第8話 遊歩道とピクニック

 さて、遊歩道計画は毎日少しずつ進んだ。私の家の周りは半径50メートル、その東に、ドワーフたちの棲家が半径20メートルほど。東西に雪だるまのような形でつながっている。遊歩道は、最初は北に100メートルほど作ったが、家より遠くに伸ばすのは一旦やめにして、家の周囲をグルッと道にしてみた。家の西側には、堀になっていた場所が少し開けていたが、ここはシュトゥルムのヘリポートになった。彼は目の色を変えて名剣を打ち、そして売上で次々といかついヘリを購入して乗り換えて行った。古い小型のヘリは、私たちに払い下げてもらい、私もヘリの操縦の練習を始めた。多少下手こいて墜落しても、ヘリにも私にも結界をかけてあるため、傷ひとつ付かない。結界スキル、マジ優秀。


 家の周りをヘリで訓練飛行するようになると、周辺のマップが詳細に表示されるようになった。上から見ると森林にしか見えないが、マップで見ると、小川や泉があるらしい。そっち方面に道を伸ばしてみた。なお、北方向には、エルフの軍事拠点までまっすぐに木が消滅し、道を作るのに適してはいるが、どうも足を向ける気がしない。そのうち、消滅した跡には草が生えて伸び、やがて道を作ろうという気は失せてしまった。ご縁がなかったということで。(白目)




 そんなこんなで、小川に沿って泉まで500メートルほどの小道を作り、お散歩コースにしてみた。藤製のピクニックバスケット持ってウッキウキですよ。ウントには、収納スキルがあるんだから手で持って運必要はないだろうと言われたが、ロマンが分からない奴だ。


 ロマンといえば、シュトゥルムが電動キックボードでヒャッハーしている。「あヤツにあんなものを与えてはイカンと言うに…」とウントはうなだれているが、電動キックボードくらいでは、人死ひとじには出ないだろう。第一ここは魔境だし。なお、シュトゥルムには「道幅を広くしてくれんかのう…」と懇願されているが、どうせ道幅を広げたらラリーカーでも購入してブッ飛ばすつもりだろうから、却下している。


 ドランクは、セグウ○イに乗って優雅に移動。時々カメラで動画を撮影したりして、自然を満喫している。彼は生粋のクリエイターだ。美しい装飾を施した、使うのもためらわれるような小物を作ったかと思えば、チェーンソーを使って丸太を仁王像にしてしまったり。そして作る過程が楽しくて、作ったものには興味がないのか、作ったそばから売り払ってしまう。動画もそうだ、ウントにパソコンを習って、編集して、動画投稿サイトに投稿しているのを知っている。だが、彼は動画を投稿した時点で満足してしまって、今や記念の盾が送られて来るほどの有名クリエイターなのだが、彼にとってはどうでもいいことらしい。なお、チェーンソーはシュトゥルムが欲しそうにしていたが、彼に与えては危険なので、厳重に保管するように注意していた。ウントが。


 そのウントであるが、今はもっぱらITにハマっているようだ。パソコンは事務作業くらいしかできない私は、彼が今ひとつ何をしているかは分からないのだが、言葉少ない彼の話に耳を傾けてみると、どうも株で一山当てて飽きたとか、アプリで一山当てて飽きたとか、そういうことをしているようだ。しかし、動画の収益やITの収益は、鍛治で得た収益とともに、鍛治の素材代、ウントのガジェット代、ドランクの工具代、そしてほとんどはシュトゥルムの乗り物代に消えているそうだ。あのハッピートリガー野郎…。




 やがて、泉のほとりでピクニックセットを広げ、オードブルやサンドイッチ、炭酸水などを開けて、みんなで休日のランチをしてみた。お昼を一緒に食べるのは初めてではないが、こうして離れた場所で食べるのはまた格別だ。昼から鳥の声を聞き、泉のせせらぎを聞き、ドワーフはどんちゃん騒ぎをして…うーん、思ってたのとちょっと違うけど、まあいいか。


 興が乗ったドワーフたちが、歌を披露し始めた。元々そんな歌が得意な方ではないが、ワシらの故郷の歌を聞かせてやろう、ということで、彼らはアカペラで陽気に歌い出した。ポルカのような素朴で明るい歌だった。


 ほれ、ミドリも何か歌ってみい、と言われ、カラオケなんて久しぶりだなぁと思い、動画サイトからレパートリーの曲を見つけて、動画に合わせて歌う。ドワーフたちは、聞いたこともない音楽に、最初はポカーンとしていたが、やがて陽気に手拍子を打って、いいぞいいぞと盛り上げてくれた。


「なんじゃ!ミドリの世界は、音楽も洗練されておるのう!」


 彼らは動画サイトで音楽を探し出した。まあ、ランチも終わったことだし、帰ってからゆっくり探してねと言って、帰りは自転車で帰ることにした。


「ぬお、ミドリよ!それは何じゃ!」


「自転車っていうのよ、こうして漕ぐと楽チンなの」


 ワシらにも出してくれ、というので、ドワーフの体格にも合う、子供用で頑丈な奴をポチっておいた。乗るのにコツがいるけど、まあ、頑張って。キックボードとセグウェイは、家に持って帰っておいてあげるからね。


 家に帰ってしばらくすると、擦り傷だらけのドワーフたちが、馬鹿笑いしながら帰ってきた。自転車に乗れたのが嬉しかったらしい。ちなみに、乗り物に乗るため、日中はお酒を飲むのを禁止している。結界スキルで保護してあるとはいえ、へべれけでヘリなんて乗ってたら、本人ばかりか周りも恐ろしくてかなわない。飲酒運転、ダメゼッタイ。特にシュトゥルム。




 さて、異世界生活も1ヶ月が過ぎた。ドワーフという楽しい隣人を得て、毎日充実している。ドワーフが。


 私はというと、周辺の遊歩道計画もひと段落ついたというか、飽きたというか、これで本格的にやることがなくなってしまった。自分の趣味に邁進して、鍛治にガジェットに酒に夢中なドワーフと違って、なんかこう、不完全燃焼な気がする。贅沢な悩みである。


 そんな私が今から始めようとする趣味は、料理だ。もともと料理はそんなに得意ではないし、ネットを開けばおいしい料理がいつでも買える。お金は唸るほど持っていて、しかもドワーフたちの分の売買で、私のレベルはアホほど上がっている。なお、彼らの金銭感覚は豪快だが、豪快な金銭感覚を支えるだけの技術力と経済力、そして好奇心と熱量が、ドワーフたちにはある。羨ましい。


 だが、暇つぶしに読んでいたラノベで、やれドラゴンのステーキだの、オークのカツだの、コカトリスの唐揚げだの、美味しそうなものがたくさん出てくるのだ。どうしてラノベというものは、無節操に美味しそうなものが出て来るのか。実に羨やまけしからん。


 というわけで、ドワーフたちに「食べられる魔物素材はあるか」と聞いたところ、残念ながら、この魔の森には食べられる魔物はいないという。魔素が濃過ぎて食べられなかったり、身を守るために毒を蓄えている生き物が多いのだそうだ。がっくし。


 よろしい、ならば手料理だ。魔物料理が駄目でも、素材を買って自分で作ればいいじゃない。ネットで美味しい完成品が買えてしまうが、だから何だと言うのだ。A5ランクの最高級の牛肉、京野菜の甘味たっぷりの九条ネギ、本場群馬の糸蒟蒻、焼き豆腐、えのき、生椎茸、春菊。そしてブランド玉子。調味料も一流どころを揃えた。さあ、まずは鉄板のすき焼きで、いざ勝負!




 グツグツ煮えたぎる鍋をたずさえて、夕食会場たるドワーフの焚き火へと赴く。


「今日はミドリの故郷の味か!楽しみじゃ」


 仏のような満面の笑みで、シュトゥルムが出迎えてくれた。武器さえ持っていなければ、乗り物さえ乗っていなければ、本当はいい奴なんだ。本当は。


「ほう、玉子に潜らせて食べるとな。」


「なんと!これはビールに合うのう!」


「いやいやこれは日本酒じゃ!」


 彼らは美味しそうについばんでくれた。良かった良かった、高級素材を揃えて、頑張った甲斐があった。


「いやはや美味しかったわい!」


「うむ、この料理はあの吉野家に匹敵する!」


 は?


「うむ、ミドリの故郷で最も有名な料理店と呼ばれる、かの吉野家のような味であったぞ!ミドリよ、大した料理の腕であるな!」


 ワーッハッハッ。ドランクが、私の料理の腕に、太鼓判を押した。彼らは根っからの正直者、何の含みもなく、ただ私の料理の腕を心の底から賞賛してくれた。


 私は料理を封印することにした。




 そんなある日、森の東側からドワーフの叫び声がした。


 ただならぬ気配に、急いで隣人のもとに駆けつけると、そこには倒れ伏す三人のドワーフと、結界の向こうに人影が見えた。

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