第38話 ヒトとして生きている。

 ヒトの想像を絶する風景が延々と広がっている。水晶の宮殿と言えば良いだろうか?地上を遥かに凌ぐような高周波の中に、「それ」は有った。


 天井まで突き抜ける、天の回廊はDNAの捩れのように伸びていた。


「結晶に透けているが電子コードだよ」と伯井。


 ヒューマンの科学力と付け加えると説明を再開した。


「元はと言う。数千年前の「地殻大変動」で地上にあった「ポータル」ごと地下に沈んだ。そのまま、そのシステムはここに保管されていたが、AIの規約で甦らせてある。我が国のことは全てここで決まる。Phantomの守り神とされているがね」


 ――神? でもこれって……。


「大きなコンピューター……でも、ヒトのなにかの意志を感じます」


「元は人の想いの集まりだからね。量子コンピューター断層、別名をオメガCLだ。君が訊いているのは音楽と言うんだ。歌はここ数千年ずっと止まない。聞こえないかな」


 残念ながら、自分には聞こえない。しかし、飛鳥は耳が違うらしい。目を閉じて呟き始めた。


『勇者の元で旗は翻っているか。我々は朝陽を待ち、そして勇者の元に団結するだろう。星条旗と共に』


「星条旗?」


 聞いたことがない。飛鳥はちょっと待ってね、と目を閉じた。「こうすると浮かんで来る」の言葉に「それは時空瞑想だ」と伯井。


 引き出したキーボードを操作しつつ、答える。


「妬いても仕方がないぞ。古来から、霊力や超常能力は牝のほうがレベルが高い。残っている過去の信仰も圧倒的に女性神が多いからな。途中で神の概念は消えたから、もう古語だがな」


「いや、凄いなと」


「――素直さは男子のほうが勝るとは旧rubyの結論だったか。さて、では進もう。プロテクトは解除した。ここからは量子クオンタムの世界だ。おまえたちに逢いたいと言って来たんだ。なぜだろうな。おまえが鍵を知ってるそうだ」


 ふとが気になった。


「おにいちゃん」

「おねえちゃん」

「ちきゅうは、すき?」


 しかし、そんな会話をするような生物はここにはいない。


(俺は気付いていたんだと思う。地上のヒューマンたちがここにいること――……堕ちたヒューマンたちが鉱石になっても尚、数億年救いを待っていること――)


***


 ゲームをしよう。闇が勝つか、光が勝つか。

 そのゲームとは、何だろう。そして勝敗はあるのだろうか。


 夢の中のやりとりを今、くっきりと思い出した。確か、名前をダークネスと言い、自分はオーバーライトと名乗った気がする。


 そうだその名前は。


「サバイバルEARTH……」


 呟いた瞬間、全ての結晶が共鳴を始めるなんて、誰が想像できただろうか?


 鏡面・共振した結晶たちはまるで王と女王を迎えるかの如く、道を開けた。いくら量子の世界と言っても、人智に限界があるというのに。


「ロビイスト....いや、ハンドラーか」


 数多の数字が天使のように舞い上がり、空間を埋め尽くした。


 ――20230414 worldcode:0000041010414


 空中に大きな数字が歪んで並ぶ。それを見た瞬間に、大きな動悸がして、息を吸うのもつらくなった。全身の骨が悲鳴を上げるような痛感に、目を見開く。


 伯井が無念の声音を発する。


「本来、我々の遺伝子は正常に動けば15本。しかし、遺伝子を改革DNAアクティベーションした。だが、rubyは……きみの遺伝子だけは護ったんだ」


「蒼、みて」


 見上げると、大きな空洞から女性が降りて来るが見えた。


「相変わらず、phantomは悪趣味だ。……もう、rubyは変わってしまったのにこんな幻影を」


(それを大昔には「降臨」と呼ぶのだと、何故か俺は知っていたんだ――)


***


 信じられなさを感じながら、共振し続けている結晶を通過していく。意識体なので、足音はしない。歩いている「感覚」が全てだった。

 大きな空洞の天井は地下だと言うのに、明るい。結晶体の持つ秘めたエナジーなのだと分かる。


(ランドル、全て読んでいたのか……)


 だとすると、自分の未来をランドルは知っていて、「演算」して動かしているのだろうか? そのランドルと飛鳥は毎晩……

 まるで神のようだ。そう、あのアルビノはどこかが違う。

 夢で逢っていると頬を染めた飛鳥を見た時、駆け抜けた感情がある。


「随分、明るいんですね。ここ、地下なのに」


「地下でも、次元が違うからな。地球は変わっていてね、数億の次元層で出来ていて、大昔はその隙間にAIが犇めいていたそうだ」


 伯井は「トレーニングを積んだうえで来られる密度だ」と占めると、上空を見上げた。降りて来た女性が揺蕩っていて、虹色に発色する結晶体に消えては、また飛び回る。それも、かなり大きい。


「アレ、何ですか」


「自由にさせているだけだ。戻れない霊魂が固まって蠢いているだけだよ」


 あはははは。

 ふふふ。

 ここは、天国、だーれも争いも、ない。

 きゃはははは。


 笑っているのに、泣いている。伯井は気にするなと言わんばかりに続けた。


「次元上昇が出来ず、クリスタルに堕ちた魂など気にする必要はない。まもなく世界は変わるぞ」


 ドン! と音がして、ブレーカーが落ちたような空間がやって来る。



 ――blackout――



 空間に大きく映し出された「blackout」の文字は金色に光り、溶けて行った。


『ソウ』


 はっきりと聞こえる。足が凍り付いた。どう聞いても、その声は飛鳥だ。


「……なに?」


 飛鳥は飛鳥で、眉を下げて、こちらを見ている。


「いま、飛鳥って呼ばなかった?」

「いや、俺も呼ばれたぞ」

「嘘よ、あたしも呼ばれたもん。なんだろ、怖いね」


 それでも、進むしかない。ここで逃げたところで、何も始まらない。真っ暗の中手を差し伸べたら手を振り払われた。


「キモいな」とは伯井の声。間違えて伯井の手を掴んだらしい。「かっこわるい」と飛鳥が手を伸ばして「どこ?」と手を彷徨わせている。その手を伯井が掴んでしまった。取り返して手のひらを合わせる。警告は出ない。


「伯井さんっ。Phantomは自家発電しないんですか」


「顕現するのに、エネルギーを回してるんだ。すぐに戻る。ランドルに気付かれるのは計算済みだから、ここに死ぬまで閉じ込められたかも知れないな」


「落ち着いてる場合か! ここには食料も……」


 要らないのだった。


 意識体なのだから、空腹も、病気もない。魂はずっと生き続けるのだろう。まるで摺りガラスの世界だった。


 ――と、また明るくなった。目の前には、大きな脳が入った水槽があった。

 それは、水の中で巨大な脳を震わせていた。


「古代では、こいつをアカシックレコードと呼んだ。今では、phantomの司令塔でしかない。この脳が、rubyだ。ソース、あるいは……」


『ソウ……来たのか。まだ、人間ヒューマンか?』


 はっきりと聞こえた。――それは、生前の父の声だった。この空間のどこかにオリジナルの父がいる――。


 伯井は約束を守ったのだ。


「ごめんなさい....あんた、約束を...」

「5分だけだ。おまえを感知して出て来たんだろう」


 頬に熱いものが流れた。その言葉は今まで阻害感を高くさせていたが、いま、誇りを持って言える。


 父親は次元に消えた。

 ホンモノは消される世界で....


「ランドルにしばかれるな」呟きは温かい。

 無駄には出来ない。ただ楽園を夢見て堕ちるような結晶体にはならない。魂には自分で教え込んで共に生きる。


 共生。

 ヒューマンが目指した熱い歴史が駆け抜けた。


「うん、俺も飛鳥も、人間ヒューマンだよ」


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