第21話 病室

 浅草署の丘頭警部は署に連行した桂と取調室で対峙していた。

「鑑識の調べで、あんたのジャケットの袖のボタンとささくれ立った生地が亡くなった山笠さんのポケットにあったものと一致したわよ。どういう事かきちっと説明してもらおうじゃないの」

丘頭がそう言うと桂は明らかに挙動不審になった。

「それと被害者が最後に携帯に《かつら》と入力してたのよ。ダイイング・メッセージよ」

丘頭は何も言わない桂を無言で睨み続ける。

桂は青ざめた顔で寒くもないのにぶるぶる震えている。

丘頭は時を待つことにした。

……

やがて「沙希さんに助手にしてやるからと言って頼まれた」桂がぼそりと自供した。

「認めるんだな! 山笠さんを殺したことを認めるんだな!」丘頭が怒鳴る。

「はい」項垂れ桂が認めた。

「動機は何?」

「だから、沙希さん……」桂が言いかけるのを「どうして……」と強く言って言葉を遮った。

「どうして沙希さんが山笠さんを殺そうとしたのかを訊いてるのよ。あんたが殺し屋でもあるまいに頼まれたからってそれなりの理由がなくちゃ殺らないでしょう。てか、冗談と思うでしょう普通」

「いやー、助手なんで、言われたら断れなくって……」

「じゃ訊いて来るわ。ここ代わるからどうやって殺害したか細かく話してくれる」

丘頭はそう言って部屋を出た。

 

 十分後には赤井川宅のインターホンを鳴らしていた。

沙希に桂の証言内容を話して事情を訊く。

沙希は驚いて動揺している。

「で、でも、私、そ、そんな人殺しを頼むなんて、それも主人の助手を……言ってませんわそんな事」

紅潮した顔、震える手、疑わしいと思えばそうなのだが「最近、先生か奥さんか山笠さんと喧嘩したり、トラブったりしてません?」

「彼は良くやってくれていますよ。助手になって二十七年くらい務めてくれてましたから、主人も頼りにしてたと思いますわ」

「でも、桂はどうしてそんな嘘をついたのでしょう?」

「分かりませんけど、苦し紛れじゃないですか? 私も主人も桂さんはあまり好きじゃなかったので」

「えっでも奥さんが先生に桂を助手としてどうかと勧めたんですよね」

「えっいえ、桂が山笠さんがいなくなったので大変そうだから助手やりますかと言うから、湖立課長に訊いたら了解してくれたので、主人に話しただけです。助手にすると決めたのは主人ですわ。警部さんは私が山笠を殺させたと言いたいようですけど、私に殺さなければならない理由ありまして?」

沙希は自信満々の表情をみせながら声高らかに言う。

「いえ、疑うと言うよりは、桂さんがそう言ったので確認に来ただけですから、特に奥さんを犯人だなんて思ってるわけじゃありませんよ」

丘頭は何となく夫人の言い草にカチンときた。今は引き下がるしかないがひょっとしたら裏に何かあるのかもしれない。夫も徘徊の癖があって当日も夜に歩き回っていたみたいだし……。

 帰りがけ丘頭は久しぶりに一心のいる病室に顔を出した。

缶コーヒーを啜りながら山笠殺人事件の状況を話した。

「そうか、やっぱり山笠が出てきたか……」一心が考え込んでいる。

「どうした? 山笠が何か?」丘頭が訊く。

「いや、赤井川創語の関係者の殺人事件なんだが、共通点は赤井川の著書で該当する殺害方法を書いた本が残されていることと、山笠颯太が関わっている。この二つなんだが、警部はどう思う?」と、一心が言う。

「いやぁ考えたこと無いなぁ……一心は偶然じゃないと言いたいんだろう?」

「まぁな、漠然としているんだがな……」

「でも、一心、山笠殺害は桂で間違いは無いと思うし、釧路の事件は根田じゃないのか? それにボウガンは今の段階だと桂、越中は春奈、果歩の誘拐殺人と犯人の殺害は山笠。少なくとも同一犯じゃないでしょう?」

「確かにそうなんだが……証拠があるって言うのに認めない。根田も春奈も桂もみんなそうだ。何か可笑しい」

「確かに一心の不安がる気持ちもわかる。分かるが、じゃどうするってなった時に道が見えない。でしょう?」

丘頭が言うと一心も頷く。

「なんだよなぁ……」

 

 

「おはよぉさんどす」随分とご機嫌な様子の静がいつもより大分早く病室に顔を出した。

「おはよー、何か良いことあったか?」静の笑顔を見ると一心も自然に笑顔になる。

「へぇ、あんたはんのリハビリももうすぐ終わりやて……ひと月もしたら退院できるんじゃないかて、せんせゆうとりましたで」静が和服姿でスキップでもしそうなくらい喜んでいる。

「まだひと月もあるのかぁ……」そうは言ったがやはり退院が近づくのは嬉しいものだ。

「退院前に事件をなんとか片付けたいなぁ……そう言えば、関係者の過去は調べてるのかな?」

一心は忘れかけていたことを退院という言葉を切っ掛けに頭の中も整理して気付いたのだった。

「はて、どうやったかいなぁ? 美紗に訊いてみますわ」

静は楚々として病室を出て行った。

ほど無く戻った静は「あんたはん、分かりましたわ。実は、赤井川沙希はんが、大学を卒業して……」

途中まで喋って一旦話を切って一心の耳に唇をつけるようにして囁いた。

一心は何となくこそばゆく聞いていたが「何! そんな事があったのか。じゃ、あの二人は……」

その先の言葉を飲み込んで静と目を合わせ頷いた。

「それとな、こないだあてに頼みよった春奈はんの照合の件な、美紗が一致しなかったて、そやけど行ったのは間違いのうおなごはんですて」静がメモを見ながら言う。

「そうだったのか、それですべて分かった。じゃもう一度一から考え直してみるな」

一心は退院のことも忘れ集中した。

窓外には一心の晴れ晴れとした気持を写し出ているようなすっきりとした青空が広がっていて、雲ひとつ見えない。

ノートに事件に関わった人物の名前を書き抜きし、複雑に線を引いてゆく。

そして窓際に立って腕組みをし青空を見上げたままじっと考え込んだ。

……

空の青に薄っすら赤みが差してきたころ「静、……」呼んだが返事がないので振返ると静は帰ったのかいない。

「せっかく、謎が解けたのに……」一心はひとりごちる。

仕方がないので、リハビリ室へ車椅子で向かった。

 

 翌日、静の顔を見るより早く「おい、警視庁の万十川課長に電話して、北海道での殺人事件から山笠の殺人事件までの五つの事件の所轄の警部と合同で捜査会議を開いて欲しいと伝えてくれ。場所はここだ」

静はびっくりした顔をして「病室で会議するんすかいな?」

「あぁそうだ。五件の連続殺人のな」そう言って静に向けてウインクする。

「へぇへぇ、さっそく連絡してきますわ」

そう言って部屋をでて程無く戻って来た。

「えっもう連絡したのか?」

「へぇ万十川はんにみなはんに連絡頼んますゆうてお願いしたんどす。そいで二、三日余裕見てくれと言っとりましたわ」と静。

 

 三日が経った日の午後一時、

警視庁の捜査課の万十川課長を始め、

同課の六日市警部、

釧路署の乾警部、

浅草署の丘頭警部、

品川署の大磯警部、

中野署の飯沼警部、

大塚署の有村警部が集まってくれた。

事前に何も言ってないので、室内はざわざわとしている。

「岡引探偵さん、全員集合しましたがどういう事なのか説明良いですか?」万十川課長が口火を切る。

一心は考え抜いた五件の殺人事件について話しを始める。

 釧路から始まった赤井川創語に関係する人間の絡んだ五件の殺人事件は、彼の著書に書かれた方法で行われてるんです。

・活き造り冷凍殺人事件

・ボウガン殺人事件

・誘拐殺人事件

・宅配便殺人事件

・貯水槽殺人事件

つまり、これらが共通しているという事は、連続殺人事件じゃないかという訳です。

「でも、一心、別の犯人が逮捕されたり、逮捕しようとしているのよ」丘頭警部が疑問を投げ掛ける。

そうなんだが、まぁ聞いてくれ。

俺の言う共通って、じゃ何だという話になる。

 釧路での被害者友池佐知は、赤井川創語の愛人なのは知っての通り、で、ここでひとりの共通する女性が登場するんだ。

それが、桃川心美だ。

赤井川創語が半ば強制的に彼女と関係を結んでしまったのだが、愛人の佐知にすれば恋敵だ。

嫉妬し憎んだ。

そのまま行けばひょっとすると佐知が心美を殺すかもしれないそう思った真犯人は、心美を守るため佐知を殺害したんだ。

過冷却水を使ったのは、死亡推定時刻を誤認させることなども考えられるが一番は憎しみだと思う。佐知は水に放り込まれ一瞬で凍って動けなくなる。その苦しさは遺体の表情からも推察できるんじゃないかな。

一つ目の事件を話したところで釧路の乾警部が「んーでも、苦しめるなら水に頭を沈めても同じだと思うけどな……」

「確かに、幾つも方法はあるだろう。そのどれを選ぶかは本人に訊かないと分かんないね。ただ、抵抗されることを考えると、どうだ? 手を引っ掻かれたり髪を引っ張られたりするリスクは無い。だろう?」

一心は指摘された事を考えなかった訳じゃないが、自身の推理には自信を持っている。

 

さて、次はボウガンで殺害された若井碧人なんだが、彼は心美の恋人なのに自身が小説家になりたいがために、心美に赤井川創語の取材ノートやネタ帳を盗みに行かせている。その姿をうちの美紗が沙希のパソコンをハッキングして映像を見つけたんだよね。

さらに若井は仕事もせずに心美のひも状態だ。

そんな奴と結婚しても幸せにはなれない、苦労が目に見えていると真犯人は考えたんだ。

そこで真犯人は、桂を心美に近づかせ若井とトラブルを起すように仕向けた上で、桂を犯人に見せかけて若井を殺そうと計画したんだが、しかし、思ってもみなかったことが起った。桂が心美にSMを強要した上犯してしまったんだ。それで真犯人はふたりとも殺そうと考え直したんだ。

 実際は、桂が若井のボウガンを奪い取って殺害し、死力を奮って桂の足を掴んだことで桂が転んで気を失った。

そこへ若井を殺害するため部屋に入った実行犯は桂が生きていたので、困って真犯人と相談したんだろう。

真犯人は一計を案じて実行犯にやらせたんだ。

それは、桂を睡眠薬でしっかり眠らせた後、桂の上着を着て桂の免許証を使い冷凍車の手配などをして、若井の遺体を氷漬けにして代々木の池に捨てると言う小説通りの遺体の始末さ。

「ここでも氷漬けにしておいて、遺体を水に浸けたりひと目につくところに置いた理由が分かりませんな」

警視庁の六日市警部の指摘だ。

一心は「真犯人に訊いてみましょう」と逃げた。そして続ける。

 

 爆殺された越中悠は心美に目をつけ写真などを撮り、心美本人は気付かなかったようだがストーカー行為を繰返していたようだ。

心美の身に危険を感じた真犯人は狡猾にも写真に撮られていた佐久間春奈を犯人に仕立てる準備をして爆弾を送り付けたんだ。それも心美を守るためさ。

「ちょっと待ってくれ、状況証拠に物証も出てる。ただ本人が否認してるので送検していないが自供は時間の問題と考えているんだ。探偵さんが春奈は犯人じゃないと言い切れる理由は何だ?」

飯沼警部は不服そうに目に角を立てて言う。

「あぁ物証が出たんだ。うちには警察にも認められている歩行照合システムってのがあって、顔の見えないふたりが同一人であるのかを歩く姿で証明できるんだ。それによって配送業者に行った人物と春奈の歩く姿は別人と判定されたんだ。ただし、その人物は女だということも分かった。で、今作業させているのはそれが真犯人かどうか……もう直分かるだろう」

一心が言うと丘頭警部がホローしてくれた。

「そのシステムはうちの管轄の事件の裁判でも採用されたものよ。だから信頼できると私は思ってるわ」

丘頭警部の後押しで飯沼警部も何か言いたそうにしているが口を噤んだ。

一心はここで一呼吸置いた。誰かが意見を言うチャンスを作る狙いもあったのだが、……質問も出ないので「次は……」と続けた。

 

 次は滋賀果歩の誘拐殺人事件なんだが、この事件の前半は偽装であることはすでに周知だ。

そして誘拐犯の千図時明と海氷翔琉は隠れ家で共犯だったはずの果歩に、偽爆弾を本物の爆弾にすり替えて装着し、脅しをかけて乱暴したうえで現金受渡現場へ行かせたんだ。

しかし、彼らは果歩を暴行するのが目的で、現金を受け取ったら解放し、心美を連れ込んで乱暴してから国外へ逃走する計画だったようだ。

果歩が爆殺されたのは予定外の話しなんだ。それでパソコンに残された文の意味が分かっただろう。

 実際には、先ず実行犯が八王子の高尾山から採取した《ヤマトリカブト》から毒を抽出してつまみに仕込み千図の部屋へ侵入してテーブルに置いたのさ。そうすりゃ勝手につまみを食べて死ぬだろう?

果歩は、二枚目の桂に惹かれていたことは知っての通りだが、その桂と心美がホテルへ行くところを目撃したんだ。それは山笠の書いた取材ノートに書いてあった。

果歩は心美に嫉妬したと考えられる。

 九年前の貝塚咲良の自殺は千図と海氷とによるレイプが原因とされているが、じゃ何故ふたりは咲良をターゲットにしたのか? 

そこに果歩の嫉妬があったんだよ。それが果歩のパソコンに保存されていた咲良の写真に書かれた×印なんだ。

 もうわかっただろ。山笠の取材ノートを読んだ真犯人は心美の身に危険が迫っていると感じて果歩殺害を決心した。そうして果歩が用意した偽爆弾の代わりに本物の爆弾を千図に送ったんだ。

ただし、起爆ボタンは実行犯が持っていたんだよ。だから、果歩が現金を受け取る前にでも爆殺できたんだ。

 さて、残りの山笠の殺害なんだが、犯行は桂で間違いは無いだろう。しかし、何故殺害したか、そこはまだハッキリしていない。だろう?

一心は言葉を切って丘頭警部に目をやる。

「えぇそうね。以前から気に入らなかったとか言ってるけど、そんなに長期間一緒に赤井川宅にいた訳じゃないし、桂から佐知に担当が代わってから相当年数も経ってる。だから動機が弱いのよ」

丘頭警部が言った。

だろうな。殺害理由は他の事件と同じ心美を守ることなんだ、と言いたいがここがちょっと悩んだ部分なんだ。

その説明の前に話さなきゃなんないことがあるんだ、先ずそれを聞いてくれ。

 ……実は、赤井川沙希は大学時代に恋人がいた。作家を志望していてコンテストで優勝するほど優秀な学生だったと当時の仲間は言ってる。その仲間に赤井川創語も妻の沙希も加わっていた。

その優秀な学生は沙希の恋人だったんだが、卒業が近くなったある日殺害され彼の取材ノートとネタ帳を盗まれてしまうと言う強盗殺人事件が起きた。

その時、沙希は彼氏の子供を身籠っていて、卒業後に産んだのまでは良いが、現実を目の当たりにして沙希は途方に暮れたようだ。

親の残した金を使ってもでやっと食っていくのが精一杯で、子育てする余裕がまったく無く、困り果てて埼玉の《桃川さくら園》という養護施設の前に子供を捨ててしまったんだよ。

それが心美だ!

 

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