限界ダンジョン探訪記

矢木羽研(やきうけん)

第1話

 軽4WDのハンドルを駆り、古い広告と地図アプリを頼りに山林の細道をゆく。このあたりに入口があるはずだが、長年放置されていてすっかり草に埋もれている。最後に「草刈り」が入ったのは何年前なのだろうか。


「ターゲット確認。確度85%で"くねくね"タイプCと推定……ここが目的地みたいですね」


 特殊偏光レンズの双眼鏡を手に、助手席の相棒が告げる。「くねくね」とはダンジョンから染み出す「怪異」の中でも典型的なものの一つである。主に夏場になると、人里の田畑に降りてくる白い人影のような形をした何かで、積極的に人を襲ったりはしないものの、その姿を見た者の精神を狂わせてしまう。


「どうしますか?」

「当然、処理する」


 ……だが、所詮は物理的な干渉能力を持たない存在だ。対策手段はいくらでもある。危険度にしてEランク、討伐対象としては「最弱」である。無防備な住民ならまだしも、装備を整えた我々の敵ではない。


「第2種装備の準備を頼む」

「了解」


 車を止め、渡された眼鏡とエアガンを装備してターゲットを確認する。この距離からなら余裕だ。俺は狙いを定めて引き金を引く。特級精製塩を固めた純度99.9%の塩化ナトリウム弾が撃ち出され、白い影を撃ち抜く。


「完全消滅を確認! あと2体です!」

「任せろ!」


 同業者には、精製塩はパワーがないと主張して自然塩を愛用する連中も多いのだが、俺に言わせればそんなのは嘘っぱちだ。魔物狩りは化学であり、純度が高いほうが優れているに決まっている。大方、製塩業者と癒着した拝み屋どもが広めた根拠のない話に違いない。俺のところでは父親の代から、塩は専売公社に限るという言いつけを守っている。


「しかし、くねくねCだと実入りは期待できないな」


 3匹のくねくねを立て続けに四散させた後、一応「ドロップ」を確認したのだが、落ちているのは塩の粒だけだった。レアメタルのかけらでも落ちていればよかったのだが。


「仕方ないですよ。そもそも私たちは草刈りに来たんですから」


 念のためエアガンをホルスターに残しつつ、相棒に渡された草刈り機を受け取ってガソリンエンジンを入れる。そう、俺たちは「草刈り業者」。オーナーの依頼で、定期的に放棄ダンジョンの手入れをする者だ。


 **


 ダンジョン、すなわち宝物と魔物で満たされた異空間。戦後の荒廃した日本に突如出現するようになったそれは、資源と産業を生み出した。優れたダンジョンは莫大な富を生み出し、そうでないダンジョンもそれなりの価値が認められた。


 ダンジョンのオーナーになることは庶民の夢となり、発見競争が過熱した。特に、首都圏でありながらまだ開発が進んでいない外房エリアは格好のターゲットだった。次々にダンジョンが発見され、新聞には「都心からわずか1時間」などを売りにしたダンジョンの広告が踊った。


 しかし、せっかくそんな都合のよいダンジョンを発見したのであれば、気安く手放すはずがない。まず間違いなく訳アリ物件であり、ろくな知識も持たないカモに対して「投機目的」という名目で売りつけたのだ。


 結果、残されたのはろくな資源も生み出さず、売って手放すこともできない、もちろん探索者が訪れることもない「限界ダンジョン」である。しかし腐ってもダンジョンはダンジョン。ろくな宝は無くても魔物を生むので、定期的な管理義務がある。価値を産まないのに費用だけが発生する、まさに「負動産」である。


 管理と言ってもダンジョンの中まで立ち入る必要はない。少なくとも入口周辺の視界を確保して、怪異の出現を視認をしやすくすれば安全確保したことになる。……本当に安全かは疑問だが、少なくともお役所の基準ではそれで良いことになっている。オーナーの依頼を請け負うのは公共であったり民間であったりの違いはあるものの、いずれにせよ末端で作業をするのが俺たち「草刈り業者」である。


 主な業務は草刈りだが、当然ながら怪異に出くわす可能性は常にあるので、それなりの装備はしているというわけだ。中には探索者免許を取得して本格的な武器を持ち歩く者もいるのだが、手続きが面倒な上に金もかかるので、草刈り業者としては銃刀法に違反しない範囲内で持ち歩ける装備で十分だと考えている。


「ねえ、あとで道の駅でパッタイおごってくださいよ」


 あらかた片付いたところで相棒がねだる。冷静に考えてみると図々しい気がするが、こいつの探知能力のおかげで先制攻撃を仕掛けられたのだ。そのくらいのねぎらいは当然であろう。


「そうか、今日は日曜だったな。まだ残ってるかな」

「私の計算では、ちょうど閉店間際で値引きされるころに到着予定です」

「俺はどうしようか、トムヤムクンはあるかなぁ」


 初夏の昼下がり、道の駅に毎週出店する屋台に思いを馳せながら汗を流す。帰ったら装備のメンテもしないといけないし、夏が本番を迎える前に片付けたい仕事も山ほどある。せめてもの楽しみが食べることである。


「そうだ、こんど近くにクレープのキッチンカーが来るみたいですよ」

「へえ、それは知らなかった」

「仕事帰りにアイスクレープ、絶対美味しいと思いません?」


 ただのクレープならまだしも、アイスクレープか。汗をかいた体になんとも恋しいワードだ。


「とにかく、今の仕事を片付けるぞ」

「はーい!」


 とりあえずは日銭を稼がないと話にならない。俺は草刈り機を持つ手に力を込め、笹の藪と格闘するのであった。

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