鼓動(心)を聞かせて

神虎

第1話 砂浜の少女

 「この度はJTA南西航空をご利用頂き真にありがとうございます。当機は予定通り15時20分宮古空港に到着の予定です。今一度シートベルトをご確認の上…」機内アナウンスが、流れる中、妻の梨花が遮った。「ほら、達也見て!宮古島だよ!宝石みたい!」

 妻の梨花とは、もう付き合って二年になる。先月入籍を済ませて、来年の三月に結婚式を挙げる予定だが、今流行りのビーチウェディングをしたいとねだられ、少々強引に有給を使って旅行に来ている。

「お腹空いたなぁ。何食べようか?」「乗る前に食べたでしょ!」「俺、消化早いんだよ!」空港に着き送迎バスでレンタカーの営業所へと向かう。九年前に訪れた時とは街並みが大きく変わっていた。大型ディスカウントストアにショッピングモール、ホテルやマンションも増えていた。伊良部大橋が開通して、離島ブームに乗っかり、現在この島はバブル真っ盛りだ。

 レンタカーを借り、ホテルへと向かう。海岸線は殆どがホテルに埋め尽くされ、車道からの景色も大きく変わっていた。「あのビーチはまだそのままなのだろうか?」運転しながら九年前のほろ苦い恋を思い出していた。

 妻には旅行で一度来たことがあると話しているが、本当は大学三年生の夏休みに島のリゾートホテルでアルバイトをしていた。中高と水泳部だったことが気に入られ、ビーチ担当となった。パラソルやデッキチェアの貸し出し、アクティビティのアテンドが主な仕事で早朝から夕方まで毎日働いた。寮と食事付きで時給も高くまとまった稼ぎになる魅力と離島に行ってみたかったから迷わず応募したのだった。

 今回は、二泊三日の旅行になる。今日の予定はディナーくらいで、明日は衣装合わせとビーチウェディングフォト、三日目の昼の便で帰る。まだ新築の白亜のホテルの部屋から見渡すビーチは400m位あるだろうか?

「きっれー!ビーチ行こうよ!」「今から泳ぐの?」ノリノリな妻に誘われてビーチへと向かう。このビーチの左側には高さ7m位の巨岩が点在して、その隙間にいくつかの小さなビーチがある。そこに九年前の思いが置き去りにされたままだ。「あんまり冷たくないよ!達也もほら!」促されて、海へと入った。島の街中は色々と変わってしまったが、この青い海は九年前と何も変わらずに僕を迎えてくれた。

 ビキニ姿ではしゃぐ妻を相手しながら、あの頃のことを思い出していた。「あはははは、あー、いっぱい遊んだ。部屋戻ろ!」手を繫いで部屋に戻り一緒にシャワーを浴びた。「あの頃のことは、あのままにしておこう。」今は梨花がいる。

「ちょっとだけ寝かして、何か疲れちゃった。」ベッドに入った梨花は長い睫毛を閉じた。昨夜はあまり眠れなかったようだし、はしゃぎ過ぎて疲れたのだろう。夕陽が観たいからと、ホテルディナーの予約は遅めの20時にしてある。

 

 この海に返さないといけない物がある。あの夏に貰ったあの石だ。この島には、暗黙のルールがあって、海の物を島から出してはいけないと言われている。例えば珊瑚だ。珊瑚は島の海に根付いて育つから島から出してはいけない。出すと島に帰ろうとして、持主に色んな災いを起こすという。当時、ユタの話を聞いて不安になりずっと心配していた。

 バッグに入れていた親指大の乳白色の石を取り出した。何となく熱を帯びているような気がしたが、きっと車中に置いていたせいだろう。短パンのポケットに石を入れる。寝息を立てている妻を置いて部屋を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る