第7話 お宝の正体

 ドワーフたちの鍛治の腕前は、メキメキと上達していった。最初は毎日習作のナイフを何本か打って、トレーラーハウスの代金と日々の生活費としていたが、最近は一振で目玉が飛び出るような値段の付く逸品をこしらえるようになった。好奇心の赴くまま、いろんな素材を工夫して扱ったことが、彼らの鍛治スキルを飛躍させたようだ。「最近は、何を打ってもほぼイメージ通りに仕上がるわい」とドランクが笑っていた。いろんな素材を扱って製品を打つことを始めた彼の功績は大きい。とはいえ、一流の名工はイメージ以上の業物を打ってナンボだそうなので、彼ら若手の鍛治師としてのポテンシャルは、まだまだこんなものではないだろう。


 ゆえに、毎日根を詰めて鍛治をしなくても、生活は余裕で成り立つようになった。彼ら三人が本気で一週間鍛治に取り組めば、元の世界のサラリーマンの生涯賃金くらいになるだろう。何日かに一度は鍛治をするが、他の日は好きな行動に取り組むようになった。




 シュトゥルムは、一人乗りのヘリを購入し、自在に乗り回すようになった。魔の森は魔素が多く、強い魔物がたくさん棲んでいる。彼らはドワーフでも随一の武闘派で、冒険者としてもAランクいう凄腕だったのだが、ここに来るまで、魔素にも魔物にも非常に苦戦したという。私がここに転移してきて、なおかつ魔物に襲われずに魔素にも酔わずに平然と暮らせているのは、どう考えても奇跡だそうだ。転移してきてすぐに結界術が使えるようになった私は、非常にラッキーだったということらしい。


 その、ここまで来る途中に苦しめられた魔物たちに八つ当たりするように、シュトゥルムはヘリを操り、上空から容赦なく弾丸をブッ放すようになった。


「ヒャッハァァ!どうじゃ、魔物がゴミのようじゃああ!」


 普段仏のように温和なシュトゥルムが、大笑いしながらガトリングガンで掃射している。


「あヤツに武器を持たせてはならんのじゃ…」


 ウントは泣きそうな顔でつぶやいた。よかった、精算ボタンを押す前に、こっそりBB弾のガスガンにすり替えておいて。魔物は危険だが、無益な殺生はよくない。多分。




 そんなウントは、毎日パソコンをカチャカチャやって、何やら難しいことをしている。彼専用のトレーラーハウスを購入し、見たこともないガジェットや、複数のモニター、大きなサーバーラックなどをしつらえて、さしずめIT系のベンチャー企業のようだ。サイバードワーフ、クールである。


 一方ドランクは、すっかりモノ作りの虜になってしまった。彼は彼で、大きな工房というかガレージを購入して、旋盤やらサンドブラストキャビネットやらを設置して、凝った装飾をほどこしたカトラリーやら、ペーパーナイフやらを作っていた。こないだはライター作りにハマっていたが、最近3Dプリンタを購入し、彼の制作意欲はとどまるところを知らない。どうやら動画投稿サイトを見て、感化されたらしい。


 そして、みんな一日が終わると、焚き火を囲んで酒を酌み交わし、最初のトレーラーハウスで仲良く眠る。本当に、仲の良い三人である。




 私はというと、家で一人でのんびりしたり、三人のドワーフたちの仕事ぶりを見学したりしていたが、ずっと引きこもっているのもアレなので、周辺を開拓して散歩道を整備することにした。彼らが訪れて延期になっていたアレである。


 ひとまず、北側に長い街道が出来たわけなので、ここをベースに道にしていこう。木の根と、溶けてガラス状になった土などを収納し、代わりに石を敷き詰めて道っぽくしていく。素人の仕事だと、あまり美しくならない。ネットで「遊歩道 DIY」などで検索するも、地道な作業で少しずつレンガなどを敷き詰めるしかないようだ。はかばかしくない。砂利を敷こうかとも思ったが、あまりに種類がありすぎて、何色の砂利を敷こうか迷う。しかもそもそも砂利道は歩きづらい。結局、家の造成と同じように、土を固めることにした。


 そういえば、家の周りも土が不足して、三日月状の堀になっている。あそこも埋めてしまおう。整地用の石だけ残して、後の石は堀に敷き詰め、上はネットで土を調達。上から石をドカドカ落として固めて完成。結構範囲が広いので、芝を買って敷き詰めるか、そのまま放置しておくかは後で考えよう。


 同様に、北側の道もどんどん整備する。収納して、石を敷いて、土をかぶせて、石を降らせて、固める。掘り返すのは50センチ程度、道幅は2メートルくらいなので、そう大した作業量ではない。ただし単純作業なので、100メートルも整備したら飽きてきた。お昼にしよう。




 お昼からは、膨れ上がったインベントリのリストを見て断捨離。今のところガーデニングに関心はないが、いつかやりたくなるかもしれないから、腐葉土はキープ。木の根や、特に薬効作用のない植物など、この先使いそうにないものは、売却しておいた。インベントリのリストは、だいぶんスッキリした。


 まさかこないだのように、呪いの指輪など入ってはいまいか、少し心配していたのだが、幸い物騒なものは見当たらなかった。めでたし。そういえば、2,000万円の錆びた剣と、3,000万円の錆びた鎧が残っていたが、どうも遺品臭いんだけど…売却する前に、ドワーフたちに見せた方がいいだろうか。何か参考になるかもしれないし。面倒ごとを押し付けるとも言う。


 夕食の際、ドワーフたちの前で、「これなんだけど」錆びた剣と錆びた鎧を取り出したところ、大騒ぎとなった。


「もしやこれは伝説の…!」


「間違いない、伝承通りの剣と鎧じゃ…!」




 どうもこの剣と鎧は、伝説の名匠ドワーフが打ったもので、英雄王と呼ばれる人族の王に捧げたものだという。英雄王は、この剣と鎧をたずさえ、大厄災を討ち滅ぼし、その後どこかへと消えていった。伝承では、どこかの楽園で美しい姫と楽しく暮らした、とされているが、それがどこなのかは誰も知らない。だがしかし、この剣と鎧がここに埋まっていたということは、おそらく。


 あのー、実は、呪いの指輪っていうのも埋まってましてね?


 その、売っちゃったんですけども。てへぺろ。




 ウントは神妙な顔をして答えた。


「その呪いの指輪というのが、おそらくここを魔の森に変えた元凶よ。本来ならば、ここは鳥も通わぬ荒野であったのであろう。」


 大厄災とは、魔物の大氾濫のこと。英雄王は、魔物の氾濫の中心地へと赴き、間も無く氾濫は収まったが、彼は帰って来なかった。その氾濫の元凶が、魔素を集める呪いの指輪だったとしたら、全て説明はつく。彼は、その指輪を持って、人里離れた辺境までやってきて、その身をもって封印したのだ。


 私がこの地に転移してきたとき、周囲に魔物がいなかったのは、おそらく魔素が濃すぎて魔物さえ住むに適さなかったこと。


 私が濃い魔素の中で平気であったのは、おそらく魔素のない世界から転移して魔素を感知する力が弱かったこと。そして体内にあまり魔力を持たなかったため、魔物に存在を感知されなかったこと。そしてすぐに結界スキルを習得して、結界を張ったこと。


 呪いの指輪を売ることで、今度は能力値が急激に上がり、逆に高濃度の魔素に耐えうる強靭なステータスを獲得したため、ここで平気で暮らせるようになったこと。そして体内に強力な魔力を宿しているため、周辺の魔物が私を恐れて近づかないこと。


 呪いの指輪の存在が消えたため、魔素の濃度に大幅な変化が観測され、おそらくエルフ族の精鋭がここに派遣されたこと。しかし、エルフ族の精鋭のステータスと私のステータスがかけ離れていたため、私の強さを押し測ることが出来ず、侮って無謀な攻撃を仕掛けてきたこと。


 私に倒されてようやく、私の危険性に気づき、ヴィルドラフォレに戻って集団攻撃魔法を放ってきたこと。そしてそれで返り討ちに遭って、多分ヴィルドラフォレの軍事施設は壊滅的ダメージを被ったであろうということ。


 推測ではあるが、多分こんなところであろう、と。そして、たった四人でここまで調査しに来たエルフたちは、相当な精鋭であろうが、武器を奪われMPも奪われ、帰りはほうほうの体であったろう、少しは溜飲が下がると良いが、と付け加えた。




 私がヨワヨワでこちらに転移してきたこと、そして一気に化け物のようなステータスを獲得したこと、どちらも良いように作用したようだ。良かった良かった。ドワーフたちは、私のこれまでの身の安全を、代わる代わるに喜んでくれた。そして、呪いの指輪、売ってよかったんだ。誰かから叱られるかと思ってたよ。良かった良かった。


 剣と鎧は、いつか彼らがドワーフの国に帰るときに、国に献上するということで、彼らが引き取ってくれた。思惑通り。いや、しかるべき所に帰って行く道筋がついて、こちらも良かった。


 ちなみに、剣と鎧は、普通は錆びることがない伝説の素材で作られたはずなのだが、数百年もの間、高濃度の魔素を浴び続けた結果、残念ながら腐食してしまったらしい。錆びていなければ、値段は付けられなかったであろうとのこと。呪いの指輪にしても、魔素を集める力があまりにも強く、生態系を壊すほどの力があったため、やむなく封印するしかなかった厄災の遺物であるので、200億円ぽっちであるが、持ち主に安全に魔素を無限供給するようなマジックアイテムだとしたら、こちらも値が付かなかったであろう、ということだ。200億円でビビってた私、小さい。そして、もっと高値で売れたのに、と聞くと、なんだか損した気分になるのであった。


 ともあれ、これで胸のつかえになっていた懸案が、一つ解消した。私はその夜、すごく良い気分で眠ることができた。

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