奥さんの務め

 とにかくってぐらい色々あったけど気が付けば結婚して奥さんになってしまってる。最近では奥さんと呼ぶのが女性蔑視だとかなんとか言うのもいるけど、アリスは奥さんで十分だ。だって、ずっと家の奥に籠ってシナリオ書いてるからね。


 それにね、ずっとずっと昔から奥さんって呼ばれたかったんだ。古いとか言われそうだけど、アリスはそうなの。アリスはね、そんな古風な女だってこと。そうだよ、古風の何が悪いんだって言うんだ。そんなもの相手がそれを認め受け入れてくれるかどうかだけじゃない。


 健一のクソ親への挨拶事件があったり、その後に半ば強引に連れていかれたツーリング。さらには健一の負傷入院騒動、そこからクソ親どもへの絶縁作戦とあれこれありすぎた。肝心なことを飛ばしちゃいけない、その間に結婚式も挙げてるよ。


 でもね、でもね、ご無沙汰なんだよね。これは喧嘩したとか、仲が悪くなったとか、倦怠期に入ったとか、ましてや健一がインポになったんじゃない。あれだけの怪我じゃない。これがちゃんと治るまで控えてるんだ。


 だってさ、だってさ、エッチって激しい運動だもの。腰が中心になるのはエッチの性質上そうなるけど、全身運動って言って良いはずなんだ。そんな激しい運動が健一の傷の回復に差し障ったらいけないもの。傷口が開きなんかしたら目も当てられない。


 だってさ、だってさ、そうなれば病院に行かなきゃならないけど医者に絶対に聞かれるじゃない。何をしてたかって。聞かれるのは当然だとは思うけど、その時に夫婦の営みに励み過ぎてたなんて恥ずかしくて言えないもの。


 健一だってとくに腹の刺されたところはかなり痛がってたんだ。だからエッチは禁止だ。そりゃ、寂しいし、ホントは欲しいけど、アリスは健一のセフレでも、恋人でもない国家が認めた妻であり奥さんだ。それぐらいの我慢は奥さんとしての当然の務めだ。


 ここもちょっと悩んでるところがあって、いくら夫婦でも奥さんから求めるのは、はしたないと思ってる。だけどね健一から求められて断るのは良くないんじゃないかって。夫である健一の望みなら受け止めるのが奥さんの務めだろうって。


 でもさ、でもさ、怪我治療とエッチのどちらが優先されるかなんて考えるまでもないはず。そこまで考えてしまうのが古風な女なんだと思ってる。奥さんの務めをちゃんと果たすのは簡単じゃないな。


 夫婦の営みなんだけど、これも恋人同士のエッチとは違う点が多々あると思ってる。やってることは変わらないけど目的が違うと考えてる。恋人同士なら純粋の楽しみだ。夫婦っだって純粋の楽しみの時もあるけど、夫婦の営みが本当に目指すものは何かってっことだ。


 真の夫婦の営みとはずばり子作りだ。それが出来るのが奥さんの務めであり、奥さんのみに与えられた特権とさえ思ってる。昔から言うじゃない、夫婦は子どもが出来てこそ一人前だって。そう考えない夫婦もいるとは思うけど。アリスはそう考える古風な女だってこと。


 恋人時代、いや健一と付き合う前のアリスが子どもなんて欲しいと思ってなかった。元寇映画がヒットしてくれて、やっとトップグループに入れたんだもの。シナリオライターとしても脂が乗ってきているのは自覚していたし、この勢いに乗って目指すものはトップしかないじゃない。


 それを妊娠、出産、さらには子育てに時間を取られるのは時間の浪費、人生の無駄にしか思えなかったんだよ。もっとも子作りするにも相手の影も形もなかったのは置いとく。そこに現れてしまったのが健一だ。


 健一は現れてしまっただけじゃなく、あれよあれよという間にアリスの夫になってしまっている。あれよあれよと言ったけど。そうなることを強く望んだのもアリスだ。だから健一との結婚になんの後悔もないし、健一がいなければ奥さんになんか絶対になれなかった。



 でもさぁ、奥さんになったからには、奥さんの務めを果たさないといけない。そう本当の夫婦の営みをしないといけない。そう考え実行するのが奥さんなんだ。古臭いと言われようが、古風と言われようがアリスはそうしないといけないと思ってる。だから相談した。


「ボクだって人並に子どもが欲しいよ」


 そうだよな、そうだよな。だけど話はそこから銀河系の果てまで脱線した。アリスはエロビデオのシナリオから一度は手を引こうと考えてた。もう書かなくても他の仕事依頼で食っていけそうだったからだ。


 でもね、北白川先生の話を聞いて気が変わったんだ。エロだって立派なジャンルだし、世の中の役に立派に立ってるんだって。


「そうじゃなくて、実経験ネタが増えたからだろう」


 そ、それは否定できない。考えてみれば男にイクどころか感じることさえ知らない女が想像だけで良く書いてたと思うもの。健一に教えられて話にリアリティが加わっただよね。ここまで書ければ世のため人のために書くべきだろうって。


「その役に立ってるって言うのがわからないな」


 じゃあ、聞くけど思春期に入った健一に性欲はなかったの。


「エライことを聞くな。ボクにだって人並にあったよ」


 それは中学生の時にもあったよね。


「中学生ともなれば無い奴なんていないんじゃないのかな」


 性欲が高まれば発散が必要になる。これは男だけじゃなく女も同じだ。その時に一番望ましいのは相手をみつけてやること。でもね、大人だって必ずしもいるわけじゃなし、夫婦になっても満たされるほど出来るところは少ないって言うじゃない。高校生なんてなおさらだし、中学生ともなるとさらにハードルが高くなる。


「カップルがひたすら羨ましかったよな」


 ああそうだった。だったら相手がいない連中は高まる性欲にどう対処したかだ。


「そ、それはやっぱり自分で・・・」


 そうだセルフで向き合うしかない。その時になにを思い浮かべながら励んだか言ってみろ。


「そ、それは・・・たとえば好きな子を・・・」


 ちょっと待て。健一の初恋の相手はアリスだろうが。まさかと思うがアリスをオカズに使っていたのか。


「それだけ好きだったから」


 ロリコンの変態だ。まだアリスだって中学生だぞ、健一はまだ中学生のアリスの裸を妄想しながら励んでいたと言うのか。


「誰だってそうだろう」


 それが間違っている。そんなものいくら妄想しても不毛だ。セルフで励むのは単なる性欲の発散だけが目的じゃない。あれは来るべき本番に備えて性知識を勉強し蓄えるためだ。本番に必要な性知識は学校では教えてくれないだろうが。


「女の子だけ集めれての授業があったけど」


 あんなものカビの生えたような雄しべと雌しべの話ぐらい知ってるだろう。求められる性知識とはより具体的なものだ。男ならどう女を愛すものか、どう喜ばせるかだ。この具体的な手法を知らずに本番に突入して上手くいくはずがない。


 それを勉強する教材がエロビデオだ。あれほど優れた教材はこの世に他に存在しない。健一だって自分のモノを女のどこに挿入したら良いかの具体的な知識をエロビデオで学んだはずだ、あんなもの中学生の裸を何度妄想しようと得られるものじゃない。


 世の中でこれほど役に立っているものが他にあるかと言うのか。内容は頭どころか、あそこに血が昇りまくるぐらいのものだし、自分の乏しい小遣いをため込んででも買いたいものだし、それを見るために親の目をいかに盗むかに知恵を絞りまくるものだ。


 そこまで苦労して得た実戦知識をもって臨むのが初体験だ。これは男だけでなく女もそうだ。もしエロビデオがなく、アリスの中学生の裸を妄想するだけで出来るはずがなかろうが。エロビデオにはどれだけ感謝しても足りないはずだ。


「でもあれだって限界が・・・」


 あるに決まってるだろう。エロビデオの世界はある種の理想形だ。女ならどれだけ感じられるものなのか、話だけに聞く男でイクとはあんなものかと夢と期待をひたすら膨らませるものだ。そうやって抱いた理想形をいきなり経験できるはずなどない。


 男は知らないが女の初体験はやはり痛くて辛い。感じるどころかイクなど、どこの世界の話だと思っているうちに終わってしまう。だがな、初体験に懲りて二度としない女の方が稀だ。それがどうしてだかわかるか。


「初めては痛いって知ってるからじゃないのか」


 それもある。それより、本当はもっと良いものだとエロビデオから学び知っているからだ。だから女は初体験の痛みを乗り越え、エロビデオの女のようにいつかなれると次の経験に応じて行くんだよ。


「なんか深そうだけど、人には話せる代物じゃないな」


 だから秘め事と言うのじゃないか。女はああなりたいと思い、ついにそうなれても他人にはまず話さない。たとえ話しても女同士の秘密であり、男には伝えないものだ。それを具体的に作り上げてるのがエロビデオだ。


 男だってそうだろう。女は男にイクのを知っているからこそ、どうすればイクのかを実戦で模索する。女はエロビデオのように簡単にはイカないが、女はイクことを知っているからこそ、それを見たい、女をそうさせたいのが目標になって励めるのだ。


「答えを知っていても解き方がわからない問題みたいなものか」


 そうだ。これは女も同様だ、もちろんなかなか思うように行かないのは人生と同じだ。健一はしばらく何か考えていたのだけど、


「アリスの話はトンデモないとこにいつも暴走するのだけど、今日の話って子どもだったよな」


 しまった。ついエロビデオの話に熱中しすぎた。奥さんの神聖なる務めをどうしようかだった。


「まだ新婚だし、三年ぐらいしてから考えたらどうだ」


 うん、そうする。これこそ夫唱婦随、古風な女のアリスに最適の答えだ。

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