第5話 ドワーフ襲来

 この世界に来て、生活のルーティンが決まってきた。


 早朝、気持ち良く目が覚める。森の中に半径50メートル、ぽっかり開拓した我が家だが、鳥の声とマイナスイオンが心地良い。強固な結界を張ってあるが、音声や空気は遮らない。軽くストレッチをしてシャワー、気が向いたら朝風呂に入る。最高だ。


 洗濯物を洗濯機に放り込み、回している間に軽く掃除する。小さなキャンピングカーなのですぐに終わる。なお、インベントリにゴミを収納すると一瞬で掃除が終わることが判明したが、換気と掃き掃除は欠かさない。こういうのは、気持ちの問題である。


 朝食を用意する。ちょっとお高いイングリッシュマフィンに、ベーコンと目玉焼きを添える。フルーツにサラダにヨーグルト、ジュースにコーヒーにミルクを用意したら、ホテルの朝食のようではないか。なお、コンビニおにぎりの朝もある。緩急が肝心である。


 ゆっくり食べたら、洗濯物を干す。毎日シーツを洗っても、一人分の洗濯物くらい大した量ではない。爽やかな充実感。これぞスローライフ。ちょっと違う気もするが。


 お昼ご飯を食べようかと思うが、あまりお腹が減っていない。家に篭るのも楽しいけど、そろそろ外に出るのもいいかもしれない。敵対的なエルフが来訪したように、この世界は安全とは限らないし、住民が好意的とは限らない。だけど、せっかくこの世界に移転してきたのだから、どこにも出ないでずっと閉じこもっているのも、勿体無い気がする。


 とはいえ、エルフのリーダーはこの森のことを「魔の森」と呼んでいた。呪いの指輪も埋まっていたことだし、いわく付きの土地であることは間違いないだろう。どこかに冒険に出かけるよりも、まずは家の周囲をもっと大きい結界で囲み、遊歩道でも整備して、お散歩コースを作ろう。そうしよう。




 そういうわけで、ランチを用意する代わりに動きやすい服装に着替え、森に向かって出発しよう。そうなってみると、改めて、古墳状の我が家から外に出るのは面倒臭い。家の周囲はドーナツ状に堀になっている。他からまた土を持ってきて、橋というか道でも作ろうかな。


 と思い、周りを見回した時に、家の東に奇妙なものを発見した。


 ガラスのような透明の結界にベッタリと張り付いて、こちらを凝視している、小柄でずんぐりしたオッサンが3人。


 ドワーフである。




 堀を滑り降りて、脚立を立てて、3人のオッサンの前でよじ登った。私が口を開く前に、オッサンの一人が切り出した。


「なぁんと奇妙な格好の人族だぁ。ここで何してっだ?」


「何って、ここに住んでるんだけど」


「あの奇妙な建物にか!」


「見たこともない技術でねぇべか!」


「ほおおお!」


 ドワーフは興奮している。


「こぉんな危険な辺境の真ん中に、奇妙な建物を建てて暮らすなんて、肝の据わった人族だべ!」


「んだんだ!若ぇのにすげぇだ!」


「おめさ一体どうやってここで暮らしてるだ?」


 ずんぐりムキムキ、髭ボウボウでオッサンなナリで、ドワーフたちは目をキラキラさせている。エルフと違い、好奇心旺盛で友好的であるようだ。こちらが答える前に、どんどんと質問をしてきて、少し答えると、「ほおおお!」と感心している。ドワーフ、いい奴らっぽい。


 訛りがひどいので、話のところどころが理解不能である。異世界言語理解のスキルを見ると、こないだのエルフ語にチェックが入っていた。「ドワーフ語New!」という表示があったので、そこにもチェックを入れておく。


 彼らの質問は、どうしてここに来たのか、どうやってここに住んでいるのか、大体そういうことだった。話すと長くなりそうなので、彼らにことわって、家の結界のそばに別の結界を張り、木を抜いて簡単に土地を整備して、テーブルセットとランチを用意し、彼らに勧めた。彼らは瞬く間に土地を造成する様子に腰を抜かしそうになっていたが、サンドイッチの食パンに「何という白いパンじゃ」と驚き、後から取り出したワインに目を輝かせ、グラスが割れるんじゃないかという勢いで乾杯し、水のように飲み始めた。




 気がついたら森にいたこと、もう2週間くらいここで暮らしているということ。物を収納するスキルや結界を張るスキルがあるということ、家や衣服や今取り出した酒などは、こことは異なる世界のものだということ。異世界のものは、価値あるものを対価にして呼び出せるということ。


「そうかぁ、苦労したんじゃなぁ」


「おい、ワシらの前ではいいが、スキルのことなんか他所で正直に話しちゃいかんぞ」


「この葡萄酒、なんて美味さじゃ!元いた世界とは、何と素晴らしい酒があるんじゃ!」


 涙もろいシュトゥルム、真面目なツンデレのウント、マイペースなドランク。彼らはヤンチャ三人衆。ドワーフは成人すると修行の旅に出るらしいのだが、へそ曲がりな三人は、普通に他の街のドワーフに弟子入りするのはつまらないということで、冒険者になり、どうせ冒険者になるなら、有名な魔の森の踏破を目指したという。だが、魔の森はその名の通り難敵だらけの魔境で、腕自慢の彼らでも難儀していた。いざ帰ろうと思うと、磁場が狂っていて迷ってしまう。さてどうしたものか、と思った時に、この奇妙な我が家を見つけたのだという。


「魔の森の奥で、こんな美味い酒にありつけるとは、ワシらはツイとるのう!」


「同じ酒を酌み交わしたら、ワシらはもう親友じゃ!」


「さあ、飲め飲め!ワシの酒じゃないけどのう!ガハハハ!」


 ドワーフたちは上機嫌だ。陽気な彼らとお互いの身の上話をすると、何だか心がとても温まった。こないだのエルフとは大違いだ。ずっとじゃなくていいけど、帰る目処がつくまで、いっそ彼らもここに住んでくれたら、楽しそうだけど。


「そりゃ、ワシらは構わんが、そんでいいのか?」


「そこまで世話にはなれん」


「ワシらも何か対価を渡せば、ミドリの世界の酒を分けてもらえるかのう?」


 遠慮しながら、異世界の品、とりわけお酒に興味津々なのが分かりやすい。ドワーフが実直だというのは、あながち都市伝説ではないらしい。お金なら唸るほどあるのだが、友達に借りを作りたくないのも分かる。何かの対価と交換で、必要なものを提供することを約束した。


 とりあえずお隣さんのよしみということで、引っ越し祝いに土地を造成し、改めて結界を張り直し、小さいトレーラーハウスを用意した。彼らが遠慮するので、無骨で安価な中古にしておいたが、彼らは大騒ぎで探検していた。


 家の前には焚き火を置き、バーベキューセットを用意し、ドラム缶の五右衛門風呂も用意した。ドワーフたちのキラキラした視線がクセになる。キンキンに冷やしたジョッキとビールを用意すると、彼らははしゃいで踊り出した。見たかったんだ、あの、ジョッキをクロスして飲むヤツ。ドイツ人だけじゃなくて、ドワーフもやるんだな。


 久々に騒がしく飲んで食べて、楽しい夜だった。あまりに楽しかったので、うちの家を東側に寄せることにした。家を土台ごと一気に収納し、東端に寄せ、また設置。ドワーフたちは顎を外していたが、これで私の家と、彼らの家とはひょうたん形のようにつながった。ドワーフたちは、若い女が若い男の家に隣接して住むなんて不用心だとたしなめたが、自身の周りにも強固な結界が張ってあると説明して、了承してもらった。ちなみに、ドワーフたちをオッサンだと思っていたが、彼らはピチピチの50歳だそうだ。ドワーフの寿命は人間の約3倍らしいので、人間で言うと17歳くらいだということになる。ヤングマンだった。オッサン言ってごめん。




 かくして、ドワーフたちはしばらくここに留まることになった。ドワーフたちは、得意の土魔法で炉を作り、鍛治を始めた。私が収納した石の中に、鉄鉱石やそのほかの鉱石があったらしく、慣れた手つきでそれらを加工していった。


 さすがハンマーを握って産まれて来ると言われるドワーフ族、成人したてとはいえ、彼らの腕前は確かなものだった。手習い程度で作ったナイフが、通販で一本数十万円で売れた。彼らは勤勉に鍛治をこなし、住居に提供したトレーラーハウスやその他にかかった代金を、あっという間に利子をつけて返済してくれた。返済が終わったら、元の世界のお酒を片っ端から試し始めた。


 夕方になると、私は彼らの野外工房に出かけて製品を受け取り、通販で品物と交換して、そのまま一緒に夕飯を楽しむ。お酒は彼らが奢ってくれるので、私は食べ物を差し入れする。そして酒の肴に、私はこの世界のことを聞き、彼らは私のいた世界のことを聞く。初めてこの世界で出来た友達は、すごくいい奴らだった。

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