第12話 地方警備隊員、マルタン・プワリエ。

「凄い量の手紙じゃないっすか、さっさと出せば良いのに」


《マルタン、俺に構う前にさっさと訓練に戻れ、量を増やすぞ》

「えー、だって気になるじゃないっすか、書いても出さないって。もしかして金が無いんすか?」


《そんなに訓練量を》

「金、貸しましょうか?」


《金は有る》

「なら何で出さないんすか?」


《事情が有るんだ》

「あ、じゃあ俺が代わりに出しましょうか?」


 関わるなとの王命から、俺からアニエスへと手紙すらも出せなかった。

 そして勿論、アニエスからの手紙も無い。


 代わりに来るのは、偽装結婚相手のマリアンヌ嬢から。


 何としても説明がしたかった。

 誤解していないとしても、俺の為に、弁明がしたかった。


 だが、アニエスを巻き込む事になってしまう。

 けれど。


《コレを、ココへ頼みたい》

「あー、女性っすか、浮気っすか」


《以前の護衛対象だ》

「あぁ、王太子様の婚約者様っすか、ならそのまま出したら、やっぱり浮気っすか」


《もう良い》

「もー冗談ですってば、出します出します、俺の字と俺の名で出します」


《他言するなよ》

「うーっす」


 誰に見られても問題は無い内容を、ミラ様へ、そしてアニエスへ届く様にしたが。

 分かってくれるだろうか。


 それとも、もう忘れ去られているんだろうか。




「今度も素敵でしたよ、ガーランド侯爵令息」

『ありがとうございます、アニエス男爵令嬢』


《本当に、堅苦しい、全く色気の無い付き合いなのね》

「当たり前じゃないですか、下位と上位ですよ?礼節を持って接する事こそ、お互いの為になるんですから」

『何処かの誰かに聞かせて差し上げたいですね』


《本当に、ね》

「何か問題が?」

『社交界での噂です、やはり庶民には貴族との結婚は未だに、難しい、と』


「あぁ、マリアンヌ嬢の事ですか」

《大丈夫よ、アーチュウ・ベルナルド騎士爵は僻地よ、はいお手紙》

『あぁ、ラブレターですね、でも何故ミラ様を、あぁ、一応は既婚者でしたね、成程』


「あまり、読みたく無いんですが」

《だと思ったわ、読んで差し上げて、ガーランド侯爵令息》

『はい、畏まりました』


「ちょ、読みます読みます、だから読まないで下さい」

『大丈夫ですよ、僕らが居ますから』

《そうよ、いざとなれば私が引っ叩いてあげるわ。ほら、さっさと読みなさい》


 半ば強引に読まされた手紙には。


 【自分の心にはただ1人だけ、それは今でも変わらない。】


 と、誰の事だとか何の事だとか、余計な事は一切無し。

 本当に、ただ、それだけ。


『大丈夫ですか?』

「あ、はい」

《折角なのだし、ガーランド侯爵令息にも読ませて差し上げたら?》


『いえそんな、とんでも無い』

「いえ、どうぞ」


『失礼、します』


 ガーランド侯爵令息が少し頬を赤らめつつ手紙を受け取り、読み終えた後は何とも言えない表情に。

 もしかして私より、期待なさってたのでは。


《ね、無難でしょう》

『ですね、ミラ様を尊敬なさってるとも取れますし、国への忠誠を誓っているに過ぎない文章にも思えますけど。もう少し何とかならなかったんでしょうか?』


《元は私へ来た手紙、しかも幾ばくか細工されて届いたモノ、コレ以上はあらぬ誤解を招くわ》

『ですけど、コレはミラ様に届けられた手紙なんですよね?』


《私とアニエスは仲良くなれるだろう、そう言ったのは彼、渡すと分かっていての事よ》

「確かに言ってましたけど、てっきりお世辞だとばかり」


《あら、私は気が合うと思っていたのだけれど、アナタは違うのかしら?》

「それは、烏滸がましいのでは?」

『爵位だけで関わる者を決める程、我々は低俗ではありませんから』


《そうよ、なのに誤解されて》

「あ、違います違います、もー、直ぐに拗ねたフリをなさるんですから」


《だってアナタが甘やかすから、つい》

『知らない者にしてみればミラ様が虐められている様に見えますけど、実情は真逆ですからね』

「そうなんですよ本当、直ぐに脅すんですから」


《だって私、兄弟姉妹が居ないのだもの、良いじゃない、ねぇ?》

『分かります、僕にも姉と兄しか居ませんから』

「妹で姉扱いって、何か不思議ですね?」


《そうね、ふふふ》


「あの、もしお返事を出す場合は」

《あら、良いの?返事を出せば期待させる事になってしまうわよ?》


「ぅう、それは」


『もし、爵位の事で悩まれているのでしたら、僕らもお手伝い出来ますし。そもそも上位貴族の妻としては十分に問題無い振る舞いが出来ていると思いますし、それに、完璧な上位貴族は存在しませんよ』

《そうよ、本当に私が完璧なら、しっかりと王太子の心までも掴み続けられていた筈。完璧な者は存在しないわ》


「でも、王様や王妃様は」

《もし完璧なら、あんな王太子が本当に存在しているかしら、ね》

『何かしらの問題を超えられない、だからこそアレなんだと思いますが、もしかすれば敢えてなのかと』


《アナタ、まだそんな事を言っているの?》

『確かに確証は有りませんが、可能性は0じゃないじゃないですか』


《でも、それは流石に》

「あの、一体?」

『王太子が敢えて愚か者を装っているかも知れないって事です』


「あぁ、だと良いなとは私も思いますが、そうなると私へ僅かにでも感じた好意は一体何なのか、と言う新しい疑問が浮かんでくるのですが」

『そこは全く偽装する事は不可能だと言う事で、手軽な相手を2人、選んだだけでは無いかと』


「手軽。ぁあ、ミラ様ではバレてしまう何か、ですか」

『はい』

《けれど、私にはそう思えないのよね》


『そこも、既に幼い頃から装ってらっしゃったのかも知れない、と』

《だとしたら良いのだけれど、ね》

「それなら鬱憤は晴れ溜飲も下がると言うものですが、私は半々で居たいなと思います」


《あら優しいわね、私は2割も期待出来ないわ》

『でも装っていたら、ご結婚はどうなさるんですか?』


《無しね、残っていた情すら消し飛んでしまったもの、私は降りるわ》

「それもそれで少し勿体無いですね、王妃教育もなされていたんでしょうし」


《何も王妃にしか使わない事では無いもの、幾らでも有効活用の術は有るから問題無いわ》

『あ、そう言えば今日は何の集まりでしたっけ』

「作家先生の新作の感想会では?」


《アナタすっとぼけるのが本当にお上手ね?》


「あ、返事でしたっけ」

《どうするの?》


「待ちます、国政に障ってはいけませんし、黙って違う方と結婚した罰です」

《そうね、ほっときましょう》


『良いんですか?このまま結婚を継続する可能性も』

《無いわね、もし万が一にも有れば私は、見放すわ》

「そうですね、私もです」


 国も王室も私は見放します、そして他国にでも嫁ぎます。

 このままバスチアン王太子殿下が継ぐなら、どうせ国は衰退するだけなのですから。




《はぁ》

「大変だね、意外と貴族も」

『本当、お疲れ様、マリアンヌ』


《もー、他人事だと思って》

「だって他人だし」

『私達は同じ庶民と結婚するつもりだし』


《そんな、一緒に貴族になろうって》

『だって色々と覚えなきゃいけないし、私達が特待生として入れて貰った技能とか才能だって、貴族にも居るには居るし、上には上が居るし』

「どっちかって言ったら、庶民の中でチヤホヤされる方が楽だしね」


《そんな、無理だよ、ただでさえバカにされてるのに》

「バカにって、しょうがないじゃん、出来なければ貴族だって認めて貰えないんだし。コレでも騎士爵、王室に至っては幾ら妾だって、絶対に厳しいに決まってるじゃん」

『だから頑張れ、庶民から貴族になれたんだし、マリアンヌならやれば出来るって』


《もう、私、無理だよ》

「でもやるしか無いじゃん、もう騎士様の妻なんだし」

『はい立って立って、次のお茶会が待ってるんだから』


《嫌だ》


「あのさ、私達が怒られるんだよね」

『庶民は結局庶民に甘い、だとか貴族を舐めてる、とか私達まで罵られるんだからね?』


《でも、だって》

「じゃあココでズル休みして、王子様と騎士様の顔に泥を塗るの?」

『今更捨てられて本当に生きていけるの?』


《だって家も、店も有るし》

『アンタが処女でヤらせてくれるかも知れないから男達は通ってくれてたのに、本当に客が戻って来るとでも?』

「マリアンヌが結婚してから、売り上げ半分だっておじさん達が言ってたよ?」


《そんな、だって皆美味しいって》

『アンタ込みでね、まさか本気で料理に自信が有ったワケ?』

「なら、どうして王宮料理人を目指さなかったの?」


《何で、2人して》

『心配して言ってあげてんじゃん、どうしてそう被害者ぶるわけ?』

「本当に心配してるんだよ?ね?今日はお茶会に出て、取り敢えずは王子様に相談しよう?」


《ぅん》


 優しくしてくれると思ったのに。


『君は、僕との愛の為に頑張ってくれると思っていたんだけれど、難しいかな』


《そんな、頑張ってるし、頑張ってるけど》

『なら、もっと頑張れるよね、アニエス嬢だって元は庶民。ミラだって貴族と言えど王妃になる為に頑張って功績も立てた、せめてアニエス嬢程度までは、マリアンヌでも頑張れるよね』


《でも》

『凄く残念だよ、僕への愛がその程度だなんて。それとも、君も、バカな庶民の様に貴族を舐めていたのかな?』


《違うの、ごめんなさい、頑張るから、だから》

『なら頑張れるよね、最低限、礼儀作法はしっかりしていてくれないと。このままじゃ永遠に誰にも愛されないまま、死ぬまで騎士様のお飾りの妻のまま、だよ』


《そんな、頑張るから》

『すまないね、今日はコレからアニエス嬢を誘わなければならないんだ、分かってくれるよねマリアンヌ』


《ねぇ、ちゃんと私を好きだよね?愛してるよね?》

『勿論だよ、でなければこんなに苦労はしていないよ、僕も大変なんだ、分かってくれるね?』


《ぅん》

『良い子だ、礼儀作法の相談なら貴族の侍女に、大丈夫、君が良い子ならちゃんと分かってくれる筈だよ』


 貴族って楽だろうって、何も知らなかったのに、勝手に思ってた。

 ごめんなさい、ミラ様、アニエスさん。

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