6

澄晴がいなくなってから、すっかり気落ちをしてしまい、以前よりもせることの多くなった琴乃だったが、俺にはいつも優しい笑顔を見せてくれた。

その琴乃も、俺が八歳の時に病で亡くなった。

でも、残された俺を不憫ふびんに思った祖父母が、とても可愛がってくれたから、寂しくはなかった。

そして俺が十六歳になって家督を継ぐことが決まり安心したのか、翌年に次々とあっけなく逝ってしまった。


一人になった俺は、家を潰してはならないと頑張った。

祖母の弟が紹介してくれた武家の娘とも、結婚した。

武家の娘は、花枝と言って、よく笑うしっかりとした娘だった。

花枝と夫婦になって三年目に、念願の息子が生まれた。

俺も花枝も、周りの皆も喜んだ。

俺は家族を一度失くしたけれど、再びできた家族を、必ず守ろうと誓った。

だけど、幸せは長くは続かない。


息子が、三つになる前に、高熱を出して死んでしまったのだ。

元々身体の弱い子だった。

特に、俺の父親の澄晴と同じで、夏に弱い子だった。

だから気をつけていたのに。

夏には外に出さないで、なるべく風通しの良い涼しい部屋で過ごさせるようにしていたのに。

俺の留守に花枝の弟が訪ねて来て、「男の子なら外で元気よく遊べ」と息子を引っ張り出したのだ。

半刻ほど経った頃に、息子は倒れた。

滝のような汗を流して高熱を出し、その日の夜に、帰らぬ人となった。

俺は、義弟を責めた。止めなかった花枝も責めた。

二人は泣いて謝ったけど、俺は許すことが出来なかった。

澄晴の夏に苦しむ姿を見ていない二人は、そこまで深刻に思っていなかったのだろう。

息子にとって、夏の厳しい太陽に晒されることは、自殺行為なのだ。

これ以来、花枝から笑顔が消えた。

俺と会話を交わすけれど、目が合うこともなかった。

そして、だんだんと花枝がおかしくなっていった。



息子が死んでから五年が経った。

俺は二十八、花枝は二十七になっていた。

その間、次の子供はできなかった。

会話もなく、目を合わすこともない二人。

俺達が一緒にいる意味はないのではないか、と思い始めていた頃に、花枝が下男と密通をしていることがわかった。

それを知って、俺は特に何も思わなかった。

俺達の間には、もう何の感情も残っていない。

花枝がその男のことを好きならば、別れてやってもいいと思った。

だけど、周りが許さなかった。

特に花枝の両親が、死んだ息子のことで負い目があるからか、花枝をひどく責めて、俺に厳重な処罰を求めた。

俺は面倒に思いながら、ある夜に花枝を部屋に呼んで問い詰めた。

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