第41話 現実の堤防決壊
「おい、蒼桐、そんなへっぴり腰でおまえ大丈夫?」
「大丈夫です!」
「じゃあもう一度だ。左利きならもっと重心を...オイルを使おう」
目の前に立つのは全身をミリタリーレザーで包み込む金髪の女性だ。「phantom政府軍 第二東海岸チームQ」それが蒼桐が配属したチームである。
3年前から彼女はアストラルに取り込まれてこの世界には存在しない。rubyの生命データは抹消されて売買金になっただろう。
彼女ーー飛鳥葉菜。
ランドルの指揮する部隊とも離れて、日々政府軍の軍人として修練を積んでいる。
「よし 撃ってみ」
目の前の電子の標的を狙って、サイレンサー銃を撃ち続ける。「ダメだな」と呟きに「これならどうだ」と聞き覚えのある声。
標的がランドルに変わり、躊躇せず心臓を撃ち抜いた。「素直が1番だろ」とは伯井ハヤト。
「伯井さん...」
「よ、お見事ってソレうちのボスなんだがな」
インテリな兄とは違う。少々ワイルドな伯井ハヤトは兄の魂を移されたヒューマノイドだ。
phantomで知ってしまった。Rubyのヒューマノイドは、すべてがヒューマンだ。
全てはヒューマンが「忘れさせられている」だけで、それを専門用語ではガスライティングと呼ぶらしい。
「...俺にとっては天敵です」
「おいおい、それは違うだろうに。飛鳥ちゃんが」
「分かってます!」
言葉を遮って叫んだ。そう分かっている。飛鳥自身が決めたことだ。でも、まだ吹っ切れてはいない。
(だいたい俺はアストラルの次元研究がしたいのに、なんで陸軍なんだよ)
じとっと見る目に気づいたのか、伯井はコーヒーを奢る羽目になった。
*******
「飛鳥は見つかったんですか?」
軍部用のカフェで開口一番に蒼桐はきいた。
「......珈琲の御礼くらい言え」言いつつ伯井はひとつの小型映写機を壁に向けて見せる。
その仕草が過去のあの工作員ーtakuーに繋がって蒼桐は見惚れてしまう。
魂は案外変わらないのかも知れない。坂巻だった頃がふわりと駆け抜けた。
「第七密度、サーバの奥だ。ランドルが作業するのを飽きずに見てる」
「なんで帰って来ないんだよ」
「さあ? 現実の男に嫌気が差したとか」
ずっ。
冷静に熱い珈琲を飲み下した。分かっている。phantom政府軍のメンタル診断で、必要なものを得ろとばかりに陸軍にされたおかげで、上司の嫌味も流せるようになった。
「別に嫌気がさすような行為なんかしてませんけどね」
「分からんぞ、女は」
「あのですね!!」
声を荒げた蒼桐を見て伯井は目を丸くして、ぷっと噴き出して見せた。そのほうがいいと言われて、また着席する。お揃いのミリタリージャケットは少しくすぐったい。...なんてほのぼのしている場合じゃなかった。
「rubyはどうだったんですか」
「どうもこうも。話にならなかったよ。元々この世界はヒューマンの生命証明書は地球資源並さ。お前のphantom政府軍の永住権は取れるが飛鳥のほうが」
「すいません。ご迷惑を」
「ランドルに会うため...か」
「いえ もうrubyには戻りたくないんですよ」
本音だった。
もう二度と灰色の世界には戻らない。あのrubyはヒューマンを冷酷に管理しているただのコンピューターだと知った以上は。
「ヴァーチュアス....って言われてなんか思い出しかけたんです」
伯井も多忙な軍人だから交流が持てる機会は少ない。兄のこと、父のこと、本当の家族のことを聞き出しておきたかった。
「父親には会っただろう。兄はここにいる」
「なんで消えたかです。知らせて来た以上は俺には知る義務がある。な、飛鳥もそう思」
いつもあった隣の気配を思い出して、ついくちに出た。堤防は難なく崩れ落ちた。
「......っ」
膝の上で握り拳を作り、涙腺をギュッと締める蒼桐に伯井の声が覆い被さった。
「いや、泣け」
腕を回されて目を隠されて、指の隙間から洪水が溢れた。
瞑想すれば、飛鳥に逢えるのだろうか。
天使になって俺の前に舞い降りてくれないかな。
遠くなった彼女を想うことは避けていた。でもやはり兄のそばだと緩んでしまう。
(俺も残ればよかった)
rubyに帰らなくてよかった。きっと君を追って次元突破し、空に舞っただろうからーーー。
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