第22話 潜入

 病室内がざわめく。「本当なのか?」誰かが言った。

心美の苗字の《桃川》は園長の名前をもらったものなんだ。

今言ったことは園長と浅草の産婦人科にも確認がとれたし、心美の年齢と沙希が大学を卒業した年を考え合わせてもぴったり一致するんだ。

実は、丘頭警部に頼んで赤井川沙希と桃川心美の髪の毛でDNA鑑定を名前を言わずに頼んでたんだ。

そう言って一心は丘頭警部に視線を走らせた。

「あらまぁ、そう言う訳だったの。だったら名前教えてくれても良かったじゃない。水臭いわねぇ」

丘頭警部は笑みを浮かべながら怒った。

そして「えぇふたりのDNA鑑定はしっかりやらせてもらったわよ。その結果、ふたりは親子の可能性が九十八パーセント以上だった」

丘頭警部は報告書を一心に手渡した。

一心はそれを万十川課長に渡す。

「課長、正式に再鑑定して下さい。裁判でも使うでしょうから」

そう言って一心は話を続ける。

ここまで言ったら分かるだろう。浅草の書店でのサイン会で沙希は心美の顔を見て名を聞いて確信したんだろう。

名は自分が捨てた子の首に掛けたネームプレートに書いてあったものだし、母親だもの自分の子供の顔を見たらそれと分かるんじゃないの? 相当驚いただろうなぁ。自分の捨てた子が立派な女性になって突然目の前に現れたんだからさ。

それ以来沙希は母親として心美を守る行動をとったんだ。

おそらく創語と結婚した後に取材ノートかネタ帳を見てしまっていたんだろうなぁ、そして沙希を苦しみのどん底に叩き落した赤井川創語を殺そうとした。それが最終目的でもあったはずだ。

 以上の説明は前置きでここから山笠殺害について話すと、これまでの殺人の真犯人である沙希は実行犯の山笠に創語の殺害も指示したと思われるんだ。

だが、山笠にとってみれば目標でもあるだろうし、創語がいてこその助手だという立場を考えてそれを拒否するんだ。

それで、沙希は生かしてはおけないと思い桂に助手にするからとか上手いこと言って山笠を殺害させた。こう考えると桂の告白が正しいと分かるだろう。さらに、桂への憎しみもあって殺人の証拠品を予め被害者のポケットに忍ばせたという事だ。

一心は一同を見回して反論を待った。自身でも理屈に抜けが有りそうなのは分かっていた。分かってはいたが方向性は間違いないと確信しているので後を警察に委ねたいし、その方が真相を早く明らかにできると考えて課長らに集まってもらったのだった。

「岡引さん、所々で ’思われる’とか ’……だろう’とかいう部分があるんだが、それを俺らに裏を取れと言ってる訳だな?」万十川課長が一心の心を読み切ってそう言ってくれた。

一心はその辺の説明が要らなくなってホッとし、さすが本庁の課長だと感心もした。

「へへへ、その通りで、ここまでまとめるのがやっとだったんでね。課長、あと頼んで良いでしょう?」

「もちろんだ。何か意見のある者いるか?」

「一心さん、沙希と心美の関係をいつ気付きました? 我々はまったく考えも及ばなかった。是非教えてくれ」

中野署の飯沼警部が言う。

「いやぁそれは、行き詰ったんで、そもそもと言うところで過去に何かないかと家族に調べさせたら、それを掴んでくれただけの話しですよ」一心はちょっと家族のことを誇らしく思いつつそう言った。

「岡引さん、そうすると沙希は赤井川創語を殺そうとすると言うことになりますよね?」

品川署の大磯警部だ。

「そうそう、言い忘れちゃいました。失礼」頭を掻いて一心が苦笑いする。

「指摘の通りあと一人殺すべき人物がいます。いますが、証拠も何も無い。ので、赤井川宅に刑事をひとり助手として潜入させて沙希を監視して欲しいんですよ。沙希を逮捕出来れば良いんですが、裏取ってからでないと出来ないでしょう? それまでの間に殺られるかもしれない。どうでしょう? 課長?」

一心は提案したが課長は渋い顔をして腕組みをしている。

……

「良いわよ。一心、うちの若いあんたも知ってる市森に潜入させるわ。万十川課長良いですわね?」

丘頭警部が得意の有無を言わせぬ物言いで課長に迫る。

「まぁ丘が言うなら良しとしたいが、危険なんだぞ! 相手は既に七人も殺してるんだ。特に子を思う母親の気持は恐るべしだ。潜入して何かあったらただでは済まんぞ。覚悟はできてるのか?」

万十川課長の厳しい表情を久しぶりに見た気がした。確かに殺人鬼の家に刑事を潜入させるのだ。ドラマじゃない、命がけになるだろう。一心も自分が言い出しっぺだが心配になってきた。

「盗聴器とか監視カメラとかの方法でどうにかできないだろうか?」六日市警部が言う。

「それじゃ犯行を未然に防止できないだろう。潜入してもできるとは言い切れないが……」万十川課長が言った。

「課長、そのくらいの覚悟は常にしてます」

丘頭警部がにやりとして言ってのけた。

万十川課長はしばし丘頭警部と睨み合って……。

「よし、じゃ岡引探偵の話の裏を取ろうじゃないか。文句は無いな!」万十川課長が気合を入れる。

「おう」と言う雄たけびが病室を駆け抜けナースステーションまで響いたようで、看護師が飛んできた。

「どうされました?」言って固まった。荒武者みたいな輩がごろごろいて圧倒されたのだろう。

「看護師さん、済みません。ちょっと話ししてたら気合入っちゃって……」

一心の言葉で看護師さんは平常心を取戻したのだろう「こほん。病室ではお静かに願います。この階にも沢山の患者さんが入院してますので、良いですか?」咳払いをして威厳を保とうとするかのように強い口調で言う。

そこで全員がまた力強過ぎる返事を一気に浴びせて看護師をビビらせてしまう。

「済みません。静にさせますんで……」一心は苦笑いする。

ぞろぞろと最後の戦いの為警部らは病室を出ていった。

 

 潜入準備のできるまでの三日間ほど捜査の様子を窺っていたが、一心の推理に反する証拠や証言は出なかった。

逆にそれらが推理の正しさの確度を上昇させて行った。

それで一心は担当医師に車椅子生活に慣れると言う理由で許可を得て病室を出た。

そして万十川課長と丘頭警部に同行して貰って赤井川宅へ向かった。

 始めて見る赤井川宅はバリアフリー化されている。一心の車椅子で一階なら何処へでも行ける。

初対面の挨拶をして「警察とも協力して赤井川先生の周辺で起きた事件は解決したので、一度顔を見て挨拶くらいしようかなと思って来たんですよ」一心はそう言った。

「あぁそう、時々着物姿の奥さんと娘さんかな? 来て話をして行ったけどあんたの奥さんと娘さんだったんだね。奇麗な奥さんと娘さんで羨ましい」赤井川創語が愛想を言う。

車椅子を押している静は照れ笑いをしている。

「そんな事言ったら美人の奥さんに怒られますよ。娘さんはいらっしゃらないんですもね」

一心の無粋な質問に、

「えぇ息子も娘も、子供がいませんから」創語がそう言って夫人に目をやるが、夫人は目を落としている。

ちょっとしらっとした雰囲気になりかけたので「今も新しい作品を書いていらっしゃるんでしょうねぇ」一心が話題を変える。

「えぇ作家は書き続けないと生活できないんですよ」創語は笑顔で言った。

「へぇ何という作品を書いてるんです?」

「ははは、探偵さん、それは企業秘密です」

……

話している最中にインターホンが鳴る。

沙希が応じて出版社の方と言ってふたりの男性を連れてきた。

「こちら《日本文庫本出版》の湖立辰馬課長さんです。そちらは私も初めてだわ」沙希がそう言って湖立に紹介するように目顔で促す。

「これは市森和也(いちもり・かずや)と言って我社の社員です。実は赤井川先生の助手の方が亡くなって桂にやらせてたんですが、事件との絡みがあって今は助手が不在の状態になってます。それで、先生、突然で申し訳ないのですがこの市森を当面の間で結構なので助手として使ってもらえませんか?」

市森は浅草署の丘頭警部が潜入させると言った刑事。一心も一緒に事件捜査に当たったこともある信頼できる若者だ。

一応、一心も課長も警部も「始めまして……」と挨拶をした。

「えっ随分と急だなぁ、俺、急なのは好きじゃないんだよなぁ……」創語はそう言いながら市森を上から下までみて品定めをしているようだ。

「ま、でもいないと困るから良しとするか。……だが、課長、当面だぞ。当面な」創語が念を押す。

万十川課長が「課長」の言葉に反応して返事をしそうになり慌てて口を押さえている。

「じゃ、沙希、市森くんを二階の部屋に案内してやれ」

書斎と今話しているリビングに盗聴器を仕掛けることにしている。市森がバッグに受信機を忍ばせているはず。

 

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