EP18 エゴシエータ―vsエゴシエータ―(前編)

 ヒバチ、と。今でもそんな風に陽真里(ひまり)のことを小学生時代のアダ名で呼び続けるのはどうしてだろうか?


 きっと、それは他愛もない理由なのだろう。


「なんつーか、今更アイツを本名で呼ぶってのが恥ずかしいんだよな」


 逃した彼女の背を見つめながら、そんなことを呟いてしまう。夕星はコンタクトを外しながら背後へと振り返り、魔女と対峙した。


「ここから先は通さねぇぞ、竜胆麗華(りんどうれいか)」


「問題ない。貴様も私のターゲットだからな、〈エクステンド〉のエゴシエーター」


 衝突するのは互いの闘気だ。急く気持ちを抑えながらに二人は、頭の中で一つずつ状況を整理していく。


 両者は互いにフェイズⅢへと覚醒したエゴシエーター同士だが、麗華は「魔女」で、夕星は「巨大ロボットのパイロット」。そして肝心要の〈エクステンド〉は修理の真っ最中で使えない。


 これはどう考えたって夕星の不利になる条件だ。しかも麗華は元ARAs(エリアズ)の腕利き工作員。その差を根性論で補うのも現実的ではないだろう。


「こっちの攻撃が効かねぇ武道怪獣の時もそうだったけどさ、最近こんなのばっかで嫌になるぜ……」


 では、どうやって不利な条件を補うのか。夕星は拳を握り、スタートを切る。


「ッッ!」


「■■……■■、」


 麗華も右手で杖を構え、詠唱を始めた。現実固定(メルマー)値が揺らいで虚空には複雑怪奇な魔法陣が展開された。


 だが、


「遅ぇんだよッ!」


 この距離であれば魔法の発動よりも速く、素手の方が麗華へと到達する。荒れていた頃の夕星でも躊躇する喉への一撃だが、今は関係ない。


 麗華は咄嗟にフリーの左手でガードするも、発動待機中だった魔法は中断された。魔法陣には亀裂が走り、バラバラに崩れてゆく。


「チッ……こちらの詠唱の邪魔をするつもりか!」


 息を吐かせぬ間も与えない。彼女が口を開くより速く、腰をひねっての胴回し蹴りに繋げてみせる。


「あぁ、それしか俺に勝ち筋はねぇからなッ!」


 魔女の操る魔法には一つ、決定的な弱点があった。詠唱から魔法発動までに生じる攻撃間隔のラグだ。


 あの皓(しろ)く煌めく熱線(レーザー)が脅威であることには違えない。だが、アレを放つまでにはザッと数えて十秒弱の間隔が開いてしまう。


「■■……■■■、」


「だから、唱えさせねぇって言ってんだろ!!」


 振り切った爪先は彼女の鼻先を掠りながらも、また詠唱をキャンセルした。


 夕星が「物質Aを一度砂塵へと分解し、物質Bに再構築することで願いを叶えるエゴシエーター」であるのなら、麗華は「自身の存在を異なる存在Aに創り替えるという過程を経て、願いを叶えるエゴシエーター」だ。


 そして彼女は「A」の部分を「魔女」で埋めることにした。敵を打倒したければ魔法のレーザーで。正体を隠したければ魔法の変身で。大抵の願いを魔法で叶えてしまうのは、そこに起因する。


 しかし、彼女が魔女であることを願っている以上は「魔法詠唱にかかる時間を短くする」という「願い」は叶えられない。それは「自身を異なる存在Aに創り替えるという過程を経て叶えられる願い」の範疇を超えているからだ。


 言うなれば、彼女の現実改変能力に付きまとう欠陥である。


「ARAsに入ってから、アンタのこともずっと考えてたよッ! いつかはまた敵対する相手なんだ。だったら俺がどう対処するかをなッ!」


「フン。いちいち調子に乗ってくれるな」


 不意に夕星の左脇腹で何かが爆ぜた。


 呪文を唱える隙は与えなかった筈だ。であれば、爆ぜたのは苛烈な痛み。視界の端から迫った杖による直接的な刺突である。


「うぐッ……!」


「生憎と私も喧嘩事は好きでな。それに魔女という存在に自分を創り替えてからは、体力にも自信がついてきてな」


 現エリアズの新人工作員VS元エリアズの腕利き工作員。その練度差は、不良相手の喧嘩に明け暮れた程度で埋まるものじゃない。


 麗華の動きは棒術や警棒殺法に近いものがあった。夕星が攻撃のために手脚を出そうとしても、先んじてそこを絡めとられる。


 魔法の杖を刺股のように持ち替えた彼女は速やかに、戦況を制圧してみせる。


「〈エクステンド〉のエゴシエーター。貴様は案外素直な性格をしているな。動きが読み易みやすく殺気がダダ漏れなんだから」


「ハッ……それをお前が言うのかよッ!」


 皮肉っぽく笑ってみせるが、殺気が漏れ出しているのはお互い様であった。


 詠唱時間を与えるリスク込みで、夕星は杖の間合いの外へと飛び出す。考えるのだ────どうすればこの局面を凌げるかを。


 幸いにも一つ苦肉の策はあるが、それに勝負を賭けるにも時間を稼ぐ必要がある。


 であれば、やはり反撃を受ける覚悟で詠唱を潰し続ける他に策はない。

「やっぱ、これしかねぇか!」


 夕星は再び杖の間合いへと飛び込んだ。拳とのリーチ差こそあれど、彼女の杖自体に殺傷能力があるわけじゃない。それに金属バットや鋼パイプといった獲物持ち相手の喧嘩ならこっちも中学時代で慣れているのだ。


 杖が迫ってきた瞬間に、それを掴みさえできれば


「◎◎」


 不意に開かれた口元があまりに短い詠唱を完了させる。


「なっ……!」


 彼女は一言も「短い詠唱で使える魔法がない」と明言していない。


 展開された魔法陣から伸びるのは光の鎖だ。皓く煌いたそれは、瞬く間に夕星の両手足を虚空へと縛り付ける。


「やはり貴様は素直じゃないか」


「ッ……」


 逃れようにもビクともしない。


 鎖の締め付けは徐々に力を増し、筋骨を圧迫していく。このまま折ってしまおうという魂胆か。


「これ以上、誰かの日常が脅かされるよう────エゴシエーターは速やかに処分しなくてはならない。それが貴様のような勇猛果敢な少年でもだ」


「いきなり何だよ……だいたい、お前だってエゴシエーターだろうに」


「あぁ、分かっているさ。だから私も近いうちに自害する。全てのエゴシエーターを見つけ出し、処分した後でな」


 麗華が向ける眼差しには、殺気の中に僅かな夕星への憐憫が混ざっていた。彼女はかつて未那月と共に世界を元に戻そうと奮闘したのだ。その本質は悪虐とは程遠く、寧ろ夕星が抱いた「使命感」や「責任感」と近いのだろう。


 だが、自らの命さえ処分対象だと言い捨てる彼女は既に狂っていた。グルグルと旋回し続ける歯車状の瞳がその狂気を物語る。


「……イカれてるぞ、お前」


「自覚しているさ」


 彼女は杖の先を夕星に押し付けた。「◇◆」と短な詠唱を済ませれば、その先が鋭利な刃へと早変わりする。


「恨み言があれば聞くぞ、〈エクステンド〉のエゴシエーター。それが唯一私に掛けられる貴様たちへの情けだからな」


「じゃあ……恨み言じゃねぇけどさ、」


 スッと軽く呼吸を整えて、夕星の口の端が吊り上がった。


「アンタこそ素直だよな。────〈エクステンド〉がここに無いから、俺がエゴシエーター能力を使えないって油断してんじゃねぇぞッ!」


 夕星の考えていた苦肉の策。それらが今、廃ビルのボロ壁を突き破るようにして飛び込んできた。


 円柱状のシルエットをした〝それら〟は紛れもなく、ミサイルの群であった。

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