♯2.希薄な人間関係は良しとしても、探しものは念入りに。
1.
「ーーあ。深緋ちゃん、気が付いたみたい」
そわそわと落ち着かない心拍をひた隠しに、深緋はソファーで横になる白翔に近付いた。
「大丈夫?」と言って上から彼の瞳を覗き込めば、白翔はびくんと肩を震わせ、あんぐりと口を開けた。僅かに上体を起こした格好で深緋を凝視している。
「え、み、深緋?? つぅか、ここ……、どこ?」
左右に首を振り動かし、白翔は部屋の様子を確認する。手前のローテーブルや黒い薄型テレビ、天井や廊下へ続く扉へと視線を彷徨わせている。
「私の家だよ」
平静を装い、いつもの口調で告げると、え、と目を丸くし、白翔は微かに頬を赤らめた。
「なんで??」
なんでと言われても。
深緋は無言で目を逸らし、「倒れてたから」と説明にならない説明をする。
白翔が首を捻るのはもっともで、そばでお茶を用意しているスグルくんが端的にフォローした。
「僕が見つけたんですよ。コンビニに行く道で、深緋ちゃんと同じ学校の生徒さんが倒れていたから、そのまま連れて帰って来て」
烏龍茶のグラスを手前に置かれて、白翔がたじろぎつつも会釈をする。
「あの。深緋のお兄さん、ですか?」
年齢的なもので言えば、スグルくんは二十代前半だ。彼はいつもの人懐っこい笑みを浮かべるだけで、それ以上は何も言わない。
「あ。お姉ちゃんの、彼氏なの」
「え。……って前に一度だけ見た、あの美人で気さくな?」
「そう」
勿論、深緋に姉妹はいないので、若い見た目の祖母を姉として紹介していた。
「で、当のお姉さんはどこにいんの?」
「今は仕事に出てるから居ないけど。それがどうかした?」
「………いや」
どこか複雑そうな表情をする白翔を盗み見て、深緋は十分ほど前の記憶を思い返していた。
**
「深緋……、なにやって……?」
上ずった声で訊ね、白翔は状況を判断しようと努めていた。地に伏せる男に視線を据えてから、また深緋を見つめる。
暗い路地に漂う怪しげな空気と緊迫感から、白翔が深緋を訝しむのは当然の結果だった。
犯行現場を押さえられた犯人は、おそらくこんな気持ちだろうか、と冷静に分析する。
状況証拠だけで察するならば、深緋が男に危害を加えたのは確実で、もはや言い逃れるすべもない。
あっさり罪を認めてラクになりたい。
そう思うのだが、自分が人間ではないということがばれるのは、さすがにまずい。
深緋は無言で眉をひそめてから、白翔に近づき、その横を通り過ぎた。まるで存在を無視するかのごとく、自宅への道のりを進んだ。
「あっ、おいっ」
こうすれば白翔が追いかけてくるのを知っていた。
白翔は思惑通り、慌てて深緋の手を掴んだ。
「お前、どうしたんだよ?? 背中の血……っ、まさか刺されたのか??」
そばに立つ外灯の光で血液のシミがあらわになった。
「白翔」
振り向きざまに名前を呼んだ。
心配そうに顔色を窺う彼の懐に、素早く飛び込んだ。
「ーーみ、」
深緋と発音するより早く、背伸びをして、白翔の首元に手を掛ける。
その日。深緋は初めて同級生から血を吸った。
口内に溜まった赤い
え。
驚きと当惑が混在して、呼吸が狂う。思わず牙を離していた。
うそ、なにこれ……。
鼻から抜ける甘美な香りと、まろやかな口当たり。自らの吸血のせいで白翔の足から力が抜け、意識を失っているという現実に邪魔をされるが。
これこそまさに極上のひと口と舌で認識していた。
こんなに甘くて美味しい血、初めて飲んだ。
地面にへたり込んだ彼を支えて、とりあえずはゆっくりと寝かせる。
今口にした血をもっと味わいたいと欲が膨らみ、唇をペロリと舐める。
これが運命のハニーブラッド、なのだろうか……?
生唾を飲み込み、ゴクリと喉が鳴る。白翔の首筋に目を据えた。
もっと欲しい、もっと味わいたい、こんなのじゃ足りない。もっと、もっと、もっと……!
「……あっ、」
不意に割り込むスマホのバイブレーションが、深緋を正気へと呼び戻した。液晶を見るとスグルくんからで、すぐさま回線を繋ぐ。タイムリミットを過ぎたことから心配して電話を掛けてきたそうだ。
それから先は、スグルくんを呼び出し、倒れた白翔を家まで運んでもらった。
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