのね!」

「……ミキ?! なんでこんなところに?」


 つややかな黒髪のポニーテールを風になびかせ、青黒く輝く鎧をまとった「勇者」とは、俺の幼馴染である美希だったのか?!


「……本当に、心配したんだから……」


 わけのわからない俺を、鎧をまとった腕で抱きしめる。痛い。


「ミキ様! 離れてください! 人の姿に化ける魔物かも知れません!」

「フィーナ、ちょっと待ってよ!」

「大丈夫、ボクに任せてください」


 フィーナと呼ばれたミキの相棒……ショートボブの金髪に、短めのローブの各所を金属製のプレートで補強した、魔法戦士のような奴が杖を構えてきた。先端の宝珠に電撃が走る。


「おい、街なかで戦うのかよ?!」

「戦うまでもありません、気絶させるつもりですが」

「どちらにしても、痛い目に遭うのは勘弁だからな。俺もやらせてもらうぞ」


*


「そ、そんな……いやぁっ!」


 勝負はあっさりついた。フィーナとやらも、見た目通りの年頃の少女らしい羞恥心の持ち主だったのだ。鎧もローブも、もちろん下着まで脱がされ、髪と同じブロンドの下の毛まで晒してしまった。自分が衆人環境で全裸にされたことに気づくと、その場でうずくまって体を隠すのが精一杯のようだった。


「フィーナ?! ちょっとケン、いくらなんでも酷すぎるわよ!」

「お、俺だっていきなり気絶させられるわけにはいかないからな!」

「頭にきた! あんたも味わいなさい……脱衣アンドレス!」


 何が起こったのか、しばらく理解できなかった。駆け寄ってきたアリシアにマントを被せられて、ようやく俺は全裸になっていたことに気づいたのだった。

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