第30話 ゲニーの本心、そして囁かれる竜の言葉

 落ち着け、落ち着くんだ。



「うぅ…………」



 歯ぎしりをしながら、怒りを抑え込もうとするレインだが、そうするたびに心の底から沸々と怒りが湧き上がってくる。


 ライラを殺したのはゲニーだ。それはゲニーの口から聞いて、目の前にライラの無残な姿が転がっている。


 きっと事情があるはずだ。じゃなきゃ、ゲニーがこんなことを…………。


 目の前の現実が受け入れられないレインは苦痛にさいなまれ、顔を歪ませる。


 いや、目の前にゲニーがいるんだ。聞けばいいじゃないか、そうゲニーの口からどうして、こんなことをしたのかを。



「ゲニー、どうしてだ」


『…………』


「答えてくれ、そして俺を納得させてくれ。じゃないと俺は怒りでお前を殺しそうなんだ」



 ゲニーを殺したくない。でもライラを殺したのはゲニーで、ライラは俺にとって家族も同然だ。



『全ては俺の身勝手で弱い心が原因だ』



 ゲニーはゆっくりと立ち上がり、こちらを見る。



『レイン、俺はライラが好きだったんだ。ずっと、ずっとだ』


「知ってる。そんなことは知っている!俺が聞きたいのはそんなことじゃ!!」


『レイン!!お前は何もわかっていない!ライラがどれだけ、お前のことが好きだったかを!どれだけ頑張っても、どれだけ努力してもライラは振り向いてくれない。ずっと、ずっとレインを見ていたんだ。わかるか、この気持ちが』



 ゲニーの言葉にレインは何も言えなかった。



『だから、俺は悪魔と契約したんだよ。あの方は言ったんだ!私の言うことを聞けば望むものが手に入るって!だから、なんでもした。あの方の言葉を信じて、冒険者としてあるまじきことをたくさんした。お前をパーティーから追放したのも、遺跡内に閉じ込めたのも、全部、ライラを振り向かせるためだって言い聞かせて』



 ゲニーは涙を流しながら、剣を強く握る。



『でも、結局、ライラは振り向いてくれなかった。まあ、今にして、冷静に考えればこんなことをして振り向いてもらえるわけないのにな。結局、俺はすべてに絶望して、そのまま…………ライラを』



 そこで口を閉じ、剣をレインの前に投げ捨てた。



『俺はもう疲れた。だから、レイン、お前の手で終わらせてくれ』


「ゲニー、俺は…………」


『どちらにせよ、俺は取り返しのつかないことをした。魔物を操り、街を襲わせ、大事な人を殺してしまった。俺は生きていちゃいけない。頼む、お前の手で俺を殺してくれ』



 気づけば、怒りは心の奥底に引っ込んでいた。


 そして、思った。もうゲニーを楽にしてあげようと。


 だがそこで一つの疑問が思い浮かぶ。ゲニーはさっきまで正気ではなかった。そして、ゲニーが言うあの方とはいったい誰なのか。


 そうだ、そのあの方こそがライラの仇、殺さなければならない敵だ。



「ゲニー、最後に一つだけ教えてほしい…………お前の言うあの方って誰のことだ」


『…………レイン、それを知ってどうする?』


「殺す」


『なぜだ?』


「すべての元凶だからだ。ゲニーをこんな風にして追い込んだのも、ライラが死んだのも、元凶はお前の言うあの方だ」


『…………あの方の名前は』



 ゲニーの言動にレインは不信感を覚えた。


 どうして、ためらう?ただあの方が何者なのか、言うだけなのに。まさか、言えない事情がある?それとも、時間稼ぎか?


 いや、でもあのゲニーの言葉が噓のようには聞こえなかった。


 だとしたら、あの方によって口封じをされている?



『…………』



 覚悟を決めたかのような表情でゲニーが口を開いた瞬間、ゲニーの耳元から声が聞こえてくる。



「ダメではありませんか」


『んっ!?』



 聞き覚えのある、心の奥底に刻まれたあの方の声。



「どうした、ゲニー?」


『レイン!今すぐ、俺を殺せ!!』


「な、何を言って」


『じゃないと、間に合わなくなる!!』



 必死になるゲニーだが、時すでに遅し、ゲニーの意識が唐突に遠くなっていく。



「まったく、静かに傍観していれば、殺してほしいなんて、勿体ない。どうせ死ぬなら、最後ぐらい実験に付き合ってください、ゲニー様」



 あの方は笑みを浮かべながら、指を鳴らす。

 すると、ゲニーの瞳から色が失い、操っていた魔物が魔力を吸い上げ始めた。



「な、なにが起こって」


『れ、レイン…………』


「ゲニー!!」


『お、俺を、とめて、く、れ…………じゃないと』



 吸い上げられた魔力はゲニーの許容量を超え、合わせように体が膨張し、人の形を失っていき、その姿はもはや魔物だ。



「これも全部、あの方の仕業ってわけか、くそ!!」



 心の奥底で引っ込んでいた怒りが再び、湧き上がってくる。



「ゲニー、安心しろ。俺がお前を楽にしてやる。そしてお前をこんな風にしたあの方ってやつも俺が殺してやる」



 殺気立つレインは剣を強く握りしめながら、唱える。



「ブースト・リミットリリース!!」



 限界を超えた強化を施し、一気に攻め上がり、ためらいもなくゲニーに剣を振り下ろした。


 だが、刃が通ることなくはじかれ、化け物となったゲニーは右手を大きく振り上げ、レインめがけて振り下ろした。



「くっ!?」



 強化魔法ブースト・リィフレクションのおかげでギリギリでよけるが、そのまま勢いよく転がり、木に背中を強くぶつけた。



「硬いし、早い…………剣が通らないか」



 技はない。ただの力業のはずなのに、一撃が重くまともに食らえば一発アウトだ。

 でも、それ以上に問題なのが、強化した武器が効かないということだ。


 刃が通らなきゃ、殺すことさえできない。テラがいれば、まだなんとなるんだがけど。


 化け物となったゲニーはこちらを向いて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。



「でもやるしかない。大丈夫、大丈夫だ。だってあの時だって、何とかなったんだ」



 漆黒の竜と戦った時を思い浮かべながら、ゲニーに剣を振る。


 振るっては弾かれ、力だけですべてを圧倒される。そこに戦いはない。あるのは絶対的な力でねじ伏せる暴力だけだ。


 刃がこぼれ、次第に切れ味をなくしていき、刀身が曇る。それでも振るい続けるが、やがて気づいた。


 これは勝てない。そもそも、漆黒の竜と戦った時、俺は一人じゃなかった。仲間がいて、みんな力を合わせて倒せたんだ。



「はぁはぁはぁ、俺って本当に無力なんだな。結局、何も変わっていない」



 燃える怒りの闘志は沸々と煮えたぎり、力になっているが、それでもゲニーをあの化け物には勝てない。


 このままは終わるのか?ゲニーの願いもあのお方の正体も、殺すこともできず、ただ圧倒的な力の前で無力なまま、死ぬのか?


 振り上げられた拳は俺の腹に直撃し、そのまま森の奥へと吹き飛ばす。



「ぐはぁ!?…………くぅ、くそ」



 足に力が入らず、立ち上がれないレインはただ悔しそうに化け物を見つめた。



「どうして、こんなに俺は!!うぅ!?」



 体がみしみしとはじけるような痛み、全身から発せられる熱。

 そろそろ、強化魔法ブースト・リミットリリースの制限時間を迎えたようだ。



「本当にここまでなのかよ…………」



 ブースト・リミットリリースが解除されれば、もう俺は動ける状態ではなくなる。下手をすれば、そのまま死ぬかもしれない。



「ごめん、ゲニー。俺はお前との約束を守れそうにない」



 近づいてくる足音。

 もうすぐそこまで、あの化け物はこちらに来ている。



「ここまでか」



 俺はゆっくりと目を閉じた。



『そうか、生きることをあきらめるか、ならばその体、我によこせ、人間』



 心の内から聞いたことのある声が囁かれた。

 

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