第11話 五層
和也の体力が回復し、さて五層に降りようかという時、階段の下から足音が聞こえてきた。
それを聞いて和也は「魔物か!?」と身構える。
「いや人間だ。よく耳を凝らして聞いてみろ、靴底が当たる音がするだろう?」
「あ……本当だ」
『実は奴らが足音を出す前に俺は、下の階層に居ることは分かっていた。だがこっちを探っている気配はあったものの、敵意は感じなかったので放置した。後、五人中二人負傷者がいるようだ』
『え……?』
和也が呆けた顔を向けてきた瞬間、姿が見えると同時に先方から声を掛けられた。
「おーい、君達!! 今そこの長身の男が回復魔法使わなかったか?」
「ああ、使いました。それがどうしたんです?」
俺がそう答えると、声を掛けてきた先頭のがたいの良い男の顔がほっとしたように緩む。
「頼む、金なら払う! 俺の仲間を治してくれねぇか!」
やっぱりな。
奴らが下の層で俺達の気配を探っている時、俺が回復魔法を使うとそれを察知したのだろう、奴らは階段を上り始めた。負傷がいる点とその行動で何となく察しは付いていたが、まさか愚直に治療をお願いしてくるとは。
……それだけ仲間が大切だって事かな。いい奴らじゃないか。
『どうする?』
和也が念話を介して聞いてくる。
『治療する。奴らの仲間思いに免じてお代は受け取らないつもりだ』
『……おけ、分かった』
俺は念話でそう言い、奴らの元へ歩み寄る。
「分かった、治療する。重症な奴から先に見るから地面に横にしてくれ」
「恩に着る!!」
そう言って90度に頭を下げた先頭の男は、頭を上げた次の瞬間から仲間が背負っている負傷者に手を貸し、慎重に地面に横たわらせた。
最初に横になった茶髪の男から治療していく。
この男は……左腕の肘から先の欠損に、その他骨折多数か。骨折で内臓が傷ついていそうだったが、大丈夫なようだ。魔法で止血もしてあるから出血多量になってもいない。だがこりゃ、一発の上位回復魔法じゃ効かなさそうだな。多重発動するか。
《上位回復魔法》×2
そう心の中で唱えると目の前に魔法陣が展開し、茶髪の男の左腕が生えてくるように再生していく。【透視】で体内の骨折箇所を見ても全て治っていた。
ちらりと横を見ると、仲間の奴らが息を飲んでその光景を見ていた。
「よし、この男はもう治った。次の男を診るぞ」
「あ、ああ。お願いします」
再度頭を下げてくる先頭の男を一瞥して、俺は茶髪の男の横に寝かせられていた、装備がほぼ青色で統一されている男を診る。
確かにこっちの奴はそこまで重症ってわけでもない。胸辺りが陥没して鎖骨と肋骨が何本か折れているだけだ。
これなら上位回復魔法一発で大丈夫そうだな。
俺は手をかざして《上位回復魔法》を心の中で唱えた。するとみるみる骨折箇所が元通りになっていった。
「これで終わりだ。……このパーティーに魔法使いが居るだろう? 誰だ」
「は、はい。僕です」
気の弱そうな男が杖を大事そうに握りしめてそう答えた。
「よくやった。君が下位治癒魔法で茶髪の男の止血をしていなければ、この男は出血多量で助かっていなかった」
俺がサムズアップしてそう言うと、魔法使いの男は複雑な表情をして頭を下げた。
周りの奴らは揃って青い顔をしていた。無理ないな。
治癒魔法は欠損や傷、骨折などを治せるが疲労、体力までは治せない。血液も生み出せない。だが、回復魔法は疲労に体力回復させ、その人に合った血液を生み出せる。
しかし、中位以上の回復魔法の使い手はごく少数だとネットに書いてあった。だからこの場では俺が上位の治癒魔法を使った体にしておく。
ここで俺が上位回復魔法を使っていたと分かれば、「なんでそんな奴がこんなD級ダンジョンに!?」となる可能性がある。それは厄介だ。
「言い忘れていたが、治療費はいらない。その代わりに何があったか教えてくれ」
「あ、ああ。勿論だ。でも本当にいいのか? 上位治癒魔法まで施してもらって……」
ふむ計画通りに治癒魔法だと勘違いしてくれているな。
「俺がいいと言っているんだ。何か裏がある訳じゃないから安心しろ」
「そ、そうか……」
先頭の男が困惑しながら頷く横で、魔法使いの男と武闘家っぽい女がリュックサックの中から毛布を取り出して、横になっている二人の枕にしていた。
「じ、実はな――」
男はぽつりぽつりと話し始めた。
先頭の男、
攻略隊の後ろについて潜るというのは、どこのダンジョンでも見られる恒例行事と言っても過言ではないもので、それをすることによってついて潜る奴らは攻略隊に便乗して好きな階層に楽して行けるというのだ。
これには実は攻略隊にも利はある。それは背後の心配がないというものだ。
いくら便乗する奴らが弱いといっても、最低そのダンジョンランクの一つ下のランクからしかダンジョンには入れない。それ故、背後の魔物は便乗した奴らだけで倒せる。
そんな説明を念話で和也にしながら俺達は話を聞く。
有吉さんはその後、無事目的地の8層に着きひたすら狩りをした後で、安全な場所で仮眠をとって次の朝目覚め、一通り狩りをしたのちにそろそろ帰るかと五層にまで上った時に事は起きたという。
五層の中ボスが復活していたそうだ。
「えぇ!? それって攻略隊が中ボスを倒してから大体一日しか経っていないって事ですよね?」
和也が驚愕して、前のめりになり問う。
和也の驚愕も最もだった。
普通中ボスというのは約一週間に一度しか復活しないものだと、いくつものダンジョンでの検証で実証されている。殆どのダンジョンがそれに当てはまるのが現状だ。だがいくつか例外も存在する。このダンジョンもその例外の様だ。
「ああ、だから俺達は必死に戦い、討伐に成功した。だが、その際に……」
有吉さんは未だ意識がない二人を見る。
「……分かりました。有吉さんたちはこのお二人が起きられた後に地上に戻って報告するのですよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「分かりました。では俺達は五層に行きます」
俺は和也に『行くぞ』と念話を飛ばし、階段を下ろうとする。すると――
「この恩は必ず返す!!!」
と背後で誠意の籠った大声が聞こえた。
「ここが五層……やっぱり四層と景色変わんないね?」
「そうだなぁ、適当に狩りをして今日は引き上げるか」
「そうだね」
そんな会話をして山道を歩きつつ、接敵した魔物を狩り歩く。
「和也、気配を隠して接近している魔物が居る。気を付けろ」
「わかった」
和也は構えながらそろりそろりと警戒しながら歩く。すると草むらから大きな何かが飛び出してきた。
黒くゴワゴワとした毛に、大きな手足。そして奴は鋭い爪をギラりとちらつかせながら、その巨体は今まさに飛び掛かろうとじりじりと俺達に迫っていた。
奴の巨体には見覚えがある。以前俺も戦ったことのある相手だ。その名もリトルベア、D級上位の魔物だ。どこがリトルなんじゃいとツッコみたくもなるが、鑑定した時の種族名がそうなのだから仕方ない。
『今の和也だったら一人でやれるだろう。俺は手を出さない、頑張れ』
「わかったッ!」
和也は勢いよく返事を返し、リトルベアに肉薄する。そしてナイフを目に突き立てようとする。
『GUOOOOOOOO』
それを雄叫びと共に左腕の爪で防ぐ、リトルベア。爪を斬れなかったことに顔色を変え、和也は腕を蹴って後方へ飛ぶ。その蹴られた衝撃でリトルベアはよろめいた。
隙ありとばかりに和也はリトルベアの懐に滑り込み、腹にバッテン傷を与える。すると黒煙が噴き出た。
ふむ、速さはリトルベアを上回っているようだ。だが反応速度は同等。
和也は飛び退き、リトルベアの右手で叩き潰すような攻撃を避ける。
リトルベアは即座に地面から右手を離すと、和也に肉薄し左腕を和也に叩きつける。ギリギリで身体を守るように手でクロスするのを間に合わせた和也は、竹をへし折りつつも約35mほど吹き飛ばされた。
それを追うリトルベア。
どうやら和也は胃の中の内容物は吐き出してしまったものの、骨折はしていないようだ。
丈夫になったねぇ和也。俺ぁ、涙がちょちょ切れそうだよ。
怒りの籠った視線をリトルベアにぶつける和也。
するとそれを受けたリトルベアは雄叫びを上げると、和也に突進した。
それを横に飛び避ける和也。そして真っ直ぐ止まらずに突進していくリトルベアに再接近して横っ腹に二本のナイフを突き刺した。
『GAAAAAAAAA』
叫びを上げるリトルベア。それと同時に和也に右手の押し潰し攻撃が迫る。それを飛んで避け、リトルベアの右手に乗るとそこからまたしても跳躍し、リトルベアの脳天に右手のナイフを突き刺した。
するとそのままリトルベアは倒れた。そしてその直後黒煙に変わる。
「やったぁ……」
リトルベアの脳天にナイフを刺した後、地面に着地していた和也が尻餅をついてそう呟いた。
「お疲れさん、和也。ドロップアイテムは俺が【念力】で拾っておく。……取り敢えず回復魔法だな」
「ああ……助かるよ……」
俺は《中位回復魔法》を掛け、その間に念力を使ってドロップ品を和也の横に持ってくる。
「え!!!! リトルベアの爪!! しかも二本も!」
回復魔法を受けて元気になった和也が、爪を空に掲げてはしゃぎ始める。
「よかったな。じゃあもうそろそろ地上へ戻ろうか」
「そうだね! ……ふふふ、査定が楽しみだ」
暗黒微笑しながら呟く和也。金の亡者かよ。
四層への階段を上ると、そこにはもう既に有吉さんらの姿はなかった。もう既に地上に向けて移動したのだろう。
「この辺で俺は魂に戻るよ」
「え? ……ああ、そういう事か分かった」
俺は肉体から魂を離脱させ、肉体を異空間収納にしまう。
その後も和也はダッシュで地上に向けて走った。行く道先々の魔物は毎度のごとく俺が一掃する。魔石も十分拾えているので、一掃で落ちた魔石は異空間収納にしまっておく。
地上に戻った俺達は真っ先に更衣室に向かい、時計を確認する。
15時13分。うん、丁度いい時間帯だ。
着替えた和也はダンジョンテントに向かい、査定・換金してもらう。
職員はソロで潜ったにも関わらず、沢山の戦利品を持ち帰った和也に驚く。
「おひとりでこれを? すごいですね~」
和也、無言でドヤ顔をしていた。とても腹が立つ顔だ。
「ではこちらにサインをお願いします」
「はい」
和也はサインをして、封筒と明細書を受け取った。
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売却品の明細
G級魔石×17 19,201円
F級魔石×9 27,080円
リトルベアの爪×2 113,040円
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合計 159,321円
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