第5話 復帰。

 ミラ様は王宮で再び王妃教育、と言う名の甘い時間をお過ごしになるそうですが。

 私はそうはいきません、なんせ単なる男爵令嬢ですから。


 少しお休みを頂いた後、学園へ復帰。


 アーチュウ様とマリアンヌさんの結婚は、本当に無かった事になりましたので、とても静かなのです。

 では、どう言う仕組みかと言うと。


 書類が正式に受理されていない事は勿論、そもそも書類を令嬢や令息は見ていない、しかも誰も結婚式にすら出ていない。

 そして本来なら、子には教えるなと言われていた案件。


 つまり、そうした事を口にすると言う事は、非常に口が緩く躾けがなっていない事を自ら暴露する事になる。

 ですので、誰も噂すら口に出さなくなりました。


 切っ掛けはシリル様が自ら学園を訪問なさり、既に間者を放っている、いずれ粛清が待っているだろう。

 と笑顔で仰られた事が切っ掛けだそうです、とある方から教えて頂きました。


 その方とは。


《あ、おはようございますアニエスさん》

「おはようございます、マリアンヌさん」


 マリアンヌさんは、誰からどんな説得を受けたのか、学園に戻って来られました。

 そして今では。


『綺麗なお辞儀』

「やっぱりウチらには遠いわぁ」

《アホみたいに練習すれば良いんだよ、ねぇ?凄い練習したんでしょ?》

「ですね、家に来て下さった様々な貴族の方に、色々と教えて頂きましたから」


「先ずは、そこからかなぁ」

『貴族の知り合いって居ないからなぁ』

《居るじゃん、ココに》

「成り上がりですけどね」


「成り上がれるだけ凄いよ」

『そうそう、ウチの親にはマジで無理、私でも無理かも』

《まぁ、練習した私が言うに、すっごい大変》


 もし庶民が貴族になるなら、若しくは嫁ぐなら、どれだけ大変か。


 マリアンヌさんは特待生だからこそ、そうした特別な授業を、貴族体験をなさった。

 だけ。


 そしてその護衛にと、アーチュウ様がいらっしゃっただけ。

 と言う事になっているので、間違っても口を出すと。


『あら、仲が宜しいです事』

《本当に、そうですね》


『愛する方に手を付けた女と、良く一緒に居られますわね』

《ねぇ、もう行きましょう》


『穢らわしいわ、男を共有するだなんて』


「ふふふ、聞かせて貰ったよ、今の暴言」

「あ、カミーユさん、お久し振りです」


「久し振りだねアニエス嬢、ご両親はお元気かな?」

「はい、お陰様で元気ですし感謝も。あの、どうしてココへ?」


「王命でね、監視に来てたんだ、こうした下劣な子について王へ報告する為に」

《そ、あ、違うんですこの子は、その、両親が不仲で》


 あ、本当に、不仲でらっしゃったんですね。


「だとしても、残念だよ、君のせいで家が潰れる。見下していた、いや寧ろ羨んでいた庶民になれるよ、良かったね」


 あぁ、シリル様みたい。

 笑顔で怖い事が言えるって、凄いですよね。


「あ、失神を、羨ましい」

《羨ましいんだ?》


「だって都合が悪くなると出来るだなんて便利過ぎません?」

《結構、棘が有るよねアニエスさん》


「あ、失礼しました、医務室へ連絡してきますね」

『じゃあウチら行ってくるよ』

「そうそう、その美人さんと知り合いなんでしょ?待ってて待ってて」

《あ、足上げておくと良いんだって、持つよ》

《そ、あ、ありがとうございます》


 私達は意外と仲良く出来てるんですよね、庶民の子女の方が大きい事に巻き込まれたんだな、と妙に冷静でして。


「意外と良い子だね、マリアンヌさんは」

《あぁ、でも私、悪態と唾を吐く様な子ですから。それこそ騎士様のお嫁さんですら、死んだって無理ですよ》

「そうですかね?図太さって大事だと思いますよ、それに見切りの良さも、一大事にしっかりと舵を切れるのは大事ですから」


「そうだね、近衛の騎士爵ともなれば、同性異性両方から狙われる事も有る。知り合いなんかはね、同僚の親戚筋に家庭内に入られて大変だったんだよ、家事をした事が無い令嬢が家事を教え込まれ、手をあかぎれまみれにさせられてね」

「ぅう痛そう」

《荒れない人は荒れないし、荒れる人は荒れちゃいますからね。でもちょっと羨ましいかも、私は荒れないから》


「私も慣れなのかあまり、でも苦労が表に出ないって、確かに良い時と悪い時が有りますからね。その方は荒れ易い方で良かったのかも知れませんね」

「そうそう、中には荒れなくて気付かれなかったのも居てね、離縁になってたよ」

《あぁ、そっか、貴族だからこそ、あんまり一緒に居られないんですもんね》


「そうそう、一緒に居れば苦労が、分からない者も居るから厄介なんだよね。貴族でも庶民でも」

《そこも、そっか、生まれより育ちですもんね》


「そうそう、よしよし」


《あれ、どっかでお会いしませんでした?》

「もしかして兄の事かな、料理が美味しい店に通ってたって聞いてるよ」


《あ、かもかも、ルイさんって名前なんですけど》

「うん、ウチの兄だね。食べに行ったら宜しく伝えておいてくれって、暫く地方を回らなきゃいけなくてね、私がコッチに配属される事になったんだよ」

「おぉ、凄い巡り合せですね」


《ウチ、今度から美人さんにもサービスする様にしたんで、是非来て下さい。ルイさんにもお世話になったし》

「是非そうさせて貰うよ」


 ルイさんは先生と一緒にウチに来て、それこそお辞儀の練習にも付き合って下さった方で。

 カミーユさんとは数回しかお会いしていないんですが、相変わらず美人さんなんですけど、ルイさんとはあまり似てないんですよね。


『呼んで来たよー』

「直ぐ担架持って来るってー」


 もう、コレで騒動が全て収まると良いんですが。

 何だか胸騒ぎと言うか、暫く収まらなそうな予感は、気のせいであって欲しいですね。




《カミーユ子爵、口説くのに邪魔なんだが》

「そう邪険にしないでくれよ、それに、そもそも邪魔はしてないじゃないか?」

「お知り合いなんですね?」


《まぁ》

「学園で一緒だったんだよ、少しの間だけだけれどね」

「そうだったんですね」


「けれど家の事情も有って、ね」

「アーチュウ様はどんな方でしたか?」


「そりゃもう、このままだよ、だたもう少し背は小さかったけれど。その頃から、モテモテだったね」

《カミーユ》

「成程、アーチュウ様、その頃の絵姿は有りますか?」


《ぁあ、まぁ》

「ほら、邪魔してないじゃないか。もう少ししたら長期休暇だ、彼の実家に見に行こうか」

「はい」


「ほら」

「ふふふ、仲が宜しいんですね」


「そうだね、私にとっては懐かしい顔だし、中身も良い意味で変わっていない稀有な存在だからね」

「やはり大人になると変わるものですか?」


「そうだね、貴族も庶民も、変わる者はガラリと変わるし。変わらない者も居るね」

「それは良い事なのでしょうか?」


「事情によるねぇ」

「ですよねぇ」


「そうだ、彼の実家の領地に行くんだし、少し服を仕立てよう」

「はい」


 なまじ協力されてしまうと、本気で追い払うのが難しくなってしまう。

 そこを敢えて、この子爵は。


 本当に、アイツと似た性格をしていて困る。


「じゃあね、アニエス嬢」

「はい、では失礼致します」

《あぁ》


 未だに信頼に対する問題が解決していないと言うのに。


「そう恨めしそうな顔をしてくれるなよ」

《まだ結婚していないのか》


「そうだよ、君の為にね」


《アニエスの前では絶対にそうした冗談すら言わないでくれないか、子爵》

「こうやってカサノヴァ家を恐れないから面倒なんだよね、騎士爵って」


 カサノヴァ家が絶対に手を出さない部門が有る、それは武門。

 防衛や騎士職に関する事柄には決して関わらず、どんなに要請されようとも職にすらも付かない。


 表向き王室とは関係が薄い筈のカサノヴァ家が。


《何故、この学園に関わる》

「王命だからだよ、本当に」


《まさか本当に教員として》

「うん、そのまさか。次代が気にしてらっしゃってね、間違っても君が誰かを妊娠させてはいけないし、序でに学園の掃除と庶民の補佐にって」


《一石三鳥か》

「そうそう」


《だが、カサノヴァ家は表には出ない筈では》

「今までは、ね。そろそろじんわりと表に出ても良いかなと、ココはココで便利な場所だからね。出来るだけ綺麗に保ちたいのは本当だよ」


 あのレオ・ジハール侯爵すら恐れるカサノヴァ家が、表に。


《そこまで腐っているのか》


「腐敗の速度は恐ろしい程に早いんだよ、それが人にとって過ごし易い環境で有れば有る程、腐敗の侵攻速度は早くなる。そして汚染は地に染み込み、少し離れた場所にも感染し、アチコチが腐り落ちる」


《そんなにか》

「冗談だよ、けれど見えている腐敗が全てじゃない、根腐れって言うのは見えない所で進む。君も念には念を入れて、じっくり周りも観察した方が良いよ、アニエス嬢の為にもね」


《分かった》

「じゃあね、君は帰るんだろう」


《あぁ》

「来客に宜しく、じゃあね」


 来客の予定は無い筈だが。

 一体誰が来ると言うのだろうか。


《あぁ、ジハール侯爵でしたか》

「そうか、ベルナルド君もカミーユ子爵に会ったのか」


《はい》


「少し、息子の事が気になってな」

《そうでしたか、ですがあまり関わりが無いので》


「アニエス嬢とは、どうなんだろうか」


《俺が、ですか、それとも》

「まぁ、その両方だ」


《俺は、信頼を得る事がこんなにも難しい事なのかと感じています》


「そうか」

《御子息に関しましては、演劇団創設の為に奔走しており、勉学も励んでいらっしゃるそうで。部活動にて、週に1度、お話し合いをされておられます》


「では、息子の相手はアニエス嬢では無いんだな」

《俺の見る限りでは、他のご令嬢とも、そうしたお付き合いは一切無いかと》


「そうか」


《あの》

「信頼を得る事は、非常に難しい、なまじ好意が有るなら尚更。しかも相手はアニエス嬢、打算も計算に入れられ、妥協されてしまう可能性も考慮しなくてはならない」


《はい》

「ありとあらゆる手段を講じ、その果てにやっと、対話が可能となる場合も有る。贈り物は相手の事を考え、選びなさい」


《はい》


「相談に乗ってやる、偶に息子の事を聞かせてくれ」

《はい、畏まりました》


 一体、何が有ったと言うのだろうか。

 それとも、コレから何か起きるとでも言うのだろうか。

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