EP24 どうしようもない似た者同士

 耐衝撃防護服。〈エクステンド〉のエゴシーターをARAs(エリアズ)に迎えることを想定し、操縦の際に掛かる身体的負荷を軽減するために開発された専用の衣類。詰まるところ、夕星(ゆうせい)専用のパイロットスーツである。


「ふぅ……これで俺も思いっきり戦えるぜ!」


 防護服を着込んだ夕星の姿はまるで重厚な鎧を着込んだようであった。各部に充てられたプロテクター達は、急加速と急静動による負担を軽減してくれることだろう。


「よく似合ってるじゃんか」


 十悟(じゅうご)が揶揄い混じりに声を掛けてくれた。


「茶化すなよ。これでも真面目な格好なんだからさ」


「蛹の怪獣の打倒。並びに藤森陽真里(ふじもりひまり)奪還作戦」の決行は、明日の早朝に決まった。夕星がエゴシエーター能力を駆使し、盾による包囲網を形成。エネルギーの暴発への備えを敷いた後に、「魔女」のエゴシエーターこと竜胆麗華(りんどうれいか)が一撃を加え、核心(コア)の奪取と蛹の破壊を試みると言うのがざっくりとした作戦の概要だ。


 現在時刻は午前三時。短な仮眠を取り終えた夕星達は、整備区画にて〈エクステンド〉の修理が完了するのを待ち侘びていたのだ。


 二人の背後ではフレームを晒しっぱなしにしていた〈エクステンド〉も徐々に万全な状態へと組み上げられていく。翡翠色をしたカメラアイに光が宿り、鋼のマシーンが躍動する瞬間もそう遠くない。


 夕星が緊張をほぐすために、乾いた口内に水を含んだときだ。十悟が唐突におかしなことを言い出した。


「真面目な格好、か……けど、真面目になり過ぎてもよくないぜ。なんたって、お前はこれから大好きな〈エクステンド〉で、もっーと大好きな陽真里ちゃんを助けに行くんだからさ」


「ブッッッ⁉」


 夕星は思わず吹き出してしまった。


「うっわ、汚ったねぇな!」


「けっほ! けっほ! ……いや、お前がいきなり変なことを言い出すからだろ!」


 今のはどう考えたって十悟が悪い。


 文句の一つでも言ってやろうと悪友のことを睨みつけるも、その表情に反省はなしだ。


「あのなぁ……今は俺たち二人でふざけ合ってる場合じゃねぇんだぞ!」


「まぁ、そうだけどさ」


 彼はポンと、夕星の肩を叩いた。


「あんま気負い過ぎんなよ」


 十悟はエゴシエーターでもエリアズの工作員何でもない、ただの一般人だ。蛹を中心に広がる砂塵化の影響範囲だって、現状は地表にしか作用しないと言うだけで、天川(あまのかわ)市の地下に広がるこの基地がいつ砂に溶けてしまうかも定かではない。


 だから、本来ならさっさと安全な地点まで避難すべきなのだ。


 だと言うのに、この悪友は夕星に付きそう選択をした。


 ARAsの臨時工作員として。未那月(みなつき)達と共に蛹の特性を分析し、通信越しに〈エクステンド〉の戦闘をサポートしてくれるというのだ。


 今だって、何気ない冗談で緊張を紛らわそうと、気を遣ってくれている。


「ほんと、俺をぶん殴ってくれた時もそうだけど、何から何まで世話になりっぱなしだな」


「気にすんなって。それよりも、今回の騒動をバチッと解決したらさ、またゲーセンで遊ぼうぜ。この前の決着もついてないわけだしさ」


 饒舌に雑談を広げてしまったというのに、いつの間にか口内の渇きは消えていた。


「確かに、お前との決着もつけねーとな」


 軽くフィストバンプを交わした後に十悟は「んじゃ、そろそろ俺は管制の準備をするから」と整備区画を去ってゆく。


「あぁ、頼りにしてるぜ」


 そして夕星は防護服のプロテクターがちゃんと適切な個所に当たっているかを再確認しながら、区画の隅の方に視線を遣った。


 そこには静かに壁に持たれ掛かるシルエットが一つ。


 黒衣を纏い、首にARAs製の枷を嵌められた魔女の姿だ。


 彼女の手には何やら大きな書籍が握られており、彼女はそれを黙々と熟読していた。


「竜胆麗華か……」


 彼女は夕星にとって宿敵と言えた。十悟を傷つけられたときの借りも、陽真里を殺そうとしたときの借りも、返せたとは言い難い。とてもじゃないが会話する気にもなれない相手だ。


「……フン」


 彼女も夕星の視線に気づいたらしい。だが口を横一文字に閉ざしたまま、読んでいた書籍に視線を戻した。


「なっ! なんだよ、今の態度は!」


 やっぱり、コイツのことだけは嫌いだ。中学の頃にもムカつく奴はいくらでもいたが、麗華の腹立たしい態度は頭ひとつ抜けていた。


 今回の作戦において、最大の懸念点となるのもやはり彼女の存在であろう。


 彼女の首に巻かれた枷は、ARAsが敵対するエゴシエーターを捕縛するために開発した特注品。過度な現実固定(メルマー)値の変動を感知すると同時に、高圧電流を流すことで捕縛対象の意識を刈り取るという、なかなかに容赦の代物だ。


 もしも麗華が魔法や、ワープ能力で枷を外そうとしても、その時点でスパークが爆ぜる。彼女の自由は、未那月の手に掛かってしまった時点で剥奪されたのと同義であった。


 だが、それだけで本当にこの「魔女」を縛ることはできるのだろうか?


 彼女が他のエゴシエーターに向ける殺意はハッキリ言って異常である。土壇場で彼女が裏切り〈エクステンド〉攻撃を加える程度ならまだしも、コアに内包されたままの無防備な陽真里を狙われたなら、反撃のしようがなかった。


「魔女」のエゴシエーター能力では、蛹に秘められたエネルギーを相殺し切ることも不可能に近い。だから夕星が盾役で、彼女が攻撃役という役割分担も変えようがなかった。


(クソ……もしもあの野郎が変な真似をしやがったら俺が、)


 そんな考えが頭をよぎる夕星であったが、不意に彼女が熟読する本の表紙が目の中に飛び込んできた。


「週刊少年アタック」とある表紙に描かれたのは、いかにも熱血少年の雰囲気を纏うキャラクターだ。


「おいコラ、クソ魔女ッ! 何でお前はこんな時に真剣な顔で漫画を読んでるんだよッ⁉」


 夕星はあまりの似合わさなさに思わず、ツッコミを入れてしまった。


 ちなみに「少年アタック」とは、夕星も愛読している週刊漫画雑誌である。


「……文句があるのか?」


 初めは無視を貫いていた麗華も、視線を漫画にやったまま答える。


「私はエゴシエーター能力で自らの存在を『魔女』へと作り替えた。だが、この『魔女』とは史実に残るようなものでなく、私が定義する『魔女』になるんだ」


 だから彼女は漫画やライトノベル等を熟読することで、自身の「魔女」に対する解釈を広げようというのだ。


「私の『魔女』や『魔法』に対する解釈が広がれば、それだけ現実改変能力の幅も広がるからな」


 言われてみれば、彼女が操る魔法には皓(しろ)い光を操るものばかりだった気がする。その特徴は「少年アタック」で大人気連載中のファンタジーアクション作品「魔道決戦」のクールなライバルキャラが使う魔法と酷似していたのだ。


「広がるから……って、そんな得意げに解説されても」


 というか、今のやり取りだけで麗華に対する印象が歪んでしまった。


 得体の知れない殺意の塊だった彼女が、今はただの少年漫画オタクにしか思えないのだ。その証拠に今週号の「魔道決戦」には主人公とライバルが共闘する熱い一コマがあるのだが、彼女の口角はわずかに吊り上がっているのだから。


「なぁ、〈エクステンド〉のエゴシエータ―」


 麗華が少し挑発的な視線を向ける。


「今週号のこのシーンに登場した魔法。光の剣を用いて、絶え間ない斬撃を敵に浴びせるというものだが、お前で試しても良いか?」


「ハッ、勝手にしろよ。首枷のせいで感電死しても知らねーけどさ」


 二人の間に流れたのは沈黙だ。辺りに響くのは、整備班達のやり取りと金属音だけ。互いに口を閉ざしたまま気まずい時間を耐え忍ぶ。


 だが、その沈黙を破るのも麗華だった。


「ふふっ」


 またも彼女の口角が吊り上がった。


「今度は何がおかしいんだよ……魔戦はそこまで笑える漫画でもないだろうに」


「おかしいのはお前だ、〈エクステンド〉のエゴシエーター。貴様は本当に面白い奴だからな」


 笑いを堪えきれなくなったのか、麗華は不適な笑みを隠そうともしなくなった。


 ひとしきり笑い終えた彼女はポツリと呟く。


「私のスタンスは変わらないし、これからも変えるつもりもない。エゴシエーターは全て殺し尽くすし、あのバケモノ女も絶対に殺す。────だが、今回の共闘に限っては私も、あの少女を救うために全力を尽くすと約束しよう」


「そいつは一体どういう風の吹き回しだよ」


「理由なら三つある。一つは、今回の事態を招いた非が私にもあるから。もう一つは、下手に未那月へ逆らっても勝ち目がないことに気づかされたからだ。あの怪物を殺すにはもっと準備がいる」


「……じゃあ、三つ目は?」


 麗華は少し口渋ったが、観念したように言葉を紡ぐ。


「貴様は確か神室(かむろ)夕星と言ったな……夕星。三つ目の理由は、私も貴様と同じものを護りたかったからだ」


 エゴシエーターに覚醒する以前は彼女も、何処にでもいるような一人の少女に過ぎなかった。


 そんな彼女がどうしてエリアズに籍を置くことを選んだのか?


「貴様があの少女や友達と過ごす日常を大切にするように、私も大切だった日常があったんだ。友達だって、好きな人だって、護りたかった。それにあの女のことも……だから今回に限り、貴様に全力で協力すると決めたんだ」


「本当に、信じていいのかよ」


「少なくとも未那月よりは私の方が信用できるぞ」


 確かに。あの薄ら笑いの下で何を企んでわからない未那月よりも、不器用ながら自分の考えを言葉にしようとする麗華の方が信じやすかった。


 ただ、それはどうなのだろうか? 今から自分たちは未那月の総指揮の元で共闘するのだから……


「貴様はすぐ難しい顔になるな、ほら今週号の魔戦を読め」


 彼女は布教と言わんばかりに今週号の「少年アタック」を押し付けてきた。


 だが、夕星のイチオシは「魔道決戦」ではなく、主人公が巨大ロボットに搭乗し、悪の組織へと立ち向かう「メタル&クライシス」だ。


「別にいいよ、今週号のメタクラは読んだし」


「メタクラ……? あぁ、あの打ち切り寸前の。あれはアタックに相応しくない駄作だが、貴様はあんなのが好きなのか?」


 二人の視線がぶつかった。歯車状をした瞳の間には火花が散る。


「あ……? 先週のメタクラは読者アンケートも好評だったじゃねぇか」


「先週はな。その前はドベだったんだから、まぐれだろ」


 やはりこの魔女とは根底的な思想が合わないのだろう。水と油、宿敵になるのが運命づけられたとしか考えられないのだ。


 額に青筋を浮かべながら夕星は思った。「やっぱり、コイツのことだけは嫌いだ」と。

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