第5話 ガーランド・ジハール侯爵令息。


《どう、かしら》


 私は今、演劇部の先生の教務室にお邪魔しており。

 目の前には先生の他に、脚本を手掛けた方が。


「私、素人なので偉そうな事は言えないのですが」

『率直に仰って下さい』


 覚悟を決めてらっしゃる目ですね。


「まるで」

『まるで』


「目の前に光景が浮かぶ様です。原作にはお衣装の色までは書かれていなかった筈ですが、淡い水色のドレスが灰色に汚れる様はもう、きっと原作の方にもご納得を。いえ、もしかしたらご意向とは違うかも知れませんし、念の為に」

《そこは大丈夫よ、彼が自ら出版社にお手紙を出して、原作の方から直接お手紙を頂きましたから、ね?》


『はい、昨今の幸せな結末が溢れる中での悲劇や風刺にも感銘を受けましたし、舞台を見に来て頂けたらと思い書かせて頂いたので、はい』


「凄い、でもすみません、お手間を」

『いえ、僕もシリーズを読ませて頂く様になりましたし、以降もお勧めして頂けると助かるのですが』


「男爵令嬢が読む様なモノで良ければ」

『構いません、寧ろ貴族にしかウケないモノは書きたく無いので、お願いします』


「ですが、侯爵位でらっしゃいますよね?」

『生憎と僕は五男なので万が一にも家を継ぐ事は有りませんから、身を立てる必要と言うよりは食べていける能力をと、家族にも応援して貰っています』


「成程、大変素晴らしい志をお持ちなのですね」

『いえ、寧ろ武官や文官を目指さない軟弱者だ、と、同級生とは、あまり関わりが無いので。すみません、何の介入も出来ず』


「いえいえ、こうした問題で庇って頂いても被害が広がるだけですから、今まで通りでお願い致します」


『すみません、てっきり、どんな方なのかと警戒していた部分も』

「当然ですよ、上位貴族のご令息にご令嬢なら警戒して当たり前、寧ろしっかりしてらっしゃる事に安心しました、まだまだこの国は安泰ですね」


『すみません、ありがとうございます』

「いえいえ、それよりお衣装ですよ、生地は最高級の品にして、作家先生に受け取って頂くのはどうでしょうか?」


『あぁ、良いかも知れませんね』

「それで着て戴ける様にサイズ調節可能なデザインを、あ、美術の方にお任せするんですか?それとも裁縫部へお願いするのでしょうか?」


『美術は大工技術の者しか居ないので、裁縫部へお願いしようと想っていたのですが、僕は男なので』

《あぁ、女性しか居ないんですね裁縫部》


『市井には男性の裁縫師もいらっしゃるんですか?』

「勿論ですよ、庶民でも容易く仕事は選べません、逆に向いてさえいれば女性の狩人もいらっしゃいますよ」


『狩人』

「はい、要は如何に成果を出すか、成果次第で明日や来年の食事内容が変わります。ですから性別程度で職業は決まりません、庶民も自由で不自由なんですよ」


『成程、知りませんでした』

「大丈夫ですよ、大人になってこそ知れる事の方が多いと家庭教師も言っていましたし。私もそう思って過ごしています、きっといつか気が合う方に出会える筈だと」


『ありがとうございます』

「コチラこそ、是非楽しみにしてますね舞台、こっそり覗かせて下さい」


『そんな、改めて父にも』

「いえ、子供が知るべきでは無い事も抱えていらっしゃる筈です。そうした事も踏まえて行動するしないは、上位の方のお辛い所では有るとは思いますが、どうぞお気になさらず演劇の方に注力して頂ければと思います。意外と簡単に片付く問題かも知れませんから」


『その、王太子殿下とは』

「全くコチラからは一切何もしていませんし、好意は無いので当然好意を示した事も無いのですが。この謎、ついでに解いて頂けませんか?」


『分かりました、ついでに、ですね』

「はい」


 悲劇は悲劇なのですが、やっぱり紙から飛び出すとなると、楽しみですね。


《こんなに機嫌が良さそうな君を見るのは、初めてかも知れない》

「ふふふ、そうですね、そうかも知れません」


《やはり同じ年の方が》

「彼は上位貴族ですよ?間違っても懸想すらしませんよ、格差は争いを生むだけですし、同志ですから心配には及びません」


《同志》

「はい、同志です。同じ作家さんを好きな同志です、いずれは仲間や友人になれたらな、と思う人物なだけですよ」


《同じ作家とは》

「是非演劇部の演し物をお楽しみになさってて下さい、素晴らしい出来になる筈ですから」


《劇はあまり》

「大丈夫ですよ、貴族でも庶民でも楽しめる内容の筈ですから。私の分まで、ミラ様とご覧になって下さい、私は覗き見が限界でしょうから」


《堂々とは、難しいか》

「劇を純粋に楽しんで頂きたいんです、私が居ては濁ってしまいますから」


《すまない》

「いえ、コレは国の為、果ては私の為にもなる筈だと信じていますから。では、失礼致しますね」


 だってアーチュウ・ベルナルド騎士爵も今日の侯爵令息も、良い方でしっかり弁えてらっしゃるんですから。




『先生、あの噂はやはり嘘なんでしょうか』


《私は実際を見ていないから、真偽に関しては何も言えないわ。でもね、全てを見知らなければ分からないと言う事でも無い筈、なら先ずは人となりを知るべき。私が知る限りは良い子よ、今みたいに直ぐに案が出せる活発な子、なのだけれど。却ってそれが目についてしまったのかも知れない、そう思わせる子でも有るのよね》


『疑うに足るだけの要素が』

《人となりは良いも悪いも含んでしまいます、片方には良く見えても、もう片方には悪く見えてしまう事も有ります。ですが、だからこそ、両方の側面を見るべきなのですが。人は片方だけ、良い面しか見せません》


『なら、やはり彼女は』

《早合点はいけませんよ、問題は誰に対して良いと映る面なのか。どうでしょう、アナタにあの子はどんな風に見えましたか?》


『今日も、この前の態度にも違いは有りませんし。少なくとも、下位貴族だと弁えてはいます、でもそれを利用しようだとか、卑下も無かったかと』

《そうですね、しかもどうやら先日アナタが観察していた事も気付いてはいない、使い分けはすれど裏表を使う様な子には見えませんね》


『ですが念には念を、今度は王太子殿下の周囲を観察してみたいと思います』

《そうね、人となりに筋が通らなければ筋書きはブレて見えてしまいます、頑張って下さい》


『はい、ありがとうございます』


 そうして僕は、ジュブワ男爵令嬢の観察から、王太子殿下の観察に切り替えました。

 人を見る目はどんな場所でも使える能力、決して磨く事を怠ってはならない、と。


 その一環として演技、演劇を鑑賞したのですが。

 僕はすっかり舞台に魅了され、そのまま舞台に関わる者になる為、日々庶民街にも降りていたんですが。


 驚きました、本当に知りませんでした、男の裁縫師に女性の狩人が居るだなんて。

 庶民に馴染むには、まだまだ知る必要が有るんですが。


 今は王太子殿下の観察を、と動いていると。

 何か、とても違和感が。


 ジュブワ男爵令嬢は下位貴族、であれば下位貴族にも係わろうとする筈が、どうしてなのか下位貴族を飛び越し庶民と多く関わっていらっしゃる。


 ただ庶民と言っても、特別に優秀で才能の有る者に限られているので、礼儀作法以外は寧ろ令嬢や令息以上に優秀な者も居る。

 だからこそ、この学園に在籍しており、王太子だからこそ気を配っての事かと思っていたのですが。


 どうやら、違う意図が有りそうで。


『君は、確か』

『失礼致します、ジハール家五男、ガーランドと申します』


『あぁ、槍の名を持つ軍部の大臣、そのガーランド、槍の花輪か』

『僕には武の才が無く槍より筆でして、父がお世話になっております、王太子殿下』


『是非ココではバスチアンと、他の生徒が萎縮してしまうからね』

『畏まりましたバスチアン様』


『それで、君はココへ何をしに来たのかな』

『実は演劇部でして、庶民の服装や食事について伺おうかと』


『あぁ、あまり酷く書かないで貰いたいね、実際にも決して不味いワケでは無いのだから』

『承知致しました、では先に街へ向かい観察させて頂きます』


『なら、良い店が有るよ、彼女の店の料理は華美では無いけれど実に美味しいんだ。是非、行ってみると良いよ』

《宜しくお願いしますね、私はマリアンヌ、是非食べに来て下さいね》


 殿下に最も近い場所に居る彼女が僕に笑い掛けた事で、全てが分かった気がした。

 コレが世に言う、直感、なんだろうか。

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