【SS】陸軍士官の甘い躾 義兄弟Dom/Subユニバース

第1話

アムがコグレに告白し、振られ、自分の指名を受けろと諭した日の夜。


ムルトバが部屋にやってきて、「ピィちゃんに告白されちゃった」とずっと惚気のろけて帰っていった。エルドルフは、この男のドSぶりに耐えられなくなったハヤブサの子が、指名式までにこいつを振りますようにと心のうちで呪いをかけ続けていたが、部屋が静かになると一気に疲れが出てしまい、机に向かった。

ただ何も考えず、白い犬の小さなぬいぐるみをぎゅっと両手で握りしめる。


このぬいぐるみは、十五歳の時に街で偶然見つけたものだ。それ以来、「アム」と名前をつけてかわいがっている。ベロがちょっと出ていておバカな顔をしているところがとても愛くるしい。毎週洗っているせいで毛羽立ちがひどいが、かえって長毛感が出た気がして、より愛着が増していた。ずっとこのアム犬だけが心の支えだったのに、今は急に現れた実物のことで頭がいっぱいだ。

自分の記憶と全然違う弟だが、あの跳ねっ返りをまた懐かせたい。だがあいつが懐いているのは兄の自分ではなく、トージ・コグレといういけすかない男である。


コグレが情報部の仕事の一環としてアムと仲良くしているらしいことを最近知り、イラつきは多少おさまってはきていたのだが、アムが自主的に選んだのはあの男だった。現実を直視すると、自己が崩壊しそうになる。最近はアムと楽しく話せていたと思っていたのに。


その時ノックの音がして、虚無状態に陥っていたエルドルフは、何も考えることなくドアを開けた。

コグレが立っていた。


「こんな時間に悪い。ちょっと言いたいことがあって」


エルドルフは硬い表情のままうなずき、コグレを中に入れた。コグレはいつになく真剣な顔で、向かい合った。


「ヴォドリー、アムを指名してやってくれないか」


「……は?」


「俺さ、前にあいつから、絶対にここを出ていくって宣言されたことがあってさ……。でもあいつに逃げられると、みんなが困る。アムはお前のめいなら聞くしさ。ちゃんと見ててやってくれよ。ヴォドリーは、いろんな子から告白されてるんだろうけど……」


コグレは眉を下げて困った顔をしてから、ふとエルドルフの机に目をやった。小汚い犬のぬいぐるみがコテッと転がっている。

まずい。

コグレは若干引いたような笑みを浮かべながら言った。


「…… って、俺が余計なこと言わなくても大丈夫そうだな」


もう開き直るしかない。


「……あれ、アムって名前なんだ」

「うん。OK。だろうなと思った。年季入ってるね。でも実物のあいつとは、異母兄弟だよな?」


情報部は既にアムの出自を把握しているのか。恐らくこいつはアムのお目付け役として、自分とは違う立場で監視している。恐らく保健医もだ。黙っていると、コグレはニヤッと笑った。


「ヴォドリー、あいつと嬉戯してもちゃんと一線引いてさすがだな。部屋に一度来たんだろ」

「かなり前にな」

「知ってるよ。でも俺がお前の立場だったら、一線超えちゃうかも。あいつ、かわいいもんな」

「は?」

「大丈夫、もちろんアムの素性を口外することは絶対にない。仕事だからな。だからヴォドリーも心置きなくあいつをかわいがれよ。あ、ちなみに俺はイタチの子を指名するんだ。こいつもかわいいんだよ。時間とって悪かったな。じゃ、おやすみ」


コグレはさらっと鬼畜なことを言って、部屋を出て行った。

あいつもロクなもんじゃない。そのイタチの子が若干心配になった。

こいつらは人獣よりもケダモノだ。とにかくアムから疎ましがられていようが、鬼畜たちの手から守らねばいけないのだ。エルドルフはアム犬をぐっと握りしめた。



……アムから深い関係となることを拒絶され、精神的に死んだまま冬を迎えたある日。

エルドルフは、学校の敷地内で偶然コグレの相棒であるイタチの子に出くわした。こちらに気づくときちんと会釈して、すれ違おうとする。エルドルフは、ふと思いついて声をかけた。


「君、コグレ少尉の従者だよな?」

「……はい」


イタチの子はびっくりしたようにうなずいた。長い前髪の間から、黒目がちな瞳が覗いている。暗い雰囲気だが、よく見ると顔立ちはかわいかった。


「昨日、コグレ少尉にアムを一日見ててほしいと頼んだんだ。俺は仕事が長引きそうで。悪いが、よろしく」

「はい」


イタチの子は不思議そうな顔をしている。なぜ自分に声をかけてきたのかと思ってるのだろう。エルドルフはニコッと笑った。


「君はコグレ少尉とは、うまくやってるのかな? あいつはアムと仲が良かったから、その点で俺は嫌いなんだ」


イタチの子は目を丸くした。


「今回だってアムの面倒を頼んだら、俺でいいのか、なんて言いながらデレッとした顔しててさ。あいつはアムのこと、かわいいって思ってるし。絶対に二人きりにさせないでほしい」


イタチの子は真剣な顔になり、深くうなずいた。目が揺れて、潤み始めている。

エルドルフはその様子を冷ややかに見ていた。コグレにやりかえすチャンスだ。


「……知ってるか? あいつは前にアムに指をしゃぶらせたんだ。遊び半分で。アムもコグレが好きだから、言われるがままにしたらしいんだが」


イタチの子はショックを受けた顔をして、下を向いた。涙をこらえている気配がある。さすがにまずいなと思った。コグレはどうでもいいが、この子がかわいそうだ。


「……まぁ、指名前のことだし、今は君を大事にしてるよ」


イタチの子は目元を拭うと、ぺこりとお辞儀をして走っていった。



その翌日、軍務部で仕事をしていたエルドルフが夜遅くに仮眠室へ行こうとすると、少し離れたところに知った気配がある。エルドルフが立ち止まると、暗がりからコグレが出てきた。


「ヴォドリー、ちょっといいか?」


エルドルフは内心身構えた。しかしコグレは酒瓶を掲げて「飲まない?」と笑顔を見せた。見れば、年代物のいいウイスキーだ。この男の狙いもわからず、エルドルフは誘われるがまま省内の休憩所に行き、距離を空けて隣に腰掛けた。もう深夜で、休憩所には誰もいない。


ウイスキーを勧められ、エルドルフは瓶に口をつけて直接飲んだ。コグレが懐からつまみのドライフルーツとナッツを出す。


「干し肉はないのか?」

「あ〜、ない」


エルドルフが舌打ちすると、コグレは苦笑した。


「ヴォドリーって結構裏表あるよな」

「お前もだろ」


エルドルフがウイスキーの瓶を返すと、コグレもぐいと呷ってから言った。


「ヴォドリー、ありがとな」

「何がだ?」

「イタチのこと。昨日、話したんだろ」


相手の意図が読めず、エルドルフは黙っていた。


「あいつ、女王様気質っていうのかな、出してほしい命を自分から言うようなやつなんだけどさ。昨日の夜はすごい従順で……訊いたら、お前と話したって言うから」


コグレはまたウイスキーを呷り、口元をぐっと拭うと、照れた顔をした。


「いや〜……あいつすごいヤキモチ焼きのくせにプライド高くて、でも普段そんなの見せないから……それなのに、昨日は自分から俺のをさ……」


何を一人だけいい思いしてるんだ。


エルドルフがこの男をどう地獄に堕とそうかと考えている横で、コグレは目を閉じて顔を天井に向けた。


「いつもワガママなのに、そんなんされたらたまんないじゃん……? 他のやつは見ないで、自分だけを好きでいて、とか言ってさ……すごいかわいいの……本当、昨日の嬉戯は過去イチよかった……」


コグレは、今ここで口淫されているかのように緩んだ顔をしている。殴り飛ばしたくなった。今の自分は、アムと健全な嬉戯しかしていない。

こいつ死ねばいいのにと思いながら、エルドルフはコグレの手からウイスキーを奪って、一気に飲み干した。


「ヴォドリー、俺も正直言うと、お前のことずっと嫌いだったんだ」


ウイスキーが気管に入ってむせた。


「おい、大丈夫か? 帝王サマもむせることがあるんだな」


どこまでもいけすかない野郎である。エルドルフはゼイゼイしながら、吐き捨てるように言った。


「俺は、アムが来るまでお前のことなんて視界にも入ってなかったがな」


「だから嫌いだったんだよ。俺と仲良くしとけば、それなりに使えると思うけど」


「……俺は打算ばかりで生きるのは好きじゃない。お前は、仕事でアムのことを面倒見てたんだろう」


「そうだけど、それ抜きでもアムはかわいいと思うよ」


「アムがかわいいのは当たり前だ。自分の従者のことはどう思ってるんだ?」


「かわいいよ。二人ともかわいい」


「最低だな」


「アムのことをかわいくないって言ったら、お前キレそうじゃん。そういや、ヴォドリーはあんな小汚いぬいぐるみまで持ってたんだもんな。一途だよな。あれで、お前のことちょっと好きになったんだよ。あ、マイナスがゼロになったくらいだけど」


こいつ絶対いつか噛み殺してやると思っていたが、コグレは「いやぁ、でもよかった」と言って笑った。


「イタチはさ、俺のこと、アムに盗られまいと頑張ってるわけじゃん? かわいいと思わない? 恥ずかしいけど、他人をあんなに愛しいと思ったことないよ。ヴォドリーのおかげだ」


「そうか、よかったな」


「俺は、アムのこともかわいいって思うけど、イタチも大事だからさ」


エルドルフはチラリとコグレを見た。


「それは本人に言ってやれよ」


コグレはへへっと笑って、何も答えなかった。


「まぁ、イタチの子がお前のことをしっかり繋ぎ止めてくれたら、俺は安心する」


「ええ〜っ、なんか悪いな、本当に。お互いの従者を大事にしような!」


エルドルフは、ハァッと大きくため息ついて、ウイスキーをまた飲み干した。


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