第3話

 西の大国との戦争で私は忙しくなり、しばし苦痛から解放された生活を謳歌していました。戦争は一進一退、されど人口経済力に勝る敵は、少しづつこちらを追い詰め始めました。そんな中新しい飛行機の依頼がきました。

「正規戦力で負け続けている今、戦略爆撃機ですか?」

「そうです。」

 私は、呆れた顔で敵の首都上空に爆撃機が飛来すれば戦争が終わるなどという、否定された学説を未だに持ち込むのですか?と返しました。目は合わせてはいません。戦犯として処断される恐怖と安心感とでもいう不思議な状態は、私をある種の安寧に誘っていたからです。

「ははあ……確かに一度は否定されました。しかし、それを実現するためのピースが足りなかったまでのこと……」ゆったりとした心地よい破滅のリズムが崩れる予感がして、私は顔を上げて彼の方を見ました。「我々は足りないものを手に入れたのです。よければ、来年の今頃にお見せしましょう。」

連れていかれたのは、砂漠、遥か向こうに何やら塔が立っています。

「よく見ていなさい、いや、少し頭を下げてから再び頭を上げなさい。そこには、貴女の理想が叶う光景があるはずだ。」

 私は深く伏せ、聞いたことの無い爆音が響くのを聞きました。

 その音を何と言い表したら良いのでしょうか。数千億の稲妻が大地を削らんとする音であり、万の獣の絶叫でありました。

 頭を上げると太陽よりも輝いた溶鉱炉から出てきたような太陽が地から昇っていく所でした。

続いて、鉄のような風、そして更に輝きを増す太陽。

それは死そのものでした。死が、猛烈な熱と風となって全てを襲います。その死神が永い行列を組んで横を通り過ぎるまでの間、私は何も考えれず、言葉を発することも出来ませんでした。

「これは……」

 未だ一千の太陽が光り輝くような輝きの中で自由を取り戻した私は彼に問い尋ねました。

「最終兵器です。」抑揚のないそっけない声。それが回答でした。「全てをなぎ払う戦争を終わらせる兵器。これを使われれば、どんな敵もたちどころに戦意を失うでしょう。」

「お喜びください。これであなたの夢が叶う……この爆弾を持った爆撃機が敵の大都市や首都に飛び込めば、この通り。その全てが破壊されるのです。しかも実験により、未解明が多い物理現象でこれを喰らった相手は一生苦しみでのたうち回る。この新兵器が投下された相手は間違いなく戦争を切り上げるどころか二度と我が国に逆らう事はなくなるでしょう。」

「既に喰らわせる場所は決まっています。」彼は世界地図の中から一つの街を指さしました。「……ここです。」

「その街は軍事施設ひとつ無い平和な……」

「そう、だから見せしめに丁度言い。」言葉を遮った彼の言葉は威厳に満ちていました。「力による秩序による安寧、そのためにはいかに力が強いか。理解する必要がある。」

「狂っている……」泣き叫ぶような言い方とあふれ出る涙で顔中が真っ赤に燃えあがった記憶があります。「私はそんなものを運ぶ機体なんて作りません。絶対に。」

「それもいいでしょう。しかし、それは他国の帝国主義に貴方が航空機開発で切り開いた多様性を差し出す。そういうことになりますがな……」

 突きつけられた言葉に私は答えに窮するしかできません。そうだ、軍隊と工場のための人員を確保することが出来たのは女性たちや社会の底辺、そう言った人々に工場で職を与え、希望を与えて来たからです。ここで負けるというのは、彼らの希望を、いや、それを振りまいてきた自分を裏切る事になる。

「戦争に負けるとはそういう事です。その国家の内包する世界観、完全勝利化完全敗北かという国家総力戦と言うのは世界観そのものを賭けた戦争になるのです。そして、敵は病めるもの、老いたるもの、少数のもの、そして、貴方が音頭を取ってきた女性たちを闇の中に押し込めるつもりでいるようですね。」

 ぎょろり、とこのなじみになった将校は目を動かしました。

「要は、勝しかないのです。道徳などというお気持ちに訴え、国家と未来への希望を棒に振るという愚行の意味をもう一度よくお考え下さい。所詮は権利などというものは国力があってこそだということを……その幻想を維持するのに、対外的な力は無視出来ず、あの爆弾をいち早く作り、世界史のゲームの主導権を取る事だということを。」

 私はその後一機の飛行機を設計しました。その過程で、私は何度も設計図を涙に濡らし、その度により優れた形に書き換えました。

 くびれのない機首、大きな翼、採算度外視で設計された飛行ごとに総点検が必要なマグネシウム製のエンジン……。

 とても美しい、夜間、下から見ると何とも幻想的な輝きを見せる機体、これが、迎撃が困難な高度を飛び、全てを終わらせる為の兵器です。

 そして程なく、それは実戦配備され、数えきれないほどの街を焼いたのち、本来の目的を果たすべく飛び立ちました。

そう、あの日。

爆弾が爆発しました。

行って見たい街が……

会ったことの無い人たちが……

全て焼き払われ、何も残りませんでした。

戦争は、終わりました。

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