第4話 ミラ・ジーヴル侯爵。

 金にならない者とは関わらないから、そもそも優しい等と言う評価は間違いだ、あくまでも将来の客として金を生むだろうから優しくしているに過ぎない。

 アニエス嬢は実に真面目で正直、誠実で率直らしい。


『ふふっ、ふふふ』


《そんなに愉快ですか、良かったですね》

『いや断わりの口実の巧妙さ、手練手管が素晴らしくてね、ふふふ』


《問題解決にまだ時間が掛かるなら、俺にも手伝わせて欲しいんですが》

『既に君の顔が、いや、アリかも知れないね。ただ、ミラを裏切る事になるよ』


《既に誤解を解きましたのでご心配無く》


『驚いた、君にも情が分かるとは』

《コチラの勘違いなのか、そんな程度でしたので、錯覚か誤解だと言う機会が与えられ無かっただけです》


『なら、機会が有ったワケだ』

《アナタと同じ様に、情が分かるのかと驚かれただけですよ》


 会う事は勿論、話す事も文通すら出来なかった僕は、もしかしたら忘れられているかも知れないと言うのに。

 彼は。


『死んで欲しい』

《お断りします》


『ミラの何がダメだったんだい』

《妹の様であり護衛対象である事は変わりません、とお伝えさせて頂きました。幼さと言うよりは親しみ、身内意識だけです》


 確かに、幼い頃からの知り合いだけれど。


『僕を変態扱いする気かい』

《好みは其々かと》


『死んで欲しい』

《お断りします。恨み言を言う前に、先ずはお気持ちを伝えるべきでは》


『もう少しだ、君にも手を貸して貰うよ』

《畏まりました》


 羨ましい、話せるだけでも羨ましいと言うのに。

 いっそ、作戦中に死んで貰おうか。


 いや、無関係な筈のアニエス嬢を悲しませてはミラが悲しむ、か。




「泣ける本、ですか」

《私達は所詮は素人、そして収入にしたい子もいますが、どちらにしろ経験は多い方が良い。ですので、既に知られている本を舞台にしたいのです、感動でも悲劇でも構いませんから候補を頂けますかしら?》


 まさかとは思いますが、アーチュウ・ベルナルド騎士爵が。


 まさか、まさかですよね。

 だってあまりにも下らなさ過ぎます、例の本の事で先生に圧力を掛けるワケが無い、流石に自意識過剰ですよね私。


「実は……」


 私が馬車で読んでいたのは、悪役令嬢シリーズと呼ばれている大衆向けの本。

 時に正しい事を言うご令嬢が悪役にされ、片や質の悪い令嬢が婚約者から男を奪う、時に幸せとなり時に不幸となる物語。


 どちらかに自身を重ね読んでいたのですが、今回は無情にも悪役令嬢は奪う方、しかも私の様に何もしなくとも相手が勝手に。


 だと言うのに、断罪されるのは何もしなかった令嬢。

 上位貴族を誑かしたとして国絡みで断罪され、果ては死刑。


《なんて酷い国なの》

「そうなんです、なので果ては国が滅ぶ。誰も幸せにならない事も有るのか、と、ココまでの悲劇は無いと大泣きしてしまったんです」


《そうね、生まれる際に親も国も選べないものね》


「あ、ですけどご両親は立派な良い方々で、それがまた涙を誘いまして」

《ごめんなさいね、アナタも誰かの娘、守ってあげられなくてごめんなさい》


「いえ、いえいえ、元は私が関わらなかっただけですので」

《私や部員の為、配慮してくれたのよね、ごめんなさい》


 先生と言えども繊細な方もいらっしゃる、だからこそ巻き込みたく無かったのですが。

 せめて、相談だけでもすべきだったのかも知れません。


「甘く見ていたんです、いつか誤解が解けるだろう、と。今度からご相談だけでも」

《勿論よ、気晴らしにも、他の子が気になるなら私の部屋にいらっしゃい》


「ありがとうございます」


 頼られない事の方が悲しむ方もいらっしゃいますし、もう少し様子を伺いつつ、先生方にも気を配るべきですかね。


《さ、アナタの読んだ本を脚本にさせるわ、書き上がった台本の確認をお願い出来るかしら?》

「はい」


 勉学だけでもココへ来る意味は有たのですが、やはり楽しみが有った方が良いですね。

 楽しみですね、台本。




《どう、だったんだろうか》

「はい、楽しみを与えて下さってありがとうございます、なのでもう大丈夫ですから、ご心配無く」


《君は大人を頼る気や、友人を作る気は無いんだろうか》

「大人を頼る気は有りませんでしたが、友人は、欲しかったですね」


 彼女は、大人になれば幾らでも人と関われる、そう思い耐えていたらしい。

 だが。


《大人になってしまえば、大人と大人。子供と大人、子供と子供の関係は今だけだと思うんだが》


「あぁ、確かに」

《勉学だけでは無いモノを得て貰う為の学園、なんだが、すまない》


「いえいえ、アーチュウ・ベルナルド騎士爵だけで何とかなる事では無いんですから」

《アーチュウと》


「悪役令嬢や悪女と呼ばれたくは無いので、せめて王太子殿下が卒業するか何か片付くまではこのままで居させて下さい、何か有った時にうっかり口から溢れてしまうかも知れませんから」


《他の者も君の様に》

「他の方と関わってらっしゃいます?商家の娘は結構、あ、じゃあ私の友人候補探しをお願い出来ませんか?欲しかったんです、商家の令嬢や令息の友人」


《令息も》

「結婚相手では有りませんよ、相当に困らなければ同業とは結婚しませんから」


《それは、どうしてなんだろうか》

「家が乗っ取られる危険性は勿論、そう疑われる事も問題ですし、仕事上の秘密が持ち出されたり。色々と気を付けないくてはいけませんから」


《あぁ、商家なりの壁が有るんだな》

「勿論ですよ、だからこそ爵位が同格でないと揉めてしまう事にも同意もしています、どちらかにあらぬ疑いが掛かり不用意な憶測を呼んでしまいますから」


《なら騎士職を降りる》

「国防を削られる事は非常に不本意なのですが?」


《1年半後迄に後任を揃える》

「だとしても元は騎士爵、私は爵位すら返上させた悪役令嬢となる。それに次のお仕事はどうなさるおつもりですか?国防が危ぶまれた際に後悔はしませんか?」


《こうしっかりされるのは頼もしい反面、非常に厄介だな》

「前半部分のお言葉だけ頂いておきますね、では失礼致します」


 本来なら、職を辞す事も厭わなかった。

 だが、その程度で靡く子女では無いのがアニエス嬢の良さでもある。


 そして、次期王太子には既に心に決めた者が居る事、彼に見初められなかった事は幸いだと思う。

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