第45話 偽物の覚悟

【前話までのあらすじ】


「キャカの木」の復活にキャスリン城にて祝宴が行われた。ご馳走を前に心躍るライスであったが、鞄にある秘想石が光りだす。秘想石の反応からアアルクの正体が「形のない宝石」であることが判明した。しかしライスの主張に激昂したレミンはリキルス国に渡って本物のアアルクを連れ帰ることをライスに命令するのであった。

◇◇◇


【本編】


 レミンは高笑いしながら部屋を出て行った。しかし彼女が頬を濡らしていたことは誰も知らなかった。


 「カイよ、その少年とミレクを放してあげなさい」


 レミンの姿が見えなくなるとアアルクは穏やかに言った。


 「私はレミン様の兵です。あなた様の命令には従えません」


 「お前が、いや、この城内の誰もが私の存在を疎ましく思っているのは知っている。だが、今は先代の王として命ずる。すぐに解放するのだ」


 その声に秘められた威厳ある何かにカイは剣をおさめ、スレイとミレクを解き放った。


 「娘が冷静さを失いすまなかった。同時に君たちには礼を言うべきかもしれない。少し私の部屋で話をしよう。 カイ、君も一緒に来なさい」


 迎賓広間を出ると、アアルクは上階にある幼きレミンの子供部屋にみんなを連れて行った。


 「彼は君たちの仲間なのだろう?」


 部屋の扉を開くと奥のベッドにマイルが寝ていた。


 「彼は私の顔を知っていたようだ。 だが彼の若さだ、きっと城内にある肖像画の私を覚えていたのだろう。身のこなし方から元密偵といったところか..」


 アアルクの観察力、洞察力は鋭かった。


 アシリアは手の平をゆっくり揺すりエルフの丸薬を出現させるとマイルへ飲ませた。


 「これでもう心配はない。もうひと眠りすれば体力も回復するだろう」


 マイルの浅い呼吸がゆっくりと安定した呼吸に変化した。


 向かいにあるソファに腰を掛けるとアアルクは話を始めた。


 「実は、私自身が戸惑っていたのだ。確かにあの時、私は幼いレミンを抱きしめ、船に乗りこんだ。だが、次の瞬間、私の目の前に年老いたレミンが現れた。最初、私はあの子のことがわからなかった。 しかし、胸に飛び込んできた時、我が子だとわかったのだ」


 「それが14日前の出来事ですね」


 「ああ、そのとおりだ。混乱するわたしを前に、娘は—神が願いをかなえてくれた、リキルスから父を返してくれた—と喜んでいた。しかし、無いのだ。私にはリキルスに到着した記憶が.. だが、今日わかったよ。君たちの言うとおりだ。私は娘の想い出から作られた幻影なのだ。私の記憶が船に乗り込むまでなのは、それが娘の記憶だからなのだ」


 「そうですね.. 私はアアルクさんと同じような人を知っています」


 「 ..魔法のような話だな。『形のない宝石』か。私は.. あの子の父・アアルクではないのだな」


 「 ....」


 「カイよ。お前が私に抱く気持ちはわかる。あの子はきっと私より優れた女王だったのだろう?」


 「 いえ ..はい」


 「わかるよ。あの子はとても気高く、そして自分よりも周りの人を気遣うやさしい子だった。私が旅立つときも寂しさを隠して、憂いが残らぬように送り出してくれたのだ」


 そう言うとアアルクは幼いレミン女王が描いた水彩画を見つめていた。


 「娘は女王としてしっかり国を治めてくれたのだな。国の民の顔、そしてカイよ、お前のような優れた部下を見ればわかる」


 「 ..アアルク様」


 「私はこのまま娘を見守ろうと思っていた。レミンを天へと送った後に消えればいいと。しかし、やはりそれは違うのだ。私の存在が娘を変えてしまった。あの子はいつしか何よりも私を優先し始めてしまったのだ。カイ、お前はそれを危惧していたのだろ?」


 「 ..おっしゃるとおりでございます」


 「民を見ず、政を見ず、そして部下の声を聞かぬは愚かな王の振る舞いだ。 幻影の父を追い求めて国を治めることなどできぬ。私は消えたほうがいいのだ」


 「しかし、それではレミン様の心に深い傷が残ってしまいます。私はそれが心配です」


 「カイよ、やはりお前は良い部下だな。ありがとう。だからライスさん、私はあなたに頼みたいことがあるのだ。リキルスに渡った私はもう生きてはいない。だから、私の亡骸を探しだし、ある物を持ち帰ってほしいのだ」


 「何ですか?」


 「それは、娘が作ってくれたお守りだ。手に収まるほどのレイサル編みの小袋だ。それを見ればきっと娘は自分自身を取り戻すはずだ」


 「でも、それを見ただけでレミン様が変わるでしょうか? 私はそうは思えません」


 リジが誰も言えないような鋭い意見を言った。


 「いや、きっと大丈夫だ。 娘がその中の手紙を見れば、偽物の私など必要ない。ライス君、君たちは『形のない宝石』というものを探しているのかい?」


 「はい」


 「ならば、その望みもかなうだろう。娘が私を必要としなくなったとき、私はきっとそれに戻るはずだよ」


 アアルクはカイを見つめると彼の肩に手を乗せて言った。


 「私がいなくなった後はカイ、君たちが娘を支えてやってくれ。頼む」


 「はっ、かしこまりました、アアルク王」



「では、ライス君、王家に伝わる水の国リキルスへの行き方を教えよう」

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