第4話

 大いなる勝利!兵士は家に帰り、歓喜に包まれ人々は喜びに溢れました。そして爆弾は、議論の渦中に置かれました。それは主に、それを生み出した科学者たちの幾人かは、これは悲劇だ。これが無限に拡散される前に規制し、国債管理を義務付けよう。そうしなくては、皆、死んでしまう。その声を論破する声でした。

核技術者は世界平和を訴えるも、科学の勝利に酔った人々には届かない。

「完成してしまったものは仕方がない。パラダイムシフトを受け入れるべき。」

「私たちは核により勝利した。世界政治はこの爆弾で決まる。捨てたら外国に一方的に支配されるばかりだ。」

「そうか、あの学者さん、国際政治の基本もしらないらしいね。」

「ヴァカのお気持ちに付き合えるか!イノベーションを止めてはならない!」

 誰も彼の「みんな死ぬぞ」という言葉を、核の恐怖による均衡という政治思想をもって嗤う。彼らは爆弾により未来に酔いしれていました。そして、技術の進化による変革により、付属物であることから解放された人々……特に、私が救い出した女性たちはそれを航空機と同じく自分を更なる鎖から解放してくれる技術だと歓迎し、一部の国防婦人会ではまるで信託の石板や聖杯かのように扱われ、一部では礼拝の対象とする事すら始まっていました。

 機会により開放されて、それをよりよく使う事を考えず、更なる幸せを得るために力を称賛する人々。これが、国防軍に縋り、未来を見て来た私の生み出した、その全てです。

 私はただ、泣いていました。私は会社に暇を出しました。皆が満たされる中、欠けたものを探して、蜘蛛の巣に捉えられた虫のように喘ぐ。

 遠い昔を思い出しました。郵便魔女たちの「貴女は何も知らない。」と言う言葉。

 そうだ、こういうことだったんだ……。

 きっと彼女たちは知っていたのだ。人は皆、自分の幸せのためならば、どれだけ他人を傷つけても構わない。それはどれだけ自分の境遇が悲惨でも変わらない。そこから誰かが可哀そうなのだろうという類推は絶対行わない。彼らはその距離が金銭に置換されて縮んでも変わらないどころか増幅される結果も、当然知って居たんだ。

 そして、自分は何も知らないまま社会と社会、人間と人間を不可逆的なほど近づけてしまった。人と人と言う爆薬の導火線に火をつけてしまった。それがこの結果なのだ。誰かが行ってみたかった街を破壊し、誰かが会ったことの無い人に出会う機会を踏みにじる。その上で歓喜のダンスを踊って分断して、感情輸入を立った相手が生涯消えない穢れでのたうち回るのを喜ぶ。

 これが、私は身を砕いてまで接近させようとした人間の正体でした。


 そんなある日、手紙がきました。

 あの爆弾の基礎理論を作った人、旅にでないか?という誘い。私たちは旅に出ました。

 旅先は。穴でした。

 神話の中で、神々でさえおののいた超兵器によって滅ぼされたという街。

 ガラスになった街、あの、行ってみたかった街と同じく、傷付いた街。

「神々も恐れおののいたという伝説……長らく伝説は伝説と笑っていたが、どうやらそうではないらしいですね。」

 博士は石垣の、人の影だけを残した石の脇に座りました。私も、影を挟んで座ります。

「同じ写真が、あの爆弾の投下後でも見られました。それを悲しい、と言った意見は、翌週のラジオで、人の戦争に介入した馬鹿の末路だから仕方ない……そう言いました。」

「わたしもだよ。」博士の何かを押し殺した声と震える手、非常に肩身の狭い思いをしていた彼に出来る唯一の意思表示。「特許局でいびきをかいていた日の自分に言い聞かせたい。宇宙の真理を探ろうなど、つまらん妄想は止めろ、とね……。」

 それからしばし休んだ私たちは歩きだしました。この先には、広場と遺跡、音は川が流れる音ばかり。古代文明の名残の中を進むと、広場に出ました。大きな広場、そこにモニュメントが一つ、石碑には、古代文字でこうかかれていました。「安らかにお眠り下さい。過ちは繰り返しませんから。」と

 私たちは過ちを繰り返す存在だ。そして、繰り返している最中なのだ。自分達は比類なき未来を突き進んでいると信じながら……

「そんな、私は、ただ、繰り返す途上だと……」

「あの門を見なさい。」博士はそう言いました。「門の先には辻があって、右に左に道が続いている。我々は、ただ、その間、回帰の途上なのではないかね?私はそう思えてならない。」

 私は俯きました。そうだとしたら何という皮肉でしょうか?比類なき時代を始め、夢を叶えようとした私の人生は、再び歴史をこの瓦礫を産み出すためだっというのでしょうか、ならば、私はどうすれば良かったのか、物思いにふけっていると、足音がして、私は振り返りました。居たのは、神父です。神父は、私の脇を過ぎ去って、それから石碑を嘗め回すように見て、「石碑が少し、曲がっていますね、」と言いました。それから、挨拶して、「すみません、この石碑をきちんと窪みに戻すのをお手伝いいただけませんか?」と言いました。私も博士も手を貸し、本の少しですが石碑は動き、ぴたり、と窪みに填まりました。

「よし、これで私はより綺麗になった。」

 その時、彼が言った言葉は、最初はその意味がわかりませんでした。私は訳を聞きます。

「何も天国に近づいた、というエゴではございません。むしろ逆に私は私を愛すように世界を愛しているのです。」そう言う彼は淡々とその意味を語ります。「誰もが自分を愛し、身なりを整えます。だから、自分と世界を同一視して同じように世界を愛することにより世界をより良い姿にしようとすることが出来るのです。」そうご自身の思想を語った後、「親切な私の一部よ、ありがとう。あなたがたに神のご加護あれ……」

「我々は宗教を劣った妄想と見なしていたが、そうではないらしい。」去り行く彼を見ながら学者はそう言いました。「少なくとも、傷付き易く、傷付けやすい、自分の痛みには敏感で、他人の痛みには鈍感な我々は、もう一度考え直さねばならんな……」

「ええ。」私は再び過ちを繰り返しません、という石碑に向き直りました。ラジオからは、声が溢れてきます。

自信と威厳に満ちた声。世界の警察となった我が国からの声。

「我々は、この新しい破壊力を手にしていることを、我々は神聖なる委託によるものと考える……世界の思慮深い人々は、我々が平和を愛しており、その信頼が決して破られる事無く誠実に遂行されることを知って居る筈であり……」


 だが私は、帰るなり行ったことは、新たな爆撃機の設計でした。何故か?そう、もう私には何も止める力が残っていなかったからです。

「もう、怯えることはないのだ!」

「虐げられた弱者よ団結せよ!我々には爆弾がある!」

 歓喜する虐げられていた人々、特に女性の解放は軍の拡大と歩調を会わせることによりここまで来ました。戦争なんて間違いだ。武器を捨てて平和に暮らそうなんて、言えますか?それは多くの女に、家に帰りモノになれ、というに等しい。望み、痛み、希望、絶望、それを救う道は爆撃機を産み出し、爆弾を装着するそれしか道がないのです。

 私は、爆撃機を産み出しました。片道でいいから世界の反対側へ到達し、爆弾を投下するための機体。発展著しいが、航続距離を確保できないジェットとプロペラ機の融合、二重反転のターボプロップ。私の全身全霊を込めた、最高傑作。最大搭載爆弾の地震は、世界を三周した世界への死刑執行宣言。でも、本当の気持ちは名前にひっそりと込めました……。無限の、止めようの無い暴力の投射装置。これが、私と世界が進歩と苦難の果てに辿り着いた姿でした。

 そして、これが正式採用された最後の機体になりました。

 何故なら、よりよい爆弾の運搬手段が産み出されたから次の機体は試作機止まりで終わることが目に見えていたからです。それでも、保険でその機体は作成を続けます。

 叶わない次の爆撃機には、戦いの神様への申し訳ないという思いで命名しました。

 科学は様々な仕事を消し去りました。織物職人や郵便魔女、そして、高貴な戦士の魂を天の戦場に導く気高い乙女達。乙女達の仕事を奪い尽くした人々はまた歓喜に満ちていました。

「これからは、ボタンひとつで何もかも解決する!」

 ロケット、弾道ミサイル。そう呼ばれるもの。かの技術を開発した青年には一度だけ会い、二度と会うことはありませんでした。

 行って見たい星に行って、未だ会ったことの無い人々に出会うのだというそのためには悪魔に魂を売ってもいい、ロケットが、間違った惑星に降り立ってもいい。その、悲劇を知らない瞳。

 それは、かつての私でした。そして、私は彼の夢をこう結論付けた。

 きっと、何も変わらない。

 比類なき進歩による世界の上昇など、決して起らない。

 悪い意味で予期していない結末がやって来る。

 その予言が修正したのは半年前、世界がまた何事もなく回り始め、そのままいつまでも回り続けるのかもしれないという希望を持ち始めたその時です。

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