第7話:100の説明より1の脱衣です

 相乗りの馬車に揺られながら、俺たちはアイヒェブルク家を目指す。亡霊の鎧を持ち主に返すために(そして、美人だった亡霊の親族に会うために)。馬車については、護衛の依頼も兼ねているので運賃は無料というのがうれしい。


「この巻物を理解すれば、本当に魔法が使えるようになるのかな?」

「人によって適性はありますけどね」


 乗っている間は暇なので、イリスから巻物を借りて読んでいる。これは「起動」すると一度限りの魔法を使用できるのだが、内容を読んで理解すれば魔法の力が身につくという話だ。最低限、簡単な回復魔法くらいは使えるようになりたいとは思っているのだが、俺にその適性があるかはわからない。


「目的地まで、まだまだかかりそうだな」


 それにしても馬車という乗り物は、想像よりずっと乗り心地が悪かった。とにかく揺れるのだ。以前、車好きの友人がサスペンションについて熱く語っていた理由がようやくわかった気がする。足回りの衝撃を吸収できない原始的な乗り物は現代人には辛い。丈夫な体をもらったおかげでなんとかなっているが、元の体のままだと腰や背中が大変なことになっていただろう。


 *


「やっと着いた!」


 昼前に出発して、日が暮れかけた頃にようやくアイヒェブルク家が統治する都市へとたどり着いた。俺たちは一応護衛ということだったが、襲撃は一度もなかったので馬車の中に籠もったままだった。さっそく飛び降りると、うんと背伸びをする。全身の骨がバキバキと音を立てる。


「魔法、覚えられましたか?」

「うーん、ちょっとした傷なら治せるようになったみたいだな」


 馬車に乗る時、ささくれ立った木で指先を傷つけてしまったのだが、それを治すことに成功した。もっとも、こんな傷はゲームに例えれば1ダメージにもならないだろう。まともな回復魔法を使うためには、実戦を重ねて磨いていくしかないようだ。


「もう使えるようになったなんて、素質ありますよ! さて、さっそく向かいましょうか」

「いきなり行って大丈夫なのか?」

「はい、Cランク冒険者なら大丈夫だと思いますよ」


 俺はなんとなく、「冒険者」というのは荒くれ者やならず者のイメージがあったのだが、この世界においてはそれなりの地位を持っている模様だった。


 *


「なるほど、これは確かにアイヒェブルク家の鎧。詳しいお話をうかがいたいので、ぜひ屋敷までどうぞ」


 門の近くにいた使用人に冒険者ギルドの証と鎧を見せると、あっさり通してくれて、当主とその妻、それに息子と娘が総出で出迎えてくれた。


「確かに、これは姉上の鎧に違いない!」

「ようやく天に召されたのか……」


 当主一家は鎧の前で祈りを捧げ、涙を流した。


「娘は屍術師ネクロマンサーとの戦いで相打ちになり、その肉体と魂を奪われていた。旅の方よ、よくぞ呪いから救ってくださった。突然のことなので手の込んだもてなしはできないが、どうか今夜は我が家で歓迎させてほしい」


 *


 そういうわけで、ありがたく宴席をともにすることにした。牛肉のステーキをナイフで切り分けてもらい、手づかみで口にいれる。……そう、この世界ではフォークを使わず、食事といえば汁物以外は手づかみが基本なのだ。現実でも中世ヨーロッパはそうだと聞いたことがあるが、実際に体験するとなかなか戸惑う。せめて箸が欲しい。


「失礼ながら、あなた方は武術には決して優れていないように見受けられる。亡霊とはいえ、よくぞ姉上を退けられたものだ」


 娘さんが言う。例の亡霊とよく似た美人である。燃えるような赤毛が印象的で、イリスとはまた別の、生命力にあふれた美貌である。


「旅人を襲っているという話を聞いてからは、我が家名の恥なので何度か討伐を試みたのだ。しかし鎧のおかげで魔法も通じず、剣の腕だけでは誰も相手にならなかったのだ」


 息子さんが言う。いかにも正統派の騎士と言った感じの見た目で、正面から戦ったとしたら俺は絶対勝てないであろう。


 **


「客人に無理を言って申し訳ない」


 屋敷に泊めてもらった翌日。説明をしても理解してもらえなかったので、実際に俺が手合わせをすることになった。娘さん……女騎士アリシアは姉の形見の鎧をまとって、訓練場に立つ。


「相手をするのはいいんだけど、本当に裸になってしまうけど構わないのか?」

「ああ、戦いの場では女であるということは忘れているのでな」


 脱がされるとわかったうえで堂々としているので、かえってこちらのほうが恥ずかしくなってしまう。彼女の表情はフルフェイスの兜に隠されているが、本当に恥じらっていないのだろうか。


「稽古用の木剣とはいえ、本気で戦わせていただく」

「それでは両者構え!」


 男性陣には退出してもらったので、審判をするのはお母上だ。さすがに武家の生まれらしく、凛とした声で宣言した。


「はじめ!」


 距離は20メートルほど。アリシアは剣を構えてまっすぐに走ってくる。脱衣アンドレスと言い終わる頃には、すでに射程圏内に捕らえていた。


「なっ……?!」


 アリシアは疾走中に急停止したので前に倒れそうになるが、しかし不思議な力で斜めの姿勢で止まり、直立姿勢に戻された。そして、鎧と兜が外れていく。


「こんなことが?!」


 プレートアーマーの下の鎖帷子チェインメイルも、袖が外れて抜け落ちる。その下に着込んでいた、もこもことした胴衣ギャンベゾンも正面の結び目が解かれ、シャツを脱がされるように袖が抜けていく。


「ああっ……」


 これから起こることを想像したのか、色っぽい声を上げる。コルセットの背中の紐が解かれて落ちると、引き締まった腹筋と豊かな乳房が露わになる。最後に下半身の衣服がずりおろされて、脱衣は完了した。


「このような力が存在するのか……」


 全裸で剣だけを持ったまま、呆然と立ち尽くすアリシア。隠そうともしないので、髪と同じ真っ赤な陰毛が丸見えで、俺のほうが恥ずかしくなる。


 *


「お目汚しを失礼した」


 服だけを急いで着込んで彼女は言った。いやお目汚しだなんて、姉上と同じ美しい体だったが、とりあえず口には出さないでおいた。

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