第6話


そして、今日に至ります。

もはや止めようもありません。あと数時間で世界は灰燼に帰すのです。

行ってみたかった街も、会った事の無い人々もすべて塵に消えるのです。

社長室から出て、シェルターに行こうというその時、気分から設計室に入りました。

もう動く事のない設計室。

机の上、電波を異なる方向に返して発見を遅らせる次期航空機の実験機の設計図の下にメモが隠れていました。

そこには未来の夢が描かれていました。接触センサーを画面の下に備え付けた端末。人間の脳を模した計算機。

それが実現できる未来はどんな未来でしょうか。

きっと他にも想像も出来ない程高度な機械に取り囲まれているでしょう。

そして、想像を絶するほどの卑怯と恥知らずを善意でもって振りまくでしょう。これまでもそうでしたのだから。きっと、それは変わらない。

そう、本当に作らなければいけないものは、これではなかったのです。私は自分のしたことが何もかもが間違いでありました。

本当に夢のために必要だったのは、飛行機を作る事でなく……本当に必要なのは、泣いている誰かのために泣いてあげること、一人一人違う悲しみの理由に涙すること、破滅に向けて長く暗い夜を進む人の姿に手を合わせること。そう、全ての命、全ての運命の道への同情……究極の言葉……。

 どうしてそれに気付かなかったのか……人は皆自分が、自分達が特別だと信じたい.からだ。それは時間に対してもそうなのだ。

 神の国の到来から産業の革命まで、終わりを告げる光に人は、人の間を生きていくというゲームから逃れられるというほの暗い願望を解き放つのだ。だが、それはごく一部の問題しか解決できない。全ての苦しみから解き放たれる日は来ないのだ。世界も他人も、変わりながら続いていく。その中で無理矢理自分によく似た、少しづつ違う誰かを切り離そうとすれば、完全な破滅しかないのだ。

 私は色々な事を思い出していました。あの篤志家の青年を追い立てた時の女中の言葉、石碑を直した神父、多分、そういった人達の言葉。それらの方が飛行機よりも広まるべきであり、私はそれを広めるべきだった。そんな気付き。だが、全てはもう遅い。世界の終わりを告げるギャラルホルンは吹かれた。もう、何も出来ることは無いのです。

 そして、いや、だから私はその夢の設計図を拾って、そして動きました。せめてこの夢も一緒に墓に入るべきです。私は誰かのきらきらした夢を破壊してきました。だから、最後に一つだけ、これを未来に持っていきたかったのです。





 失われる街を抜けて、社用車はシェルターにつきました。銀行の扉のような厳重な施設。

 私の、お墓。

 運転手に一緒に入らないかと聞いたところ、最後は家族と過ごしたいと言ったため、私は彼を見送りました。そして車が去ったのと同時に、大地を震わす音が響きだしました。

 自分の作り出した最後の爆撃機が、太陽を遮らんと空を行く。由来となった絵本を私はぎゅとと抱き締めました。

 私は、何もすべきではなかったのでしょうか。私は望まれた通り糸屋の奥でただ無知な窮屈な幸せを喜べば良かったのでしょうか。

 それは違う。そう思います。私は望んだ。そして成したことがある。ならば、それにより起きたことを一つ肯定するならば同様に起きたことは全て……良いも悪いも……受け入れねばなりません。自分を生きるとは、そういうことなのですから。

だからこの破滅の運命も、受け入れねばなりません。それが私に課せられた運命であり、権利なのですから。

雲を引いて飛び去る飛行機に願いながら私はシェルターに足を運びます。そして、扉が閉まる前、私はもう一度振り返り、狭く小さくなった空が見えなくなるその瞬間まで黙って眺めます。

私は抱き抱えた絵本を手に飛行機雲に願います。もし再び扉が開く日が来たのなら、あの小熊の様にもう一度私は旅を望みたい。

 行ってみたかった街に行って、会ったことの無い人に出会いたい。

無理な話です。でも、見たい。そんな祈りを込めて名付けた機体が、再び繰り返される過ちのために飛んでいきます。怒りも悲しみも、全ての感情を含んだ硬直したまま。私は狭くなっていくそれが見えなくなるまで凝視し続けました。




二度と開かない鉄の棺の扉が音を立てて閉まりました


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蜘蛛のイト、天のゴウ 森本 有樹 @296hikoutai

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