5

俺は、父親のことをあまり覚えていない。

物心ついた頃に、母親の実家の離れで、母親の琴乃と父親と暮らしていたことは、薄らと覚えている。


母親の実家は、そこそこの大きな屋敷を構える武家で、跡継ぎである息子が十八歳の時に病死をした為に、妹である琴乃が婿養子を取ることになっていた。

ある時、身体の弱かった琴乃の健康祈願の為に、琴乃は供を連れて少し遠い寺社に出かけた。

無事に祈願を済ませて帰る道中、木が生い茂る山道に入った所で、一行は盗賊に襲われた。

一人二人と護衛が斬られて、琴乃が馬から引きずり下ろされたその時、美丈夫な武士が現れて、盗賊を次々に斬り捨てた。

残った盗賊も全て逃げ去り、琴乃は抱き起こしてくれた武士を見て、武士も美しい琴乃を見て、二人は一目で恋に落ちた。


武士は、人に言えない事情があるのか、どこから来たのか答えなかったが、品のある立ち居振る舞いや凛々しい見た目から、琴乃の両親は、二人が夫婦になることを認めた。

それから間もなく、二人は晴れて夫婦になり、武士は琴乃の家に婿に入った。

武士の名は、澄晴すみはると言った。

澄晴と琴乃は、幸せに暮らした。

琴乃の両親も「良い婿が来た」と喜んでいた。


二人が夫婦になって二年後に、俺が生まれた。

男の子だったことから、屋敷中が大喜びだった。

俺は特に病気もせず、すくすくと元気に育った。

そして俺が五歳の年に、幸せな日々が一変する。



その年の夏、ある盗賊団が、次々とあちらこちらの村を襲う事件が起こった。

盗賊の首領の頭がいいのか、なかなか捕らえることが出来ない。

業を煮やした領主が、各所領の君主に命令を出した。澄晴の元にも討伐せよと命令が来た為、澄晴は数十人の家来を連れて屋敷を出た。

近隣の各武家からも大勢の猛者もさが集まった。

これだけの人数がいれば、すぐに盗賊を討伐できるだろうと、皆余裕で出かけたそうだ。

実際、盗賊はあっという間に壊滅させられ、澄

晴は、盗賊の首領を追って山奥に入った。

あと少しで首を切る所まで追い詰めた。


澄晴は、身体が大きく武芸に秀でていたが、一方で、整った顔立ちに優雅な立ち居振る舞いをして、誰からも一目置かれる人物だったようだ。

そんな完璧な澄晴にも、弱点があった。

夏の暑さに弱かったのだ。

真夏の照りつける陽射しにさらされると、よく目眩を起こして臥せっていたそうだ。


盗賊を討伐しに行った日も、残暑が厳しかった。日の落ちた夜であっても、汗が滝のように流れるほど暑かった。

だから澄晴は、首領を滝が流れ落ちる崖の上まで追い詰めたのに、後一歩の所で目眩を起こしてしまい、首領に斬られて滝壺に落ちた。

澄晴と盗賊の首領を追って来た澄晴の家来が首領を斬り、急いで屋敷に戻ってこれらのことを伝えた。

琴乃の父親は、慌てて人を出して滝壺の周辺を捜索させたが、澄晴の遺体は一向に見つからなかった。

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