私、あなたの奴隷になります

フィステリアタナカ

第1話

「今回も楽勝じゃね?」

「だな。クエスト終わったらどうするよ?」

「決まってるだろよ。今日は高級の方にしようぜ」

「そうするか。カイも娼館デビューしようぜ。神官だからって硬いこと言わずに」

「金貯めてても、死んだら意味ないんだから、パーッとやろうぜ。パーッと」


 僕らのパーティーはダンジョンの第八層を進んでいた。個人的に今日のクエストは簡単なクエストでは無いと考えているが、パーティーメンバーはそうではないようだ。


「ん?」

「どうした?」

「紅蓮の野郎たちがこっちに来てるぞ」

「おう、そうだな」

「あいつら、慌ててどうしたんだろう?」


 前方を見ると「紅蓮の鎧」のメンバーがこちらに向かって走ってきた。


「撤退か」

「そうじゃね」

「あいつらが撤退しているところ、初めて見たぞ」

「ヤバい魔獣でも出たんかな」


 「紅蓮の鎧」とすれ違うと、


「お前らも逃げろ!」

「スケルトンジェネラルだ。早くしろ!」


(おいおい、ここ上層だぞ。なんで下層の魔獣が出るんだよ。ん?)


 それを聞いたパーティーメンバーも逃げ始めた。


「なにやってんだ! カイ、逃げるぞ!」

「あそこにいる女の子は?」

「知らねえよ。紅蓮の奴隷かなんかだろう」


(助けなきゃ)


 僕はスケルトンジェネラルに追われている長い金髪の女の子を見て、彼女のもとへ行くことにした。


「先輩方、先に行ってください」

「もう知らん」


 パーティーメンバーは第七層に繋がる階段へと走って逃げた。


(間に合うか……)


 ◆


「はぁ、はぁ、はぁ」


(怖い、死にたくない)


 私は必死に走る。魔獣に殺されるなんて嫌だ。死にたくない。走って逃げる途中、体が前のめり過ぎたのか、私は転んでしまった。


(いたい……)


 顔を上げると、もう魔獣が来ていた。


(もうダメ……)



『ホーリーアロー!!』



 ◆


 僕はスケルトンキングに一発かます。これで少し時間が稼げただろう。女の子のもとへ駆け寄った。


「逃げるぞ!」


 僕は女の子の手を引っ張り、走り出した。


「走れません。もう無理です」

『クイックアップ!』


 僕は彼女と自分に魔法をかけ、走る速度をあげた。


「きついか」

「はい」

『リフレッシュ!』


 僕らはスケルトンジェネラルから離れていく。第七層に上がる階段のところで一息ついた。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「はぁ、はぁ、キッつ! ねぇ君、大丈夫?」

「はぁ、はぁ、はぁ、大丈夫です」

「ふぅ」


 僕は魔獣に警戒しながら、彼女に聞いた。


「なんでこんな危険な所にいるのよ?」

「あの人達に連れてこられたんです」

「紅蓮の鎧?」

「わかりません。ただ、私は命令に従わないといけないので」


 僕は彼女を見る。長い髪で見えづらかったが、彼女の首には奴隷の首輪があった。


(奴隷なのか……)


「あいつら、君みたいな女の子、連れている姿をみたこと無いんだけれど」

「朝、奴隷として買われたんです」

「そうか」

夜伽よとぎというものをするのだと思っていたら、おとりとして連れてこられたのです」

「わかった。一緒にここから出よう。僕一人だと時間がかなりかかってしまうけれど」

「はい……、お願いします」

「僕はカイ。君の名前は?」

「メルです」

「メルね」

「はい」


(そうか)


「あのね。ここを無事に出れたら、君は死んだことにするから」


 彼女は首をかしげている。


「ギルドで死亡報告をすることになっているから「紅蓮の鎧」のメンバーと君のことを確認する」

「はい」

「それと、その前に君を奴隷会館に連れていくから」

「えっ」

「どうしたの?」

「私、売られるんですか?」

「ん? 違うよ」

「じゃあ」

「説明は後でもいい? そろそろ動きたい」

「わかりました」


 帰路は遭遇する魔獣が少なくて良かった。魔力の消費が少なくて済む。僕とメルは二時間かけてダンジョンの出口に辿り着いた。


(出れたぁ)


 僕は空を仰ぐ。オレンジ色と藍色の混ざった空がそこに広がっていた。


「行こうか」

「はい」


 僕はメルを連れて、町へ行く。星が瞬き始める頃、ようやく検問所に辿り着いた。


「あっ、カイさん。無事だったんですね。カイさんが帰ってきていないから心配していたんですよ」


 検問所にいる知り合いにそう言われる。


「ああ、これからギルドに行って、無事なことを伝えてくる」

「わかりました。何かあれば言ってください」

「うん。ありがとう」


 検問所を通り、奴隷会館へ。目的は彼女を奴隷解放することだった。


 ◆


「いらっしゃいませお客様、当店は初めてですか?」

「一度来たことあるよ」


 僕は奴隷会館に着いて、館長を呼んでもらうようにお願いした。


「お待たせしました。お客様、そちらの子を売りにきたのでしょうか?」

「違います」

「では、今日はどのような御用件で」

「この子を奴隷から解放したい。ただ、主人の意志を確認していないから館長に相談を」

「そうでしたか」


 館長はいぶかしげに僕を見る。


「彼女はダンジョンで囮にされた。これからギルドに死亡報告をするので、その後――」

「お客様、当館でそのようなことは――」


 僕は館長に金貨十枚を渡す。


「お願いします。彼女を奴隷から解放したいんです」

「うほん」


 館長は金貨十枚では足りないと、僕にジェスチャーをしてきた。なので、もう十枚金貨を渡した。


「承知いたしました。主人とそのことが確認できましたら、奴隷紋を消しますので」

「はい。それと彼女の髪を短く切ってください。それから汚れているので湯あみもお願いします」


「あの」

「なに?」

「カイ様。金貨二十枚って銀貨二千枚ですよね? なぜそんな大金をはたいてまで、私にしてくれるのですか?」

「メル。君は一度死んだんだ。奴隷を続ける必要はない。これは僕にとって神への御奉仕なんだよ」


 彼女の表情は前髪に隠れてよく見えない。でも、驚いている様子だった。


「それと髪を切ってもらうのは、あいつらが君だと気づかないようにするためだ」

「はい。わかりました、カイ様」

「うん。じゃあ行ってくる、また来るから」


 そう言って僕は奴隷会館をあとにした。


 ◆


 ギルドに着き、中に入る。周りを見ると、パーティーメンバーはいなかったが「紅蓮の鎧」のメンバーがエールを飲んで騒いでいた。


(娼館に行くの、早過ぎるだろ。まあ、いいや)


「すみません」


 僕が「紅蓮の鎧」に声をかけると、


「おう。カイ、無事だったか」

「はい。それで報告が」

「あれだろ。ガキが死んだって」

「……そうです。助けたかったんですが……」

「しょうがねえよ。お前は神に仕える身かもしれんが、俺らは囮を使うのが当然なんだから」

「はい。それであの子と契約していたのは」

「俺だが、なんだ?」

「余計なことかもしれませんが、死亡報告はしましたか?」

「ああ、ちゃっちゃとやったぞ。こいつらと早く飲みたかったからな。お前も飲むか?」

「大丈夫です。お祈りの時間もあるので」

「はっはっはっ! 大変だなぁ。神官やめたらどうだ?」

「そうですね。あと何十年後かには辞めてます」

「お前なぁ、それって死んでるだろうよ。はっはっはっ」


 「紅蓮の鎧」の人達との会話を終え、僕はギルドの受付へ行く。受付で死亡報告が出されているのを確認してから奴隷会館へと向かった。


 ◆


「お待ちしておりました。カイ様」

「彼女は?」

「もう少し支度に準備がかかります。そのあと奴隷紋を消しますので、しばしお待ちいただければ」

「わかりました」


 僕はロビーにあるガラスケースを見て、時間を潰した。


(へぇ、こんな首輪もあるんだ。これだと目立たないな)


「お待たせしましたぁ、カイ様」

「メル、――」


(えっ、めちゃめちゃカワイイ)


 振り向いたら、美少女がいた。輝いて見える金色のくびれショートヘア。透き通った青い瞳に、はっきりとわかる形の良い胸。それと、


(耳が長い――エルフ、ん?)


「メル」

「はい」

「君は突然変種なの?」

「はい?」

「エルフって貧乳だと」

「ああ。私、ハーフエルフなんです」

「ハーフなんだ」

「はい。お母さんが大きかったんで、って何を言わせるんですか!」

「ゴメン、ゴメン。疑問に思ったからつい」


 僕は笑ってごまかす。すると彼女は僕に言った。


「カイ様。私の為にありがとうございます」

「うん。それは気にしなくていいよ」

「私決めました」

「ん?」


「私、あなたの奴隷になります」


(はい?)


「あの時はもうダメかと、死んでしまうんだって。だから、これからはカイ様の役に立ちたいんです」

「えーっと。メルさ」

「何ですか?」

「それなら奴隷にならなくても」

「ここの人に聞きました。奴隷を主人から奪うことは法に引っかかることだと」

「ははは、そうだね。やってしまったけど」

「私が奴隷になれば、攫われることも少なくなると思います」

「傍にいてくれるってこと? 別にこれから自由にしていいんだよ」

「体を売る以外の生活するためのお金の稼ぎ方がわかりません。だからあなたの身の回りの世話をさせてください」


(こんなカワイイ子が僕の世話をしてくれるって)


「わかった。館長に言って、奴隷契約を結ぼう」


「はい!」


 彼女は満面の笑みで僕を見る。彼女の笑顔はとても素敵で光輝いていて、吸い込まれるように目が離せなかった。

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