第4話 処遇。

 僕の処分は廃嫡、本来なら国家転覆罪により死刑、でもおかしくは無かったのだけれど。

 相応に王室の情報を持っている事、今まで費やした時間と人手と金が勿体無いから、と庶民では無く貴族に落ち着く事になった。


『ですが、殺した方が早いのでは』

『それも勿体無い、そもそも国家が転覆する可能性が有ったにせよ、状況からしてその可能性は少なかった。しかも、本来の望みは国家転覆罪を暴く為、本当に良く練ったよね』


『それすら乗っ取られましたけどね』

『じゃないと君は死ぬつもりだったでしょ?ほら、やっぱり勿体無い』


『ですが偽者ですし』

『王の血筋としては、だけね。例え偽物でも良く磨かれたガラス細工には価値が有る、平民の血でも十分に王室へ並ぶ事が可能だと示した良い見本、生きて良き見本だと示し続けるべきだと思うよ』


『それでも、ミラ様の事は』

『君が男色家なのは流石に分からなかったけれど、君がミラに興味が無い事は十分に分かっていた、だから寧ろ僕に気を遣わせて悪かったとすら少しだけ思った程だよ。興味が無い相手に好意を示す事は、苦痛以外の何物でも無い筈だからね』


『すみません』

『問題はアーチュウだよ、僕のミラの心を少しでも奪ったんだから、何度殺しても殺し足りない。何か良い方法は無い?』


 ジハール侯爵から恐るべき王太子、だとは聞いていたけれど。


『苦しめたいんですか?』

『うん、出来るだけ同じ苦痛を味あわせたいだけ。でも時間を掛けるとアニエス嬢の負担になる、そうなるとミラが気に病むから、ミラが気に病まない程度に僕が味わった辛さと同等の苦痛を感じて欲しい』


『それは、何故でしょう』

『八つ当たり。と皆は言うけれど、アーチュウと僕は仲間で友人なんだから、同じ苦痛を味わって当然じゃない?』


『でしたら僕も』

『君は既に他の事で苦痛を味わったし、十分に想像が出来るでしょ?』


『そう僕は誰かを想った事は』

『ガーランド君を凄い気になってるじゃない、だからもう分かるでしょう』


 王室の姉達も察しが良いとは思っていましたが、ココまでとは。

 一応、僕は気取られない様に躾けられた筈が。


『すみません、まだ修練が足らず』

『僕だけだろうから大丈夫だよ、それに大して気にする事でも無いんだし』


『幾ら、多くのご家族が居るからと言っても』

『言い訳や理由にされる側にもなりなよ、それに、そこまでして子供を苦しめたいだけの親に育てられたと思う?大概の親の願いは良い子になれ、良い人間に子供が愛される様になって欲しい、だけ。性別が問題にならないなら、それは単なる君の言い訳だよバスチアン。やらない言い訳を探している限り、君は何も変わらない、偽者のままだよ』


『その強引さも、王室譲りですよね、姉達にそっくりですよ』

『そこが一緒かぁ、でもコレも結局は王室関係者だって言う権威ありきだし、以外と庶民に通用しないんだよね』


『まさか市井に』

『そりゃそうだよ、馬を飼うのに馬を知らなきゃ上手に飼えないじゃないか、しかも伝聞には必ず抜けが有るだろう前提で聞きなさいって言われてるんだし。本当、君も行った方が良いよ?』


『私ならまだしも』

『折角だ、よし一緒に行こう。ついでに君の内通者を紹介して』


 最初から、こうするつもりだったのだろう。

 庶民の服を既に用意させていたのだから。


 恐ろしい、底知れない。


『分かりました』




 一応は庶民の格好をし、バスチアンが使っていた馬車で庶民街へ。

 兄弟水入らず、と言うワケにはいかないけれど、出掛けるのは実に楽しい。


 外には侍従としてアーチュウ、御者には近衛。

 そこへ、兄弟2人だけの馬車へと乗って来たのは。


「あぁ、どうも、カミーユ・カサノヴァと申します。どうぞお見知りおきを」


『やぁカミーユ、相変わらず男か女か分からない名前だね』

「気に入っているんですが変えましょうか?」


『勿体無い、中性的な君に良く似合う名前だよ』

「嫌味だか褒めているのか、立場が変わっても変わりませんね」


『やはりお兄様も知ってらっしゃるんですね、子爵を』

『そうだね、うん、子爵こそ外の内通者だし』


『あぁ』

『大丈夫だよ弟よ、僕は途中から少し噛んだだけ、外殻の立案と実行は子爵だよ』

「いえいえとんでもない、私も所詮は駒ですから」


『そうなんですか?』

「勿論、コレだけの案を立て実行するのは、私だけでは無理ですから」

『何処までが本当なんだろうね?』


「そんなに信じられないなら友人を辞めて頂いても結構ですよ?」

『ほらコレだ、立場と言うモノが如何に使い勝手が悪いか。本当に君は薄情者だね?』


「はい、良く言われます」


 王位継承権を持つ者だけが知り、協力を仰げる貴族の1つ、カサノヴァ家。

 裏であり影であり、国を揺るがす者への対抗者、国を守る真の守護者。


 王侯貴族の味方では無く、国民の為に存在する、真の貴族。


『僕が言うのも何ですが、もう少しどうにかならなかったのでしょうか』

「それには海よりも深い事情が御座いますので、申し訳御座いませんが、現時点では今回の流れで精一杯です」

『あまり表立っては動けないし、情を完全に切り捨てる判断はしないからね』


「それらは国の代表者の役目ですし、大河に一石を投じても流れは変えられませんから」

『僕は構いませんが、アニエス嬢が』

『そこも大丈夫だよ、ね』


「はい、優秀な者の補佐も大事な役割ですから」


 何処まで計画がなされていたのか。


 それは正直、僕にも分からない事なんだよね。

 けれど予測は付く。


 少なくとも、僕らが生まれる前から、大きな計画は進行を続けているのだろう。


『はぁ、不釣り合いな座から降りられた事に、心から感謝します』

『あ、そうそう、そこだよ。ガーランド君とどうにかしてあげられないかな?』

「構いませんよ、女性になる気は無いですか?バスチアン」


『一体、何を仰っているのか』

「念の為の確認です。もし願いが叶うなら、女性としてガーランド君に抱かれたいか、女性となったガーランド君を抱きたいか」


 ふふふ、悩んでいるね。

 と言う事は、やっぱり好きなんじゃないか、ガーランド君の事を。


『もし、何もかも新しくなれるのなら、その条件が女性として生きる事なら。彼に、愛される、女性になりたいです』


 欲望や願望を真っ直ぐに理解し、素直に言える者を僕は信頼している。


 時に人は自らの欲望を曲解し、錯誤する。

 要するに愚か者は嫌いなんだ。


「では覚悟を示して頂きましょう」

『つまりは、もう少し働いて欲しいと言う事だね』

『はい、承知致しました』


 うん、このタイミングで良かったみたいだ。

 償い、罪悪感と欲望の良い割合が心を占めている。


 実に便利な状態だね。




「やぁ、ジハール侯爵」


 王宮内では、爵位に関係無く挨拶が交わせる。

 定形的な儀礼を厳守していては、職務に差し障りが出てしまう。


 だが、ココまで気軽なのは困る。


「カサノヴァ子爵、ラフ過ぎです」

「私はどう思われても構わないから気にしないで、お茶にしよう」


 カサノヴァ家が接触して来ると言う事は、非常事態か、頼み事が有るか。


「どうぞ」

「どうも、良い香りだね、アッサムが大好きだと良く覚えてくれていたね」


「アナタ様の母上に叩き込まれましたから」

「脳筋だったそうだからね、けれど今はとてもそうは思えないよ」


 先代子爵と知り合ったのは、私が結婚した直後。

 王命により結婚式の直後に遠征を言い渡され、望まない政略結婚だと反発していた私は、僻地から贈り物すら届けさせなかった。


 そうした行動、結婚後の言動に行動から。

 妻が蔑ろにされる等とは夢にも思わず、魔獣狩りを楽しみ、上司に誘われ女と酒や夜伽を楽しんでいた。


「若気の至りと言えど、お恥ずかしい限りです」


 遠征を終えたのは3ヶ月後。

 気が重い等と軽口を同僚と言いながらも家に帰ると、出迎えた妻の手は真っ赤になり、血が滲んでいた。


 彼女は使用人に虐げられていた。


 使用人は双方の親が選別し、問題が無いとされる者ばかりを揃えていた筈が。

 幾人かが入れ替わっており、彼女は躾けのなっていない下品な女だ、と信じ込まされていた。


 確かにそうした噂は有ったが、私は信じてはいなかった、どうせ妬みからの軽口だろうと。


 けれど私を守ろうとした使用人達は、私が贈り物すら届けなかった事で、噂を信じてしまった。

 そうして彼女を半ば躾けのつもりで、虐げていた。


 だと言うのに、彼女は文句も何も言わず、家を出る事もせず。


 その理由を尋ね、更に絶望した。

 この私に惚れたからこそ、喜んで嫁いで来た。


 しかも実際に家事をした事が無いからこそ、いずれ上に立つ者の嫁になるにはすべき事だと言われ、その言葉に納得しての事だと。


 あまりの健気さと罪悪感、気恥ずかしさから使用人達を皆殺しにしようとした時など、必死に止めてくれた。

 そこで使用人達はやっと自分達が間違っていた事を知り、謝罪。


 そうして穏便に事が済めば良かったのだが、問題が有った。

 入れ替わった中に、同僚の親戚筋が居り、どうやらそれが裏で糸を引いていたと。


 その知らせを伝えに来たのが、カサノヴァ家の先代当主、アレキサンドラ・カサノヴァ。


 秋を思わせる紅葉色の髪に、気品と気迫溢れる女傑が、妻の友人だとして家に来た。

 そして件の使用人達を呼び出し、私の同僚の名に覚えは無いか、と。


 使用人達が真っ青になった瞬間、彼女は事の真相を話し始めた。


 下品でふしだらだとの噂を流し、結婚したと聞けばこの家に間者を仕込んだ。

 そうして私との離縁後、囲い、妾にする為の罠だと。


 その同僚の家には、確かに奥方の友人が侍女として働いている事は知っていたが。

 まさか、そうして今まで幾人かを嵌めていたとは。


 だが、実際に囲えたのは数人。

 殆どは仲違いする事は無く、それなりにやっている、と。


 けれどもウチでは、相変わらずぎこちないまま。

 それは全て間者により、私には妻への好意が全く無い、と妻が誤解していたから。


 罪悪感から抱く事も出来ず、そもそも私が贈り物をしなかったばかりに、妻に多大な苦労を掛けてしまった。


 そして問題の仲裁に入って頂いたカサノヴァ家には、今でも頭が上がらない。


「ふぅ、どうですか、奥方とは」

「お陰様で、仲を取り持って頂き、今でも感謝しております」


 もう既にコチラに負い目が有る以上、贈り物は全て償いにしか思われない。

 その問題を解決して下さったからこそ、まだ幼い子も家で賢く待ってくれている。


「君の息子が欲しい、ガーランド君をね」


「あの子はまだ」

「今直ぐにでは無いけれど。彼は演劇団を作ろうとしているよね、その決断をカサノヴァ家が支援する、対価は彼自身」


「ですが」

「悪い様にはしないつもりだけれど、信用ならないんだろうか」


「恩を、未だに返し切れているとは思えません、だからこそ」

「君の恩は君が返すべきだ、子に背負わせる趣味をカサノヴァ家は持ち合わせていない。どうする、子とカサノヴァ家を信頼するか、カサノヴァ家から一切守られないか」


「あの子には、幸せになって貰いたいんです」

「勿論、幸せにするよ」


 カサノヴァ家が潰したとされる家は、1つ2つの話では無い。

 時に潰された者の口からは、カサノヴァ家こそが国を動かしているのだ、と。


 しかも、王太子が交代した件でも、既にカサノヴァ家の名は出ている。


 味方にすれば頼もしく、敵となれば最大の恐怖となる。

 王族は滅多に命を取らないが、カサノヴァ家は。


「もう、会えなくなるのでしょうか」

「いや、大丈夫だよ、しかも運が良ければ孫にも会えるかも知れない。良かったね、彼はあまり家族を持とうとは思っていない中で、彼を見初めた者が居たんだよ」


 まさか。


「まさか、王族に連なる」

「大丈夫大丈夫、王族じゃないから。どうする?ウチはどちらでも構わないよ」


 息子が家族を持とうとしていない事には、薄々気付いてはいたが。

 そうか、見初めて頂けたのか。


「いえ、どうか、息子を、宜しくお願い致します」

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