第11話 演劇部顧問、マチルダ・ロシニョール子爵夫人。

 流石に騎士様だから無理かもって、カサノヴァさんが言ってた通りだったけど。

 まぁ、もう働かなくて良いし、コレで私も貴族になれたし。


《もー、そんなに警戒しなくても良いじゃないですか、もう何もしませんってば》


《だとしても、2度と俺に近寄らないでくれ》

《はいはい、純潔の騎士様ですもんね》


 やっぱり貴族って嫌だな。

 嫌味ったらしく大きな溜息をつくんだもん。


《私室には来ないでくれ》

《はいはい》


 好きな時に好きに寝て、好きに起きて食べて、偶に本を読んで終わり。

 貴族って飽きないのかな、もう飽きたんだけど。


「マリアンヌ様」

《もーマリアンヌで良いってば》

『あの人、凄いカッコイイのに童貞なの、マジ残念だよね』


《本当、あの人より年上だし、経験有ると思ってたのにガッカリだよ》

「しかも潔癖とか、真面目過ぎ」

『貴族の真面目アピール、マジでウザいよね』


《ね、どうせバレないし、今は薬だって有るのにね》

「でもさ、利かなくなるって先生が言ってたじゃん」

『どうせ脅しでしょ、あの劇だってそうじゃん、結局マリアンヌは騎士様と結婚出来たんだし、こんなんで国が滅びるワケ無いじゃん』


「だよねー」


 こうして暇だったのは、初日だけ。

 次の日からは。


『では、授業を始めます』


 家庭教師が付いて、貴族の礼儀作法の授業が始まった。

 しかも日の出から日暮れを過ぎても、食事の作法に挨拶、お辞儀に言葉遣い。


 それから知識と教養にって本を読まされるし、感想文を書かされて、文字の綺麗さにまで口を出してくる。


 友達が居なかったら折れてたと思う、本当。


《ねー、アーチュウさん、もう少し加減して貰えないかな?》

《王太子の妾を舐めているのか?》


《だって、一緒に居て愛されるのが仕事だって》

《何も学ぶ必要が無い、と言われたのか》


《別に、そうじゃないけど》

《王太子の妾になる前提で期待なさっての事だろう、だが無理ならアナタが直接王太子に提言すれば良い》


 それでじゃあ要らないって言われたら、私、どうなるの?


 きっとカサノヴァさんにも捨てられるし、結婚したから学園にも戻れないし。

 また、毎日店で働くだけ。


 きっと、侍女になってくれた友達も、居なくなる。


《何よそれ、頑張るしか》

《アニエス嬢は独りで頑張っているがな》


《だってあの子は貴族じゃん》

《いや、最初から貴族だったワケじゃない、元は庶民として産まれた》


《えっ?じゃあ成り上がりなんだ》

《あぁ》


 何か、ちょっと悪い事したかな。


《でも、今は》

《アナタもだ》


《そうだけど》

《文句が有るなら王太子へ、下がってくれないか、邪魔だ》


《あ、はい》


 この1週間、書類と本と、ずーっとにらめっこしてんの騎士様。

 それか侍従と何か話してるか、何か書いてるか。


 一応、アニエスより私の方が可愛い筈なんだけど。

 何で皆あの子の事を気にするんだろ。




『どうだい、新婚生活は』

《何処かの僻地に飛ばして下さい》


『良いよ』


《最初から》

『少しは分かってくれた?僕の辛さ』


《ですから俺に直接》

『してるじゃないか、ただ君は一応腕が不自由な事になっているんだ、そこへ更に怪我をさせては君へ同情が向かい過ぎるし単なる間抜け扱いにもなりかねない。追々だよ、追々』


 今までに無い程アーチュウは疲弊し、やせ細っている。

 意外と繊細らしい。


 あの落雷のアーチュウでも、ココまで削がれる相手とは、相当の女なんだろうねマリアンヌ嬢は。


《任期は》

『今から、急遽決まって良かったね』


《全て計画通りなんでしょう》

『あー、良いのかな、他の者に任せても良いんだよ?』


《承知しました》

『うん、行ってらっしゃい』


 少しは君も、物理的にも長く離れてみれば良いんだよ。

 アニエス嬢の為にもね。




『あら、護衛騎士を取られちゃって、ざまぁ無いわね』

《そうですわね、王太子から会いに来られる様子も無いですし、可哀想ですけれど弄ばれただけかも知れませんわね》


『あー、可哀想だわ』

《ですわね》


 アーチュウ・ベルナルド騎士爵の護衛が無くなった頃、王太子からの接触も無くなり、護衛も無くなり。

 ミラ様と一緒に居ない間は、再びこうして嫌味を言われ、遠巻きにされ。


 人は、火のない所に煙は立たぬ、そう思わなければ心の安定を保てない。


 だからこそ、本当に火のない所から煙が立ったとしても、俄かには信じない。

 そんな、あまりにも不条理な事がまかり通っては、心の平穏をかき乱されてしまうから。


 だからこそ何もしていない私を疑う、まさか王太子が愚かでは、いずれ国が傾くと分かっているから。


 その理屈は分かってはいます。

 でも、私は本当に何も。


「私から話し掛けた事も無いのに、こんな事、皆さんも同じ目に遭えば良いんですよ。分かりますから、いつか、こんなにも不条理な事を仰っていたのだと」


 呪いの言葉の様に、私は独り言を吐き出してしまった。

 いえ、呪われれば良い、そう思っている。


 不条理には不条理を、呪詛には呪詛を。




《誤解しないでアニエス、コレは明らかに政略結婚だもの》

「私は、あの、寧ろミラ様こそ、大丈夫ですか?」


《私は、私は寧ろダメね、王室への不信感と苛立ちが募って爆発しそうだわ》

「あ、今週のお勧めの本です、激甘モノですので」


《こんな時に読む気になれない内容ねぇ》


「あ、じゃあコチラ、スカッとする」

《ソッチが良いわ、ありがとうアニエス》


「いえいえ」


 私達は、お互いに気を逸らし合いながら、時に沈黙を続け時に他愛の無い事を話し合い。

 ただ静かに、時が過ぎるのを待った。


《今度は、コレの舞台が見たいわね》

「ですよねぇ、長いのも良いんですが、こうして短期間にスッキリするのも良いですよね」


《全て、こうして物語の様に、直ぐに終われば良いのだけれどね》

「実際はしがらみまみれでしょうから、いっそ絡まった糸を丸々捨ててしまえれば良いんですが、金糸ですとそうはいきませんからね」


《あぁ、確かにそうね。あのいばら姫は、つまり外の血を入れる、世代交代の寓話なのね》


「成程?」

《糸車は家系や血筋、けれど彼女1人でしょ?つまり糸車は王族の合併を最初から暗示しているのよ》


「姫の家は男系だった、って事ですか?」

《しかも、王子の方は女系、となれば本来はお互いに問題の無い婚約となる筈。けれどもしがらみが有る》


 それは国の大臣は勿論、民も。

 今まで女系の中、男児が1人だけしか産まれなかった、片や全く反対の条件で同じく苦しむ王族。


 惹かれ合う2人、けれど今までの因習を打ち破る事を人は恐れてしまう。


「それが、荊」

《そして悪い魔女こそ、物分かりの悪い民衆であり、大臣。はぁ、流石だわ、古くから伝わっているだけの事は有るわね》


「でもまさか、民衆も自分達が荊で悪い魔女だとは」

《そこよ、ふふふふ》


 王は分からせるおつもりなのね、民衆に、貴族に。


「浅学で申し訳無いのですが」


 私がココで答えても。

 いえ、アニエスのアーチュウへの気持ちを確かなモノにして貰う為にも、ココはこのままにしておきましょう。


《もし、私が思った通りなら、大丈夫よ》

「私に理解は難しいですかね?」


《いえ、けれど自分で考え答えを出せた方が、楽しいじゃない?》

「確かにミステリーならそうですけど」


《そんなにアーチュウが信用ならないの?》


「男性って、欲に弱いと聞いていますし、もしかすれば」

《アナタに触れなかったアーチュウが?》


「だって私がお会いしていた時は外ですし、男性には処女膜が無いからバレませんし、愛想の良い方ですし」

《でも逆に愛想が良過ぎて、ドン引きしていたのでしょ?》


「でもでも、それが良く見えちゃうかもですし」

《何処かの誰かよりマトモだから大丈夫よ、それに、もしアレが良いと言うなら見切りを付けるに限るわ。バカにしても限界は有るもの、幾ら王室でも、修正は不可能よ》


「そう見切りを?」

《マリアンヌ嬢との事を聞いた瞬間に、ね。アナタならまだ良いわ、良識も礼儀作法も有るし後ろ盾も大きい、けれども最愛がアレだなんて。貴族でも許されるかどうかなのに、王太子がアレに落ちるだなんて、民に知られては本気で国が棄てられてしまうわ》


「でも庶民には夢が有るって」

《貴族の内情を何も知らない愚かな庶民には、ね。良識有る庶民は、こうなってはいけないと十分に理解されていると聞いているわよ?》


「あ、そうなんですね」

《あら知らないの?》


「あまり、もう庶民街には行っていないので」

《それは、どうしてかしら?》


「流石に、マリアンヌ嬢やその友人にすらも、会いたくは無いので」


《好きは好きなのね?》

「でも、やはり爵位無しから一気に騎士爵と結婚した事への批判や、憶測を耳にしますので」


《それは庶民と爵位持ちの結婚について、しかも王太子の命だもの、不信は明らかに王太子へ向くわ》

「ですが、育てたのは王室ですよ?」


《そうそう、そこからよね。良いわ、コレは教えてあげるわね》

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