第9話「旅一行3 ①」

 3日目(明朝)


 約束通りの時間にミィチは去っていった。

 その後しばらくヒノビは無理を重ねた体をねぎらって仮眠をとった。しかし、無茶をしすぎた体からは絶叫が返ってくるため、そう易々と心地よい夢を見ることはできない。今後数日はこの状態が続くことだろう。

 1時間ほどその状態で痛みと葛藤しながら休んでいると、子供たちの中でいち早く目が覚めたオークスが真剣な面持ちでヒノビの肩を軽くたたいた。

 苦しそうな表情で寝ていたからか、目を開けた時の彼の眉間にしわが寄っていた。護衛の任を担っているはずのヒノビが逆に護衛対象から心配される始末である。

 ヒノビがオークスの呼びかけに応えて、体を起き上がらせて彼を正面にとらえる。

 神妙な面持ちで彼が告げてきたのは、昨日の戦闘により聴力を失ってしまったということ。まだ子供だというのに怪物とのは戦いに参戦した結果は、勝利を収めることができたものの、その代償となったものを考えると大勝利と声高にして叫ぶことは難しい。

 この世に生を受けてから8年という短い人生の着地点がこの場所にならなかっただけマシととらえているオークスとは違い、ヒノビの心境はけっして穏やかではなかった。

 それは任務を完遂できなかったことよりも、彼の今後の人生に大きな影響を与えるきっかけを作ってしまったことに対する感情だった。

 回避できたかもしれない、もっと上手な対処方法があったのかもしれない、誰も傷つかずにこの旅を終えることのできる方法が……そんな後悔と申し訳なさに苛まれる。

 ないものねだりをしていても何も生まれないことは承知している。しかし、やはり、守る立場にあったはずなのに危険から遠ざけるのではなく正面から向かい討たせることを容認してしまった自分の責。どんな罰でも受ける覚悟だった。

「ヒノさん。そう自分を責めないでください。あなたのおかげで命が助かったんだから感謝していますよ。雇い主が先生なら、『八番街の路地裏にはオオカミがいる』と伝えてください」

「本当にごめんなさい、オークス君。私が、私が不甲斐ない先輩で……」

 彼にその言葉は届かない。そのため、彼の手のひらに文字を書き、想いを伝えた。

「俺は気にしていない。あの時助けに来てくれなかったら本当に死んでいた。だから、不便かもしれないけれど、これぐらいの代償は受け入れる。ヒノビは立派に護衛の任を全うしているじゃないか」

 子供に慰められる大人という奇妙な光景だが、ヒノビにとってオークスの言葉はかなり気持ちを軽くさせるものだ。だが、どんなにオークスに許されたところでヒノビの力量足らずによる失聴という現実は消えることはない。許されていたとしてもその重い現実をヒノビは背負わなければいけない。これは責任であり、けじめ。大人だからという理由ではなく、一人の人間として。

「ありがとうオークス君。もう、きみたちが危険な目に合わないように身を粉にして働きます」

 最初の一言は彼に伝えた。後半の文は自分へ向けた言葉として口にする。

 そんな二人に、太陽は、暖かく眩しい陽光を注いだ。


 ☆★☆★☆★☆★



 3日目(昼)


 一行は森と平原の境界線に差し掛かっていた。

『ダイネ』の街から入るこの森は、平原との境界線がはっきりしており、一歩入れば森、一歩出れば平原と言った風に分かれている。

 対して『アンブルグ』側の境界はというと、グラデーションになっており、徐々に気が生い茂っていき平原と森が分かれている。

 現在一行がいるのは平原と森の中間地点辺りを歩いていた。

 幸いにも、昨日の激しい戦闘があったことの影響なのか、動物の姿を見ることなく森の終わりを迎えられそうだった。

 森の道中は平和そのものだったが、ヒノビの身体の疲労が限界を超えていたこともあり、思うように進まない場面が何度かあったが、子供たちは懸命に彼女を介抱しながらゆっくりと歩みを進めた。適度に入る日の光に暖かさを実感しつつ、森の暗い雰囲気とひんやりとした空気感に僅かながらの寂しさを抱きながら。

 数分歩き、休む、また数分歩き、休む。朝出発後に行いながら、ゆっくりと『アンブルグ』が近づいてくる。

「ようやく、森を抜けられますのね」

 日の光に目を細めながら空を見上げる。

 木々の隙間から見える青空には雲一つなく、清々しい青が彼らを見下ろしている。

「私のせいでごめんね。本来ならもう森は抜けられていたはずなんだけど……」

「気にしないでください。ヒノビさんには散々お世話になりましたので」

 申し訳なさそうにうなだれるヒノビに笑顔で答えたロイス。

 彼女は前日の激戦の影響もあって体中が思うように動かせないため、ロイスとオークスの肩を借りた状態で『アンブルグ』の街を目指している。

 エリスの役割はヒノビを後ろから軽く押しながら補助をしている。

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