第11話 興味。

『やぁ、アニエス嬢、元気?』


 うん、幾ら貴族令嬢でも流石に絶句するよね。

 友人の馬車に乗り込んだら知らされていない同乗者が居る、しかも同乗者は王太子なんだし。


《ふふふ、聞きたいわ、アナタの長文》


「そんな、無理ですよこんないきなりは。いえ前回も最初から用意していたワケでは無いんですが、一体、何故なんですか?」


『驚かせ過ぎるとキレが悪いね?』

《もう少し怒りが必要なのかも知れませんわね?》

「いや何故か教えて下さいませんか?」


『ふふふ、ミラと遠出すると聞いてね、僕も一緒に行く事にしたんだ』

「何故」

《もう、良いのかしら?裏を知っても》


 吠えたい衝動と興味を抑えた結果。


「ぐぅ」


 怒りと困惑が混ざり、理性が勝つと、こうなるんだね。

 眉は困惑し瞳は悲しみ、口元には愛想笑いの残骸。


『ぁあ、アーチュウとはまた違って、良い困惑っぷりだね』

《ベルナルドは険しくなってしまいますけれど、可愛らしいでしょう?》


『あぁ、そうだね』


 僕らの甘い状況に対しては、問題とは思っていない。

 そして知りたい気持ちと畏怖が表面に浮き出し、理性が勝った。


 必ず理性が勝つのは実に良い所だね。


《ふふふ、実はね、こうして見せ付けたいそうなの》

『近くには年上か慣れた侍女や侍従しか居なくてね、今のウチに出来る事を、思い出が欲しくてね。公務じゃないから大丈夫だよ、アニエス嬢』


「だとして、王都を出られて大丈夫なんですか?」

『勿論、既にかなり片付いたし、元から命を脅かされる事態では無かったからね』


「あ、そうなんですね、良かった」


 高位の貴族で有れば有る程、こうした優しさを削ぎ落していかなくてはならない。

 優しさより利益、王族より国。


 貴族に一斉に反乱を起こされては、王族などは一瞬にして消し去られてしまう。

 そして国は乱れ、後にも尾を引き、いずれ国は他の者の体の良い巣に書き換えられてしまう。


 では民はどうなるか。


 安全に暮らせれば構わない、誰が王でも、誰が支配者でも。

 良い人生なのだと思わされれば、何も知らなければ、人はどんなに理不尽な世でも生きられる。


『僕の相談役になって欲しい』


「あまりご相談に乗れる様な」

『いや、もしかしたら万が一にも僕がミラの機嫌を損ねる事が有るかも知れない。完璧であろうとはしているけれど、僕だって完璧では無い。そうした事の相談役として、友人として気軽に話し合える存在になって欲しい』


「殿下の考えるご友人とは、どんなものでしょう」

『人によって其々だけれど、君はミラの友人、バスチアンの理解者。そうした事を含む貴族はそう居ない、代えの利かない存在、だからこそ名実共に君に友人になって欲しい』


「アーチュウ様の事は加えないのですね」

『そうだね、例えアーチュウと君の関わりが無くなったとしても、君には友人で居て欲しいからね』


「もっと相応しい方が居るのでは?」

『意外と居ないんだよ。例えば辺境伯令嬢は、謂わば僕の敵、王としての資質を常に見極める存在。友人にしては目を曇らせてしまうし、逆に政治的にも遠いとなると今度は信用度が低くい、ミラの友人にしてもミラの味方をするだろう。君はあくまでも利益を考え中立を貫こうと努力する筈、そうした者こそ僕に必要なんだ』


「王太子として」

『僕個人としても』


 王太子に迫られ婚約させられそうになった時よりは、マシだろう。


 アーチュウの結婚相手はまだしも、この件の適任者は君だ。

 何に適しているのか未だに分からない部分も多いだろうけれど、少なくとも、前回よりコチラの目的は分かり易い筈。


「守る為でも有りますか?」

『そうだね、ミラの友人として守るより、僕の友人と言う大義名分の方が力は強い』


「ミラ様はどう思われますか?」

《是非お願い》


 新しく関係を築くには労力と時間が掛かる。


 そして何より、やる気だ。

 面白く学べる部分の無い者と関わる位なら、僕にはミラだけで良い。


「私の利点は?」

《私と子供の部屋を一室お願いしたいの、あのお店の様な素敵な部屋》

『一緒に見に行ってね、アレなら大金も掛からない。新しく王位に就くとなれば、どうしても部屋を用意する必要が有ってね、だからその一室だけを作るつもりなんだ。一気に揃えるんじゃなくて、子供に合わせて、ね』


 何事も一気には、それなりに問題が起きてしまう。

 だからゆっくり、じっくり、ね。


「表に名を出さないで頂けます?」

《勿論よ、商売の事は任せるわ》

『呑んでくれるのかな?』


「はい」




 何とかアニエスに部屋を任せる事が出来て、一安心だわ。


《ふふふ、ごめんなさいね、騙し討ちになってしまって》


「文句は言いたいですが、安全面を考えると致し方無いのかな、と。でも私だけに言っても良くないですか?」


《私も、驚いた顔って好きなの》

「もー」


《ふふふ、上位貴族令嬢って肝が据わり過ぎてて全然驚いてくれそうにも無いし、変に恨まれても困るじゃない?》

「私だってもしかしたら何かしてしまうかも知れませんよ?」


《あら楽しみ、驚くのも好きなの》

「もー」


《ふふふ》

「もう、向こうの心配はしなくて良いんですか?ガーランド侯爵令息と相乗りなんですよね?」


《あの方も肝が据わってらっしゃるんだもの、少なくとも顔には出さない筈よ》


「凄い教育ですよね、どうしても個人的な場になると顔に出ちゃいますし」


《分断させられているのよ、厳しくそう躾けられたから。本当はね、ウチの子にはそんな教育はしたくないの。感情と表情が一致しないと、まるで気持ちがバラバラになりそうで、私でも、もしバスチアンと無理に結婚していたらどうなっていたのか、分からないわ》


「ミラ様でも?」

《直ぐにとは言わないけれど、ゆっくり分解されて、バラバラになって。冷たい場所で本当の私は凍り付き、砕けてしまっていたかも知れない。今だからこそ分かるの、どれだけの重さが掛かり、どれだけ冷え切っていたか》


「今は暖かいですか?」

《ええ、とっても》


「監視されてたのに?」

《だって、興味も無く無視され見捨てられるより、ずっと良いもの》


「確かに、私に嫌味を言うご令嬢達も嫌でしたけど、まるで私が居ないみたいに振る舞われた事の方が、ですね」


 アニエスの瞳に、じんわりと、僅かに潤いが豊かに。


 王太子が見初めたともなれば、何処かに優秀さが有るのかも知れない、もしかすれば私より秀でた何か有るのかも知れない。

 だからこそ、耐えられるだろう、と。


 確かに優秀さは有るけれど、元は庶民の子。

 周囲全てに貴族しか居ない者とは耐久度が違う、しっかり見極め、予測していれば分かった事だと言うのに。


《ごめんなさい》

「あ、いえ、少し眠くなっただけですから」


 貴族には無い優しさを持つ子。

 シリル様が必要となさる庶民の良心、優しさ、賢さ。


《あらあら、私と居るだけではつまらないのかしら?》

「終わってしまった過去の事を語るだけなら、ですね」


《まぁなんて嫌味な子なの、罰として最近何処で何をしたかお話しなさい?》

「先ずお茶会で辺境伯令嬢達にお会いしまして、美味しいお菓子をご紹介頂いたので、早速お話を伺いに行きました。どうして稀にしか売らないのかと言うと、気まぐれでは無くどうやら問題を抱えておりまして、少しばかりお手伝いを各方面にお願いしておりました」


《あら、謎解きね?》

「はい、ですけどミラ様なら直ぐに分かってしまうかも?」


《そのパティシエは、男性なのか女性なのか、ね》

「男性ですね」


《つきまといかしら?》

「そうなんですよぉ、しかも相手は貴族位、同じ男爵令嬢として恥ずかしい限りです」


《多いのよ、準男爵から男爵に上がると途端に気が緩んで。子爵に上がろうともせず維持出来る程度の成果を出し続けるだけ、なのに娘の教育はおざなり、今度から数の制限を設けるかも知れないの》


「えー、困ります、と言うかどう決めるんでしょう?」

《どう決めるのが良いかしらね?》


「もー」

《ふふふ》


 庶民と貴族の間の子、アニエス。

 未だに庶民の子マリアンヌとは関わりたくは無いけれど、市井の声を聞く必要は有る、けれど無作為に大勢から聞けば纏まらない。


 やっぱり、どう考えても適任者なのよね、アニエスは。




「思っていた場所と違う気がするんですが?」

《そうね、気分が変わったの》


 避暑地としては最適ですが、農作物や名産品からして。


「アーチュウ様のご実家の領地では」

《あら良く勉強しているわね、偉いわアニエス》


「着くまで気付かなかった私の不手際も有るとは思いますが何も黙って連れて来る事は無いのでは?」


『うん、コレだね』

『はい、舞台に上がって欲しいんですが、どうも遠慮されているのか承諾して頂けないんです』

《凄い、お兄様が言ってた通りの長セリフ、凄い》

『あの、あまり彼女を追い詰めないで頂けると助かるのですが』


「シリル様、ガーランド侯爵令息、シャルドン侯爵令息、バスチアン様。全員、知ってらっしゃったんですか?」

『うん、今回も一石三鳥を狙ってみたんだ』


「私の驚く様子や長セリフ、アーチュウ様からの護衛……思い出作り?」

『うん、正解』


「はぁ」

《大丈夫、僕が守ってあげる》


「ありがとうございますシャルドン侯爵令息」


 長旅に挟まれる休憩の時点でも、察するべきでした。

 けど、まさかガーランド侯爵令息の弟君が居る時点で、そこまでなさるとは思わないじゃないですか。


 名だたる盟主が揃って。

 いえ、だからこそ護衛は厳重ですけども。


《大丈夫、僕は得ても男爵位になる予定だから、アニエス嬢と結婚出来るよ?》

「大変有り難いお申し出なのですが、ご年齢が近しい方の方が宜しいかと、ご結婚に至る頃には私では流石に行き遅れが過ぎますので。ありがとうございます、シャルドン令息」


『ふふふ、良い子だねシャルドン、更に面白い事になりそうだ』

「後半のお言葉が覆る事を祈っております」


 ですが、その願いも虚しく。


『やぁルージュ嬢、君の婚約者候補を連れて来たよ』


 出迎えて頂いた直後、と言うかご挨拶も前に。

 呆気に取られた後、直ぐにも自分達の事だと悟られたお2人は。


《あ、はい、宜しくお願い致します》

《ジハール侯爵家の六男、シャルドンと申します、宜しくお願いします》


 アーチュウ様の従姉妹でらっしゃるルージュ伯爵令嬢は、もう少しで13才。

 そしてシャルドン令息は8才、私より年の差は少ないですが。


 どう見ても可愛らしいお人形セットか、ご姉弟か姉妹。

 男児でもこの年までは長い髪なんですよね、願掛けと厄除けの為に。


 それにしても大変ですね、貴族は、既にこの年でお相手が決まってしまう。

 しかも、ここから好意を育てていかれるワケで。


《ふふふ、ありがとうございますシリル様》

『宜しくねベルナルド辺境伯夫人』


《はい、では先ず湯浴みにされますか、お食事でしょうか》

『湯浴みにさせて貰うよ、それから食事を頼めるかな』


《はい、畏まりました》


 私も、もし結婚した暁には、こんな風に迎え入れなければならないのでしょうか。


 無理です、こんな破天荒王太子の側近でらっしゃるアーチュウ様に嫁ぐなんて。

 策略が多過ぎて身が持ちませんよ。


《アニエス》

「あ、お久し振りで御座います、アーチュウ・ベルナルド騎士爵」


 すっかり忘れてました、ココはアーチュウ様のご実家。

 ご本人がいらっしゃるのは当然で。


 あら、他にもいらっしゃるのは。


《ミラ様、アニエス、君達もシリル様と同じ順で構わないだろうか》

「あ、はい、湯浴みを先にお願い出来ればと」

《ふふふ、じゃあ一緒に入りましょうね》


「え?」

《まぁまぁ、案内をお願いするわベルナルド夫人》

《承知致しました》


 混沌の渦中とは、まさにこの事なのでしょうか。

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