本編

 


現在、佐々木喜善さんの墓がある場所は、

「ダンノハナ」なんていう少々曰くの付いたところにありまして。


ああ、と言っても。

幽霊がどうとか。妖怪がでたとか。そんな話じゃあございません。


曰く、ダンノハナの茶色い看板にはこう書かれておりました──。



【『遠野物語』第111話には境の神をまつる小高い丘を「ダンノハナ」と紹介されている。

山口集落を見渡せるこの丘は山口館の一部で、死者の冥福を祈る地とも、館があった時代の処刑場後とも言われている。

現在は集落の共同墓地となっており、『遠野物語』の話者・佐々木喜善の墓がある。】



実際に行って、墓の入り口にありますお堂の横からダンノハナを見上げてみますと。

鬱蒼と生えておりました木々の隙間から薄ら、小さな小さなお社と、そのお社の傍に看板が建っているように見えました。


…ああじゃあ、おそらくあれが件の「境の神」を祀っているというお社で。

佐々木喜善さんの墓石のある共同墓地はその隣にでも建ってあるのだろうなぁ…。なんて。


私はその光景を見て、そう納得した次第でございます。




そうして、その社の方へ、佐々木喜善さんの墓の方へと向かおうと足を進めますと。

分かれ道がございました。


一つは、お社にまっすぐ繋がってそうではございますが、少々坂が急な道。

もう一つは、緩やかにはなっておりましたがお社に繋がっているのかどうか、いまいち判別つかない道。


そんな二つの道に分かれていたのです。



私は緩やかな方の道を選びました。


「なんでそっちを選んだか?」ですって。

そんなもん、ごくごく単純な理由でございます。


その時とてつもなく疲れていたから。


ただ、それだけの理由でございました。




連日の長旅と、昨日の電動アシストの付かない自転車で坂を強行して出来た筋肉痛。

そして、もう6時間と続けていた本日のサイクリング。


もちろん、休憩も時々入れておりました。

昨日の反省を活かして電動アシストのある自転車を借りておりました。


ですがそれでも、急な坂がある道をわざわざ選ぼう、なんて思う気力はもうございません。

その分かれ道を見た瞬間にはもう、私は迷う事なく緩やかな方の道を選んでいた次第でございました。




「境の神」とは、要するに分かれ目や分岐点の神様でございます。


村の内外、山林と人里、峠の向こうと手前側、内陸に行く方と港へ出る方との辻。

夢と現、ケとケガレ、果てはあの世とこの世の境目まで。


ありとあらゆる分け目や境目に立って、悪いナニカの侵入を塞いでコチラ側を守ってくださったり。

コチラ側にいる我々がアチラ側へと迷い込む「神隠し」に関わり、防いでくださったりしておられる神。


それこそが、「境の神」でございます。




日本の神様についてご存知の方ならば『クナドの神』と。

知らない人でも『道祖神』といえばお分かりになる事でしょう。


ピンとこない方は『お地蔵様』だったり、道傍に置かれてある『庚申』なんて書かれてる謎の石なんかに近しいモノである。

とでも思ってくだされば問題はありません。







そんなでございますから。

その神のいます社へと向かう道が、分かれ道であったとなると「あな恐ろしや」そう思うも無理はない事でございましょう。


最初こそ迷いなくコッチだ!なんて道を選んだものの、登っている最中にはもう

「これで合ってるのか?」

「直接行かないというのは、やはり不敬であったのではなかろうか?」

なんて不安で頭はいっぱいいっぱい。


押しつぶされそうな不安と筋肉痛を背負いながら、ゆっくりゆっくり足を踏み締めたものです。




そうして道を進んで行きますと、私は墓地に辿り着きました。

小さな共同墓地といった様相で、小さな丘の斜面にそって段々畑のように墓石が一、二、三、四、…と並んだ墓地にございます。


佐々木喜善さんの墓石があったのは上から二段目の真ん中。

とても立派な墓石が納められておりました。



こちらとしては、先ずこの丘の主であらせられるであろう「境の神」へご挨拶をしてから、その後に墓参りでもと思っていた次第でございましたが。

先に墓についたのならば仕方がない。


そんな風にも思いながらも、佐々木喜善さんが居なければ私が民俗学により一層の興味を持つきっかけとなった『遠野物語』もなかったもんだから「あなたのおかげで、遠野に来ました」なんて柄にもなくそんな事を口走り、墓石に向かって手を合わせたものでございました。




そうして黙祷も終わった事だし、さあ次は!

と私は先程見えておりましたお社を探し始め──







お社が、見当たらない。







墓地の上、下、左隣に右隣。


くまなく廻り探しても、あのお社はどこにもなく。

探せど探せど、墓と林があるばかり。


「境の神」を祀ったお社なんてのは、どこにもなかった。




…あったとするなら


ようやく見つけた、六畳ほどの広さの。

──ちょうど、その社が建てられそうな大きさのある、まっさらな台地だけ。


まるでお社が、フッ…

と消えたかのように、まっさらな台地だけが広がっていたのです。



「そんなわけがない!…きっと影になってて見えないだけだ。戻って、急な道の方をいくと、お社がある筈なんだ…!」


都合がいい事に、台地の少し下には窪みがあって、下の様子は青々と茂ってある枝葉に遮られておりました。


あそこに社がなかったのならば、おそらくその下の、この窪みの部分にあって。

私が見たそれは、そこにあったお社。今こそ葉っぱや枝の影に隠れて見えていないだけあって、確かに「境の神」を祀った社はそこに存在している筈なのだ。


幻なんて、そんなわけがあるはずない。



私はそう信じる事にしました。

そう信じなければ、私がどうにかなりそうだったのです。



私は半ば逃げるように、一度あの道の分岐点に戻りました。

そうしてまた、私は入り口からダンノハナを見上げたのです。




道の先に、お社は見当たらない。



それどころか、社の前にあると思っていた看板は喜善さんの墓を示していた看板だった。

社に通じていると思っていた道も、よくよく見ればその共同墓地へと通じていた。


あの、村の公園にでもちょこんとありそうな小さなお社は、どこにもなかった。

「境の神」を祀たお社なんてなかった。



あるのはただ、鬱蒼と生えている木々だけだった。



「私はいったい何を見ていた?」

「私はあの時、何の分岐に立っていた?」

「あの時に、この道を登ればどうなっていた?」

「あの道を選んでいたら、私は一体、どこにたどり着いてしまっていた?」



そんな事が、ぐるぐるぐるぐる

頭によぎり、



考えれば考えるほどに恐ろしくて恐ろしくて恐ろしくなって、


一刻も早く立ち去らなければならない


そんな強迫観念が私を。


ザッザッザッザ

置いてきた自転車の方へと駆けさせる。




振り返るな振り返るな振り返るな

振り返ってもは見るな


今のアソコはダメなんだ。

今振り返ればアチラ側へ行ってしまう。



そんな確信は焦りに変わり私を足早にさせていく。




ようやく自転車に着けば

自転車にかけた鍵も忘れて

サドルへ乗り込み。



ここから離れる

それだけ考え、ペダルをググッと踏み込む





ガチャン!!





自転車が動かない。



なんで?何で動かない?何で自転車が動かない?

そうだ鍵だ鍵を開けないといけないんだ

鍵が後輪に掛かっているんだ鍵を開けないと動かないんだ。



開けないと…



「決して振り返るな」そんな確信は

「すぐ立ち去らなければならない」という恐怖におされ。

「一刻も早く鍵を開ける」


ただそれだけの為に、私は鍵のある後輪を──


後ろを振り返って、見た















ダンノハナがチラリと見えた。



見えて、しまったのでございます。

それを見てしまった。















そこには、お社がありました。

それも最初に見たお社なんて、比べ物にならないほど大きなモノでございました。


大きな、大きな、

立派な、立派な、神社。


大きな鳥居がしっかりとある、

杮葺こけらぶきの屋根を持った、

質素で立派な枯葉色の社殿の神社でございました。



もしも、本当に建ってあったというならば。

例の台地どころか、喜善さんの墓すら飲み込んでしまうような。


そうして本当に建っていたならば。

私が選んだあの緩やかな方の道が、まるで神社の参道のように繋がってしまいそうな、立派な神社が。



そんな神社が、そこに、確かに、佇んでおりました。





















コレは後にダンノハナが気になって、調べなおした時に気づいた事なのでございますが…。



ネットに転がってたダンノハナの看板は、

銀色の。私が見た文言とは違う内容の看板ばかりでございました。


ようやく見つけたのは、私が遠野で実際に撮った画像が一つだけ、カメラロールに残されてたのみ。


私が見た茶色の看板を写した画像は、

ネットの上をいくら探せど、ついぞ見つかる事はありませんでしたとさ。



どんどはれ

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境の神 かじゅう @0141kazyu

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